ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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28.視点の違い

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 放課後。俺は呆然とグラウンド傍のベンチに座っていた。昨日よりもはるかにあっけなく、体感的にはカップ麺が出来るくらいの時間で学校が終わった。コズハに振り回されるので部活動に属していなかったのだが、こんなところで裏目に出るとは。

 遠巻きに陸上部が練習しているのが見えた。

 
 ガタイのいい顧問の先生が腕を組み、トラックを駆ける生徒たちを見守っている。


 「ペース上げろー!大会まで残り2週間だぞ!ここで追い込まないでどこで追い込むんだー!!」

 「はい!」

 
 コーチの飛ばす檄に答えつつ、各々のペースを保ちながら走り続ける。息の乱れてきた彼らの表情はいずれも苦悶に満ちていたが、全員前を向いていた。すぐ目の前をという意味ではなく、目標に向かってひた走っているという意味で。

 こうなれば夢にかける情熱はおろか、輝く汗も火照る体も何もかもが羨ましい。いいなあこの人たちは打ち込めるものがあって。とりあえず目先に出来ることがあって漠然とした不安にかられないのだろう。美しいと感じつつも妬ましすぎて喉どころか体の端々から手が出てきそうだ。


 しばらく練習風景を眺めていると、先頭集団のうちの一人と目が合った。


 「……」

 「……」


 一切言葉を交わすことは無かったが、名残惜しそうなその目からは羨望が見て取れた。
 
 どうせ『いいなぁ帰宅部は、あと家に帰るだけだから好きなことし放題じゃん』とか思っているのだろう。それでは、が存在しない人間は何をしろと言うのだ。


 「あー……」


 頭を掻き毟る。嘆きだかため息だか分からない感情の渦が胸の中でわだかまっている。言語化しがたく、言語化してはならない激情が込み上げてきた。柄では無い、そんなことはわかっている。

 若人たる土台すらもなく、ただただ歪に成長した俺は何をすれば良いのだ。1週間遭難した時のしのぎ方は分かるのに、葛藤の捌き方すらも俺には分からない。

 
 「俺は憧れてばかりで、何も分かっちゃいなかったのか……」


 口を開けたまま、白っぽくなった空を眺める。      
 空全体に薄い雲が漂っているのだ。その奥には鈍く重々しい色の乱層雲。昨日そちらに夕日が沈んでいたので、灰色の雲が横たわっているのは西の空。


 つまり、これから雨が降る確率が高い。


 「天気まで悪くなってきやがったか」


 軒先に洗濯物を干したままだ。今気づいたのが、不幸中の幸い。急いで家に帰らなければ、洗濯をやり直さなくてはいけない。


 気乗りしないまま前に向き直ったところで、再び陸上部員たちが目に入った。

 きっと彼らはこの先雨に降られる。まあ彼らはいいだろう。動いているし、汗だくだし、着替えがある。 
 
 しかし問題はジャージ姿の顧問。確か朝からその一張羅を身にまとっていたはずの彼は、傘すら用意していない。仁王立ちで、雨が降るのを待ち受けているようにも見える。

 何故雨の対策をしていないのか、答えは単純だ。今日の予報は晴れのち曇り。雨が降るだなんて誰も思っていないのである。むしろ雲を見て雨降るかもなあ、なんて考える俺が異常なのだ。


 くそっ、俺はいつになったら平常な人間になれるんだ。


 「……待てよ?」


 顧問の先生は雲の状況を知らないから、雨の対策ができないとも言える。反して俺は雲を見ていた。それが明確な俺と顧問の先生の違い。

 見ていないもの、知らないものは対策のしようがない。つまり、俺も知ることが出来れば対策できるということだ。


 「その手があったか……!」


 思わず膝を打った。兼ねてより俺の幼馴染が口にしている金言を思い出したのだ。


 『無知は恐れを産む』


 コズハが俺を探索に巻き込む際、必ずと言っていいほど盾にしている言葉だ。

 コズハは意外と怖がりだ。恐怖する対象が人一倍多く、対抗するための『理論武装』を日常的に行い続けるうちに、難攻不落の大甲冑を備えるまでに至ったのだ。

 であれば、俺もこれにならって学べば良いのだ。青春とは何たるかを。


 「しかし、どうやってだ?」

 
 ふと浮かんだ疑問を呟いた。

 俺には知識がない。知識がないどころか、どこに行けば情報が得られるかすらも分からない。闇雲に本を読み漁り、教材を探し回っても徒労に終わるだろう。

 俺に必要なのはこの分野に精通する『先生』だ。青春とは何たるか、学生の趣味とは何たるかの基礎が身についていて、知識の取っ掛りを教えてくれるような人間が。

 しかし俺には知り合いがろくにいない。俺の数少ない知り合いは、好奇心全開オカルティック女と、恐らく人間歴数日のエイリアン、以上だ。

 人間に触れてまだ日が浅い後者はともかく、前者は俺の人格形成に多大なる影響を与えている。与えてきた上で結果がこのザマなので、頼ったところで学べることは無いだろう。というか、どちらも早々に帰ってしまったので頼りようすらないのだが。

 かつ、これ以上のツテが俺にはない。ギリギリ大幣先生は頼りになるかもしれないが、相談したいと思えるほど、俺はあの胡散臭い人を信用出来ていない。


 つまるところ五里霧中、八方塞がり、万事休すである。
 
 
 「なんだよ、名案だと思ったのに……ん?」


 再びベンチの背もたれに寄りかかると、ちょうど誰かと目が合った。


 「あっ、ナナイ君じゃーん!」


 そう言って手を振ってきた。どこかで聞いた覚えのある女の声なのだが、パッと思い出せない割には妙に馴れ馴れしい。

 とりあえず起き上がって後ろを見ると、そこに居たのはいつぞやかの陽キャの男女2人組。コズハと一緒に昼食を食べに行ってくれた奴らだった。放課後も一緒にいるとかこいつらかなり仲がいいらしい。

 
 「あー、同じクラスの。急に呼ばれたから誰かと思ったわ」


 とりあえず手を振り返してみると、俺の方に揃って近寄ってきた。そして、男の方が俺に語りかけてくる。


 「あのさ、ナナイお前暇だったりする?ちょっと着いてきて欲しいんだけど……時間ある?」


 申し訳なさそうな、それでいて気さくな感じの物言い。間違いない、こいつは俺に何か頼み事がある。着いてきて欲しいってことは、一緒になにかするのだろうか?

 だとすれば俺としても好都合だ!これに乗じて一般的な若人の普段の生活やら、趣味やらを知ることが出来れば俺にも青春がの一端が分かるかもしれない!

 内心興奮しまくっていた俺は、できる限り表にに出さないように答えた。


 「あー暇暇、なんか人手がいるのか?」

 「人手と……あと名前貸してほしいっつーか」

 「名前?なんのために?」

 
 俺が聞き返すと、女の方がB5判の用紙を持ってきた。紙の上方には『入部届』と太文字で書かれている。


 「ナナイ君さあ、ボランティア部入ってくんね?」

 
 なにやら、風向きが変わり始めたのがわかった。
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