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30.俺にはきっと夢がない
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陽キャ2人組から「今どきのことが通じない」だの「コズハに似ている」だの散々にこき下ろされた俺は、意気消沈したままレンタルビデオ屋に向かった。
リオンとスモモの名誉の為に補足するが、奴らは俺らの特徴をポジティブに捉えてくれた上、質問にも親身に答えてくれたのだ。その姿勢が仇となって、俺は己の異常性と空虚さを残酷なまでに突きつけられた訳だが。
そして、自己嫌悪と極度の疲労に打ちひしがれた男の顔はさぞ愉快だったはずだ。
「すみません、『桶谷くんは儲からない』のDVDはどちらにあるのでしょうか」
「はい、ご案内いたし……あの、もう一度作品名を教えていただいてよろしいでしょうか?」
あの当惑に塗れた店員の顔を、生涯忘れることは無いだろう。
かくして帰るだけとなり、レンタルビデオ屋の自動ドアを抜けた瞬間。
「……あ」
ざあざあとか、しとしととか、そんな洒落た言葉選びもできないようなガチゲリラ豪雨が降っていたのである。大瀑布や間欠泉を彷彿とさせるような、可愛げのまるでない水音。擬音にするなら『ズドド』という音で地面を叩きまくっていた。
路面を跳ね回る雨水は、まだ店内にいるはずの俺の制服をしとどに濡らした。
もはや家に帰った後、洗濯物がどんな惨状になっているかなど考えるまでもない。
問題はどうやって家まで帰るかという話だ。俺は傘を持っていない。朝のニュースでは晴れ予報だったからだ。
どうしようか考えあぐねていると、
「──ああああああっ!!!……ああああっ!!!」
大雨の中から切れ切れに、頓狂な声が聞こえた。声のした方に目を向けてやると、恰幅の良いスーツ姿の中年男性が、その体に見合わぬ小さな折り畳み傘で必死に雨に抗っていたのだ。
「──ああああああっ!!ああああっ!!!」
叫ぶおっさんを見て俺は察した。この雨に抗う術はなく、傘も一切役に立たないということを。そして俺は彼より酷い境遇でこの雨を抜けねばならぬのだ。
無論、濡れるおっさんを見て何も思わない俺ではない。手助けもできるならしてやりたい。だが、俺にはもうその余力すらない。
「……どうしようもねえことって、あるんだな」
俺はリュックサックを頭に載せ、滝のような雨にささやかな抵抗をしながら帰路を急ぐことにした。
容赦なく打ち付けてくる大水は、リュックサックで守りきれなかった制服の裾をことごとく濡らす。降ってきた水、垂れてきた水が全身を冷やしていく。
リュックサックが防水性なのが救いだった。そうでなければ、この豪雨の中踏み出す勇気が俺には無かった。辛うじて教科書を水没から守ってくれるだろう。
しかしそれも時間の問題。ファスナーの隙間や縫い目の隙間から容赦なく水は入ってくる。そうなれば教科書は開けなくなるだろう。洗濯物がもう手遅れだろうと、靴が水没しようと、俺は一刻も早く家に帰らなければならない。
息を切らしながら、つま先程度まで浸水した道路をひた走る。聞こえるのは水の音と俺の息遣いだけ。危機的状況にもかかわらず、余計な音が聞こえず不思議と落ち着いている俺がいる。
──そうして、クリーンになった頭を過ぎるのは青春のことばかり。
「……ああ……なんなんだよマジで今日は!」
怒りのままに、雨の中で叫んだ。一日を省みて出る言葉がもはやこれに尽きた。
一日中、俺にはずっと夢がないのだと思い込んでいた。目標が無いのだと考えていた。
そうでは無い。持てないのだ。夢も希望も目標もだ。
腹ただしいかぎりだが、長いこと安全の保証されない生活を続けていたせいで、俺の求める青春は『平穏な日々』という漠然としたものにすり替わっていたのだ。突如、その平和な日常がやってきて、俺は何をすればいいか分からないのだ。
「くそっ……!」
リオンとスモモの言っていることは本当だ。奴らには明確な目標は無いんだ。人が誰も青春に明確な目的を持っている訳では無いことを。
だが、奴らには確かに軸があった。目的もそれに関わる行動が伴っていなくても、それを良しとする自我があった。
俺と奴らの違いを挙げるなら、きっとそれだろう。
「くそっ、くそっ!」
コズハからスーパエゴだの言われたが、割と的を得ているのだろう。俺には自我がないのだ。今日一日を、青春なんて馬鹿な禅問答に捧げたのがその証左だ!
ろくに眠れず丸一日ボーッと過ごして、雨雲にも気が付けたのにこうして雨に降られた。そしてクラスメイトからせっかく映画をおすすめして貰えたというのに、借りに行ったせいで雨に降られていると考え始めてしまう俺がいる。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!!」
天気クソ!青春クソ!他責思考の俺もクソ!掛け値なしで今日は最悪だ!!
「ッ──!?」
夢中で走っていた俺は、もつれた足に気が付かず前からすっ転んだ。元々濡れていた体の前面に、水が染み込んでいくのがわかった。倒れていようが何をしていようが、雨は強く叩きつけてくる。
視界が滲んだ。雨が顔にかかったからだと強がってみたが、なんの軸も持たない俺は凄まじく弱かった。
「……いいなあ!あいつらには夢があって!俺にはそんなもんねえんだよクソッタレ!!」
虚しくて叩いた水面が、わずかに跳ねた。
しばらく蹲ってみたが、雨の住宅街で泣き叫ぶ男子高校生の姿の俯瞰が頭をよぎり、自己嫌悪で立ち上がった。
「……帰るか」
鼻をすすり、痛む体をどうにか動かして家に向かう。
よろよろと頼りない足取りで、どうにか自宅に着いた俺は、かじかむ手で鍵を開ける。
「……ただいま」
返す相手などいないが、とりあえず呟いた。
リオンとスモモの名誉の為に補足するが、奴らは俺らの特徴をポジティブに捉えてくれた上、質問にも親身に答えてくれたのだ。その姿勢が仇となって、俺は己の異常性と空虚さを残酷なまでに突きつけられた訳だが。
そして、自己嫌悪と極度の疲労に打ちひしがれた男の顔はさぞ愉快だったはずだ。
「すみません、『桶谷くんは儲からない』のDVDはどちらにあるのでしょうか」
「はい、ご案内いたし……あの、もう一度作品名を教えていただいてよろしいでしょうか?」
あの当惑に塗れた店員の顔を、生涯忘れることは無いだろう。
かくして帰るだけとなり、レンタルビデオ屋の自動ドアを抜けた瞬間。
「……あ」
ざあざあとか、しとしととか、そんな洒落た言葉選びもできないようなガチゲリラ豪雨が降っていたのである。大瀑布や間欠泉を彷彿とさせるような、可愛げのまるでない水音。擬音にするなら『ズドド』という音で地面を叩きまくっていた。
路面を跳ね回る雨水は、まだ店内にいるはずの俺の制服をしとどに濡らした。
もはや家に帰った後、洗濯物がどんな惨状になっているかなど考えるまでもない。
問題はどうやって家まで帰るかという話だ。俺は傘を持っていない。朝のニュースでは晴れ予報だったからだ。
どうしようか考えあぐねていると、
「──ああああああっ!!!……ああああっ!!!」
大雨の中から切れ切れに、頓狂な声が聞こえた。声のした方に目を向けてやると、恰幅の良いスーツ姿の中年男性が、その体に見合わぬ小さな折り畳み傘で必死に雨に抗っていたのだ。
「──ああああああっ!!ああああっ!!!」
叫ぶおっさんを見て俺は察した。この雨に抗う術はなく、傘も一切役に立たないということを。そして俺は彼より酷い境遇でこの雨を抜けねばならぬのだ。
無論、濡れるおっさんを見て何も思わない俺ではない。手助けもできるならしてやりたい。だが、俺にはもうその余力すらない。
「……どうしようもねえことって、あるんだな」
俺はリュックサックを頭に載せ、滝のような雨にささやかな抵抗をしながら帰路を急ぐことにした。
容赦なく打ち付けてくる大水は、リュックサックで守りきれなかった制服の裾をことごとく濡らす。降ってきた水、垂れてきた水が全身を冷やしていく。
リュックサックが防水性なのが救いだった。そうでなければ、この豪雨の中踏み出す勇気が俺には無かった。辛うじて教科書を水没から守ってくれるだろう。
しかしそれも時間の問題。ファスナーの隙間や縫い目の隙間から容赦なく水は入ってくる。そうなれば教科書は開けなくなるだろう。洗濯物がもう手遅れだろうと、靴が水没しようと、俺は一刻も早く家に帰らなければならない。
息を切らしながら、つま先程度まで浸水した道路をひた走る。聞こえるのは水の音と俺の息遣いだけ。危機的状況にもかかわらず、余計な音が聞こえず不思議と落ち着いている俺がいる。
──そうして、クリーンになった頭を過ぎるのは青春のことばかり。
「……ああ……なんなんだよマジで今日は!」
怒りのままに、雨の中で叫んだ。一日を省みて出る言葉がもはやこれに尽きた。
一日中、俺にはずっと夢がないのだと思い込んでいた。目標が無いのだと考えていた。
そうでは無い。持てないのだ。夢も希望も目標もだ。
腹ただしいかぎりだが、長いこと安全の保証されない生活を続けていたせいで、俺の求める青春は『平穏な日々』という漠然としたものにすり替わっていたのだ。突如、その平和な日常がやってきて、俺は何をすればいいか分からないのだ。
「くそっ……!」
リオンとスモモの言っていることは本当だ。奴らには明確な目標は無いんだ。人が誰も青春に明確な目的を持っている訳では無いことを。
だが、奴らには確かに軸があった。目的もそれに関わる行動が伴っていなくても、それを良しとする自我があった。
俺と奴らの違いを挙げるなら、きっとそれだろう。
「くそっ、くそっ!」
コズハからスーパエゴだの言われたが、割と的を得ているのだろう。俺には自我がないのだ。今日一日を、青春なんて馬鹿な禅問答に捧げたのがその証左だ!
ろくに眠れず丸一日ボーッと過ごして、雨雲にも気が付けたのにこうして雨に降られた。そしてクラスメイトからせっかく映画をおすすめして貰えたというのに、借りに行ったせいで雨に降られていると考え始めてしまう俺がいる。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!!」
天気クソ!青春クソ!他責思考の俺もクソ!掛け値なしで今日は最悪だ!!
「ッ──!?」
夢中で走っていた俺は、もつれた足に気が付かず前からすっ転んだ。元々濡れていた体の前面に、水が染み込んでいくのがわかった。倒れていようが何をしていようが、雨は強く叩きつけてくる。
視界が滲んだ。雨が顔にかかったからだと強がってみたが、なんの軸も持たない俺は凄まじく弱かった。
「……いいなあ!あいつらには夢があって!俺にはそんなもんねえんだよクソッタレ!!」
虚しくて叩いた水面が、わずかに跳ねた。
しばらく蹲ってみたが、雨の住宅街で泣き叫ぶ男子高校生の姿の俯瞰が頭をよぎり、自己嫌悪で立ち上がった。
「……帰るか」
鼻をすすり、痛む体をどうにか動かして家に向かう。
よろよろと頼りない足取りで、どうにか自宅に着いた俺は、かじかむ手で鍵を開ける。
「……ただいま」
返す相手などいないが、とりあえず呟いた。
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