ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

文字の大きさ
30 / 63

30.俺にはきっと夢がない

しおりを挟む
 陽キャ2人組から「今どきのことが通じない」だの「コズハに似ている」だの散々にこき下ろされた俺は、意気消沈したままレンタルビデオ屋に向かった。

 リオンとスモモの名誉の為に補足するが、奴らは俺らの特徴をポジティブに捉えてくれた上、質問にも親身に答えてくれたのだ。その姿勢が仇となって、俺は己の異常性と空虚さを残酷なまでに突きつけられた訳だが。

 
 そして、自己嫌悪と極度の疲労に打ちひしがれた男の顔はさぞ愉快だったはずだ。


 「すみません、『桶谷くんは儲からない』のDVDはどちらにあるのでしょうか」

 「はい、ご案内いたし……あの、もう一度作品名を教えていただいてよろしいでしょうか?」


 あの当惑に塗れた店員の顔を、生涯忘れることは無いだろう。


 かくして帰るだけとなり、レンタルビデオ屋の自動ドアを抜けた瞬間。


 「……あ」


 ざあざあとか、しとしととか、そんな洒落た言葉選びもできないようなガチゲリラ豪雨が降っていたのである。大瀑布や間欠泉を彷彿とさせるような、可愛げのまるでない水音。擬音にするなら『ズドド』という音で地面を叩きまくっていた。   
 路面を跳ね回る雨水は、まだ店内にいるはずの俺の制服をしとどに濡らした。

 もはや家に帰った後、洗濯物がどんな惨状になっているかなど考えるまでもない。

 問題はどうやって家まで帰るかという話だ。俺は傘を持っていない。朝のニュースでは晴れ予報だったからだ。

 
 どうしようか考えあぐねていると、


 「──ああああああっ!!!……ああああっ!!!」


 大雨の中から切れ切れに、頓狂な声が聞こえた。声のした方に目を向けてやると、恰幅の良いスーツ姿の中年男性が、その体に見合わぬ小さな折り畳み傘で必死に雨に抗っていたのだ。


 「──ああああああっ!!ああああっ!!!」


 叫ぶおっさんを見て俺は察した。この雨に抗う術はなく、傘も一切役に立たないということを。そして俺は彼より酷い境遇でこの雨を抜けねばならぬのだ。

 無論、濡れるおっさんを見て何も思わない俺ではない。手助けもできるならしてやりたい。だが、俺にはもうその余力すらない。


 「……どうしようもねえことって、あるんだな」


 俺はリュックサックを頭に載せ、滝のような雨にささやかな抵抗をしながら帰路を急ぐことにした。

 容赦なく打ち付けてくる大水は、リュックサックで守りきれなかった制服の裾をことごとく濡らす。降ってきた水、垂れてきた水が全身を冷やしていく。
 
 リュックサックが防水性なのが救いだった。そうでなければ、この豪雨の中踏み出す勇気が俺には無かった。辛うじて教科書を水没から守ってくれるだろう。

 しかしそれも時間の問題。ファスナーの隙間や縫い目の隙間から容赦なく水は入ってくる。そうなれば教科書は開けなくなるだろう。洗濯物がもう手遅れだろうと、靴が水没しようと、俺は一刻も早く家に帰らなければならない。


 息を切らしながら、つま先程度まで浸水した道路をひた走る。聞こえるのは水の音と俺の息遣いだけ。危機的状況にもかかわらず、余計な音が聞こえず不思議と落ち着いている俺がいる。

 ──そうして、クリーンになった頭を過ぎるのは青春のことばかり。


 「……ああ……なんなんだよマジで今日は!」


 怒りのままに、雨の中で叫んだ。一日を省みて出る言葉がもはやこれに尽きた。


 一日中、俺にはずっと夢がないのだと思い込んでいた。目標が無いのだと考えていた。

 そうでは無い。のだ。夢も希望も目標もだ。

 腹ただしいかぎりだが、長いこと安全の保証されない生活を続けていたせいで、俺の求める青春は『平穏な日々』という漠然としたものにすり替わっていたのだ。突如、その平和な日常がやってきて、俺は何をすればいいか分からないのだ。


 「くそっ……!」


 リオンとスモモの言っていることは本当だ。奴らには明確な目標は無いんだ。人が誰も青春に明確な目的を持っている訳では無いことを。

 だが、奴らには確かに軸があった。目的もそれに関わる行動が伴っていなくても、それを良しとする自我があった。

 俺と奴らの違いを挙げるなら、きっとそれだろう。

 
 「くそっ、くそっ!」


 コズハからスーパエゴだの言われたが、割と的を得ているのだろう。俺には自我がないのだ。今日一日を、青春なんて馬鹿な禅問答に捧げたのがその証左だ!

 ろくに眠れず丸一日ボーッと過ごして、雨雲にも気が付けたのにこうして雨に降られた。そしてクラスメイトからせっかく映画をおすすめして貰えたというのに、借りに行ったせいで雨に降られていると考え始めてしまう俺がいる。
 

 「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!!」


 天気クソ!青春クソ!他責思考の俺もクソ!掛け値なしで今日は最悪だ!!

   

 「ッ──!?」


 夢中で走っていた俺は、もつれた足に気が付かず前からすっ転んだ。元々濡れていた体の前面に、水が染み込んでいくのがわかった。倒れていようが何をしていようが、雨は強く叩きつけてくる。

 視界が滲んだ。雨が顔にかかったからだと強がってみたが、なんの軸も持たない俺は凄まじく弱かった。


 「……いいなあ!あいつらには夢があって!俺にはそんなもんねえんだよクソッタレ!!」

 
 虚しくて叩いた水面が、わずかに跳ねた。
 
 しばらく蹲ってみたが、雨の住宅街で泣き叫ぶ男子高校生の姿の俯瞰が頭をよぎり、自己嫌悪で立ち上がった。


 「……帰るか」


 鼻をすすり、痛む体をどうにか動かして家に向かう。

 よろよろと頼りない足取りで、どうにか自宅に着いた俺は、かじかむ手で鍵を開ける。


 「……ただいま」


 返す相手などいないが、とりあえず呟いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

【完結】メインヒロインとの恋愛フラグを全部ブチ壊した俺、サブヒロインと付き合うことにする

エース皇命
青春
《将来ヤンデレになるメインヒロインより、サブヒロインの方が良くね?》  16歳で自分が前世にハマっていた学園ドラマの主人公の人生を送っていることに気付いた風野白狼。しかしそこで、今ちょうどいい感じのメインヒロインが付き合ったらヤンデレであることを思い出す。  告白されて付き合うのは2か月後。  それまでに起こる体育祭イベント、文化祭イベントでの恋愛フラグを全てぶち壊し、3人の脈ありサブヒロインと付き合うために攻略を始めていく。  3人のサブヒロインもまた曲者揃い。  猫系ふわふわガールの火波 猫音子に、ツンデレ義姉の風野 犬織、アニオタボーイッシュガールの空賀 栗涼。  この3人の中から、最終的に誰を選び、付き合うことになるのか。てかそもそも彼女たちを落とせるのか!?  もちろん、メインヒロインも黙ってはいない!  5人の癖強キャラたちが爆走する、イレギュラーなラブコメ、ここに誕生! ※カクヨム、小説家になろうでも連載中!

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

怪我でサッカーを辞めた天才は、高校で熱狂的なファンから勧誘責めに遭う

もぐのすけ
青春
神童と言われた天才サッカー少年は中学時代、日本クラブユースサッカー選手権、高円宮杯においてクラブを二連覇させる大活躍を見せた。 将来はプロ確実と言われていた彼だったが中学3年のクラブユース選手権の予選において、選手生命が絶たれる程の大怪我を負ってしまう。 サッカーが出来なくなることで激しく落ち込む彼だったが、幼馴染の手助けを得て立ち上がり、高校生活という新しい未来に向かって歩き出す。 そんな中、高校で中学時代の高坂修斗を知る人達がここぞとばかりに部活や生徒会へ勧誘し始める。 サッカーを辞めても一部の人からは依然として評価の高い彼と、人気な彼の姿にヤキモキする幼馴染、それを取り巻く友人達との刺激的な高校生活が始まる。

処理中です...