ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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31.別に知らなくていい

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 新聞紙を敷いて、濡れた教科書を広げて上に置く。その後ベランダの濡れた洗濯物を取り込み、軽く絞ってから洗濯機に放り込む。洗濯機を回している間、風呂場で制服の泥汚れを落としてから掃除をする。風呂のお湯を溜め終えると、洗濯物が出来上がるのでそれをリビングに干す。終わり次第制服を洗濯機にかける……。

 そうして制服を干し終えたのが家に帰ってから、一時間半後のこと。ひと仕事終えた俺はソファに倒れ込んだ。


 「あー……終わったぁ……」


 肺に残った空気が、口から通り抜けた。疲労感で体は鉛のように重い。洗濯をやり直す羽目になったのもそうだが、久しぶりに荒んで仕方がない。心身ともにここまでボロボロになっているのは一体いつぶりだろうか。もう今日は何もする気が起きない。


 「……あ」


 ふと、びしょ濡れのまま玄関に放置していたリュックサックと靴を思い出した。


 「あいつらもじゃん……」


 のっそりと起き上がった俺は、玄関へと足を運んだ。


 こういった家事は普通の家ならば、親とか家族が手伝ってくれるのだろう。しかし俺は一人暮らしなので、何から何まで自力でやらねばならない。

 俺の両親は長いこと家を空けている。仲が悪いのではなく片方は転勤族で、もう片方は海外出張中なのだ。
 
 俺が中学生に上がった頃、父母同時に仕事で家を空けるようになった。元々俺は両親と話すタイプでもないし、気にも留めなかった。

 そのうち帰らない日の方が多くなり、1ヶ月に一度、3ヶ月に一度と徐々にペースが開いていった。

 そうして今では、両親が1年に一度帰省してくるのみ。ほぼ1年を通して俺だけがこの家に住んでいるのだ。

 元々3世代で暮らすことも視野に建てられたらしい家は、祖父母も施設に入所して明るい家族計画が立ち消えとなった今もその広さだけを残している。

 本当に、無駄に広い。その気が滅入っているなら尚更だ。

 玄関から戻ると、部屋干し中のリビングには湿気が充満していて服が肌に張り付いた。エアコンの除湿をかけてから、ソファに沈みなおした。


 「……あー」


 しかし、だらけようとしても頭に過ぎるのは、空虚な自分への嘆きだけ。何かをやっていない限り、ひっきりなしにやってくるのだろう。

 かと言って勉強もやりたくない。今ノートに向き合ったら、また翌朝を迎えてしまう。

 だからこそ、なにか手頃な……ちょっとした時間潰しができるものがあればいいのだが。


 「……待てよ」


 俺は乱雑に積み重ねたリュックサックの中身から、『桶谷くんは儲からない(実写劇場版)』のDVDを発見した。

 
 「これだ……!」


 思わず声が震えた。
 全身ずぶ濡れの衝撃が強すぎて、一瞬頭から抜け落ちていたがそもそもこれを借りに行っていたのだった。
 
 まさに怪我の功名!レンタルビデオ屋の安っぽいプラスチックケースが今は光って見える!


 そうと決まればもはや迷いはない。

 俺はビデオデッキを起動し、テレビをつけた。

 実に数年ぶりに、リビングのテレビが日の目を浴びる日が来た。正確に言えば外は土砂降りなので浴びれる日など当たらないのだが。暗がりついでに思い出した話なのだが、映画館では真っ暗な中で映像を見ると聞いた。目が痛くなりそうなものだが、実際のところどうなのだろうか。


 「まあいいだろ、行ったことねえし」


 俗世に疎い俺はカーテンを閉め、リビングの照明をつけて映画を見始めた。

 

 『湧内わくうち!お前の家、銭湯だって聞いたぞ!俺のうちの木桶使ってくれないか!』

 『桶谷おけやくん、いきなりそう言われても公衆浴場で木桶は管理が難しいんだよ!すぐにダメになっちゃう!』

 『それは分かってる……だが次大口の契約がないとうちを引き払わないといけないんだ!』

 『なんで!?!?切羽詰まりすぎだよ!親御さん連れてきて!』


 そんな経緯で知り合った、主人公で家が銭湯のヒロイン『湧内』と木桶屋の息子『桶谷』。最初は木桶に対する湧谷の偏見から目の敵にしていたが、桶谷の木桶に捧げる情熱と木桶の良さに触れていく中で次第に2人は惹かれていく……。

 
 「……っ」


 気付けば、俺は目の前の映像に見入っていた。コズハに勧められた往年のSF映画を見て以降、映画自体を見るのは久しぶりだった。きっと俺は大して映画が好きな訳じゃないと思っていたのだが、まさかこんなに面白いものがあったなんて。

 銭湯と提携した木桶サブスクサービスに感心し、区画整備で銭湯がなくなると判明した時は肝を冷やし、いけ好かない桶谷の父親を木桶で殴り飛ばした湧内に胸躍らせた。

 そして物語はクライマックス、区画整備を進めていた行政の汚職が判明したことで銭湯の存続が決まったのだ。雨の降る中抱き合う2人の姿は若干涙腺に来た。


 『バラバラのサワラ材だった俺の家族を、一つの桶にしてくれたのは湧内……お前だったな』

 『ううん、お礼を言うのは私。桶谷くんだって私のぬるま湯だった銭湯への情熱を沸かしてくれた……。そうじゃなかったら銭湯のためにここまで頑張れなかった……!』

 『なあ。湧内……』


 桶谷がぐっと湧内に顔を寄せる。


 『……っ、桶谷くん……』 


 湧内は顔を上げて少し背伸びをし始めた。ゆっくりと、2人の距離が縮まっていく。
 

 「……えっ……」
 

 俺も思わず、口を覆って見守った。
 ま、まさか……いやまさかとかじゃないだろ絶対そうだろ。でも俺ドラマとかろくに見たことないしよくわかんないよな。ほんとに?ホントにするのか!?

 えっ、ちょっ、待っ……!


 “──ドンドンドン!!!”

 
 俺が目を覆ったあたりで、打撃音が鳴り響いた。途端に現実に引き戻されて頭を抱えた。なんなんだよマジで良いとこなのに!


 「はぁ……コズハだな」


 頭に血が上りそうになるのを何とかこらえて立ち上がる。完璧に割り切れてはいないが、長年の経験のせいでギリギリ呑み込めた。


 『……寒くなってきたね』

 『うん。そうだね』


 後ろで、まだ映画は続いている。巻き戻して見ないと行けなさそうだ。


 “ドンドンドンドンドン!!!”


 ドアを叩く音はさらに強まる。なんでインターホン使わねえんだこいつは。何時代の人間なんだよ。


 「はーい!今開けっからもう叩くんじゃねぇ!!」


 意地でもドアと一緒に叩かれたくない俺は、叫んでからドアを開けた。


 「……は?えっ?」

 「ゆ、ゆー……」


 言葉を失った。俺の目の前にいたのは濡れそぼったユーの姿。

 
 「た、助けて欲しいゆー!!」


 びしょ濡れで冷えきったユーは泣き叫びながら俺の手にすがってきた。

 
 雨の降りしきる中、微かにテレビの音声が聞こえる。

 
 『今日、ウチに入りに来なよ』


 そんな言葉を最後に、映画の方に抜け駆けを決められた。
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