ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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20.もはや、行くしかない

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 ユーの手によって空中に連れ去られた俺は、気が付けば夜の街を空から見渡していた。
  
 吸い込まれそうな藍と黒の中、通りに沿って連なって光る街灯。よく見ればファミレスやコンビニの看板が転々と輝いている。ちらほら直線的に動くのは自動車らしい。しかし、この高さから見ると本当にミニチュアのようだ。

 目線を少し上げるとにわかに光る港と、その先に延々と続く水平線。黒々と揺らめく水面は、月明かりに照らされてさざめきが白く彩られている。


 「……すっげえ」


 思わず感嘆の息を漏らしたが、冷静に考えれば俺は空中にいるってことだ。目の前の絶景を覆い尽くすほどの恐怖が、頭の中で増殖した。


 「ぎゃああああああ!!落ちるうあああああっ!!」


 反射的にユーの手にしがみついて身を縮めた……が、落下している時特有の浮遊感は無い。まるでその場に安全ベルトか何かで固定されているようだ。

 一体これは何なのだろう。


 「……飛んでる……のか?」


 疑問が芽生えた矢先、やや上から声が降ってきた。


 「どちらかと言えば、ゆー。今君の体は反重力状態にあるゆー」

 「……反重力状態?」


 耳馴染みの無い言葉を聞き返すと、得意げな表情を浮かべたユーがそこに居た。右手には、昨日コズハに向けていた卵型のデバイスが握られている。

 ユーはにやけながら、


 「そう、反重力だゆー!原理は省くけれど、ぼくが持っているデバイスを中心に惑星の引力を中和するフィールドを展開しつつ、僅かな揚力を加え続けることで浮遊状態を維持してるんだゆー!   
 まぁ実際には自転に合わせるために高速で横移動してるから、厳密に言えば単なる浮遊じゃないけど状況的には浮遊なんだゆー!」


 と、雄弁に語った。


 「???」


 俺は何から何までよく分からなかったが、どうやら俺らは浮いているらしい。


 「とりあえず落ちることはねえってことか。助かった……」

 「もちろんだゆー!そこに関しては徹夜で調整したから安心して欲しいゆー!」

 「お前昨日の夜から準備してたのかよ。すげえなマジで……」

 「ふふふ、そうだゆー!それに、これだけじゃ終わらないゆー!ささ、早くこっちに来るゆー!」

 
 ユーは俺の手をグイグイと引っ張った。

 試しに歩いてみろってことらしい。真下には幹線道路とビル街が小さく見えた。一体ここは地上何メートルなのだろうか。高さを考えると落ちないとわかっていても、どうにも足がすくむ。 
 
 しかし、踏み出してみなければ何も分からない。

 俺は恐る恐る、足を伸ばしてみた。すると、妙な柔らかい感触が足先に触れた。


 「な、なんだこれ……?まさか歩けてんのか!?」


 思わず口にした。

 足先を支えられるような……それどころか地に足が着いているような感覚があったのだ。マットレスの上に立っているような、静かに沈む柔らかさが長靴の上から伝わってきた。

 
 「そう、歩けるんだゆー!」

 「す、すっげえ……!」


 ようやく自分の置かれた状況に感動した俺は、大股に脚を開いて片足飛びしてみる。

 ふわりと飛び上がった俺の体は緩やかに沈み、一定の高度で着地した。まるで月面歩行を体験しているかのようだ。体は軽く、夜風が心地よく体に吹き付ける。

 子供の頃夢想していたような、雲の上を歩く感覚がそこにはあった。俺はユーに手を引かれながら、空を歩くことが出来ている。

 
 「すげぇ……!」

 「語彙力地面に落としたのかゆー?」

 「だってすげえじゃんこれ!まさか空飛べるだなんて思わなかった!」

 「確かに、人間の技術じゃまだまだ時間がかかるはずだゆー。どうだゆー?何かほかに感想は無いかゆー?」

 「ああ、こんなにすげぇなら……」


 俺は不意に出かけた言葉を、ギリギリのところで口に留めた。


 「なんだゆー?コズハにも見せたいって言うのかゆー?」

 
 ユーは俺の顔を覗き込んでそう言った。


 「なっ!?いや違ぇよ!」

 「無理に気を使わなくったっていいゆー。どうせナナイはコズハのことばっか考えてるはずだし気にしてないゆー」

 「だから違ぇって!……まあ、半分は合ってるけどよ!」

 「ふーん。じゃあ、あともう半分は何なんだゆー?」

 「……お前とコズハが仲良くなりゃいいのにって思っただけだ」

 「……ゆ?」


 ユーは目を見張った。俺が考えたことがそんなに信じられなかったのだろうか。


 「おかしいか?俺はお前がすっげぇ面白いやつだと思ったし、あんなにコズハから絡まれたのに俺と話し続けてくれたやつは初めてだ」

 「ゆっ……」

 「俺はお前と……これからも友達でいたい」


 ユーは俺の言葉に、顔を覆って触手を振り回した。横向きにしたプロペラの如く大回転して風を巻き起こした。恥ずかしがり方が独特すぎるだろ。


 「あーもーこそばゆいゆー!!なんで顔色一つ変えずにそんな小っ恥ずかしいことが言えるんだゆー!!」

 「うるせえな、俺は忘れっぽいんだ!だから思ったことはは早めに言うようにしてるし、やりてえと思ったことはさっさとやって想い残しがねえようにしてんだよ!
 それに!」

 「ま、まだあるのかゆー!?」


 ユーはそう言ったが、俺としてはこっちが本命だ。
 俺は息を整えてから口に出した。


 「……コズハともきちんと仲良くしてくれてありがとな」


 ユーは俺の言葉を聞くなり、顔を上げた。


 「ど、どういうことだゆー?他の子ともコズハは仲良くしてたゆー!別にぼくだけがやってる訳じゃないゆー!」

 「まあ、今のところはそうだな。コズハは面白いやつだし、表面上誰とでも仲良くなれる」
 
 
 俺は言葉を選びながら、続けた。


 「だがな、俺と一緒にいると必ずあいつは周りのやつのことを変に警戒しちまうらしいんだ。それで色々おかしなことをするんだが……大抵はどんなやつも、コズハのことを避けちまう」

 「ぼくだって十分避けてるゆー。現にこうして空まで連れてきて話をしているし……」

 「でもお前は無関心じゃねぇ。コズハが気に食わないんだとしたらちゃんと言葉にできるし、悪いところは悪いと言える。
 ……長いこと俺はそれが出来なかったし、気付けなくなってたからな」
  
 「ゆー……」

 「だから、ユー。俺からお前に頼みがある」
 
 「な、なんだゆー?」


 俺はユーの手を改めて強く握り、目を合わせた。ユーの白髪が風に靡いている。言うならば、今しかないと思った。


 「エイリアンかどうかは抜きに、俺はお前と友達でいたい。だから、コズハとも友達でいてくれねぇか?」

 「……っ」


 ユーは目を逸らし、唇を噛んだ。
 やはり難しいのだろうか。

 
 「……ユー、無理ならいいんだ。お前の話もまだ聞いてねえし、俺だけお願いすんのも変な話だ。だから」

 「あーもう、うるさいうるさい!うるさいゆー!!」

 
 叫びながら、ユーは俺の手を強く握り返した。


 「……わかったゆー。そんだけ言うなら、さっさとぼくをコズハの元に連れて行けゆー」

 「いいのか!?」

 「どうせぼくに会いに来るために、わざわざコズハのこと怒らせでもしたんだゆー?それを察せないぼくじゃないゆー」

 「ユー……お前。ありがとな」
 
 「ゆーっ……」


 照れたようにそっぽを向くユーは、俺の背中をグイグイと押した。俺が言えたことでは無いが、本当に素直じゃない。

 深夜1時、俺とユーはコズハの家に向けて文字通り夜を駆けた。


 「……あーあー、これでコズハのことしか考えられないくらい洗脳されてたら、治療と保護の名目でぼくの星に連れて帰ろうと思ったのにゆー」

 「今お前しれっと恐ろしいこと言わなかったか?」

 「さあさあゴタゴタ言ってないで駆け足駆け足だゆー!!」
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