ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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27.軸がない

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 俺が生きるための目標は何か。そのために青春をどう過ごすべきか。考えても考えても何も浮かばない。何も形にならないまま、机に向かったまま夜を迎えた。


 「……飯食ってねえじゃん」


 問題提起でもするように、一人呟く。そうでもしなければ、体が動く気がしなかった。

 半ば作業のように残り物をチンして口に入れ、滝行が如く風呂に入り、あっという間に着替えた。その一瞬一瞬にも俺の意識を支配しているのは青春のことばかり。

 俺が望むものは何だ。憧れていた青春とは何だ。俺の目標とは、夢とは何だ。そもそも他の人間が標榜する『夢』とは何を指しているのだ。俺の頭の中をひしめき合っては『何も無い』を生み出し続ける。


 「……寝るか」


 諦めて布団の中で横になってみたが、今まで経験したことがないほど目が冴えている。上下のまぶたに何者かが指を入れ眼球を引っ張り出しているのではないかと疑うほど、全くもって眠れない。

 とりあえず、無理にでも目を瞑ろう。渾身の力を込めて頭を枕に埋め、目を閉じたまま押さえつける。そして視界を暗くする。いずれ意識は微睡み眠れることだろうと楽観的に考えていたが、そのうち手が痺れ、全身がむず痒くなってきた。


 「……っ」


 たまらず俺は起き上がり、乱れた息を整える。そうしてゆっくりと目を閉じたが、段々と眉間に力が入ってきた。何か1つ見つけなければ、何かをしていなければと、焦燥感に目をこじ開けられる。


 「……クソが」


 目が慣れたせいで、薄暗がりの部屋の中でもノートは簡単に見つけられた。諦めて電気をつけて机に向かう。こうなれば俺の意識が落ちるのが先か、夢が見つかるのが先か、考え続けてやる。

 発想自体が狂気的なのは百も承知だが、手段を選んではいられない。夢とやらが滲み出てくるまで、俺の脳みそを絞り続けるしかない。


 そうして、ふと気がつけば俺は朝を迎えていた。


 「……は?」

 
 思わず口から息が漏れ出た。俺は寝ても醒めても夢を見ることが叶わなかったのである。
 
 絞りカスと化した体に降り注いだ陽の光が突き刺さり、俺が最初に覚えたのは言いようのない吐き気。目のあたりにしている朝日を、夢のない人間である事実を俺は容認出来なかったのだ。

 しかし、どんな人間にも平等に朝はやってくる。というか、目の前でうざったいくらい燦然と輝いている。睨みつけても網膜を焼くばかり。消えなどしない。

 
 呆然としたまま、時計を見ると午前7時。コズハを起こしに行く時間だ。

 
 「やっべ行かねぇと!」


 軸を得た俺は荷物を背負って家を飛び出した。


 全くもって、今日は時間の進み具合がおかしい。亀のようにトロトロしているかと思えば、アキレスが如く高速で通過していく。気を張っていなければ振り落とされてしまいそうだ。


 「おじゃましまーす」


 いつも通り、挨拶もそこそこにコズハの部屋に入りる。そしていつものようにカーテンを開けてコズハの肩を揺すって起こす。

 しかし昨日まで考えもしなかったが、俺は一体何がやりたいんだ?コズハに振り回されなくなった今、なんでも出来るというのに何をやりたいのかいまいちパッとしない。


 「……なないくん?」 


 趣味らしい趣味は人助けくらい。いや、道案内とか落し物を交番に届けるのが趣味ってなんだよ。この場合の趣味とは、ただ単に快感が得られるとかそういうものではない。日課のように行い、かつ楽しめているようなもの。そんなものはあるだろうか。
 娯楽などはしないしする暇も無かった。テレビも見なければスマホも連絡手段以外には使わない。あれ、俺って帰ってから何してんだっけ?


 「……ナナイ君?」


 えーっと?たしか学校帰ってから制服から着替えて、買い物行って、洗濯して、回しながら飯作って食べて、風呂掃除して風呂入って、日によって宿題やって、んでこの辺でコズハが何か厄介事持ってくるからそれを終わらせて、んで寝る。ちょっと待て、俺ってまさか。
 

 「ナナイっ!!!」

 「ぎゅむっ」


 唐突に頬が潰された。
 ワンテンポ遅れて目線をあげると、ユーが俺の顔を両手で左右から押し付けているのだとわかった。ユーは眉をひそめ、俺に尋ねてくる。


 「ナナイ、どうしたんだゆー!?さっきからぼーっと壁を見ながらコズハの肩を揺すり続けてたけど……今日は何かあったのかゆー?」

 「……いや、何でもねえ。ぼーっとしてただけだ、悪かったな」


 俺はその手を退けながら答えた。
 まさか日課すらままならなくなるとは。睡眠不足と考え事のダブルパンチは、脳機能を著しく鈍らせるらしい。
 

 「ううむ、どうでしょうか。ナナイ君がなんの目的や背景もなしに呆然としていたなど、考えにくいのですが」

 「んな日だってあるだろ。あんま気にすんな……ぎゅむっ!?」

 
 今度はコズハが俺の口周りを片手でつまんだ。

 
 「見てくださいユーちゃん。ナナイ君の目の下にはっきりと隈ができています。さては夜更かししましたね」

 「ぶはっ、いちいち気にすんなってこのくら……ぐむっ!?」


 かと思えば、ユーは俺の顔面を掴んできた。アメリカのバスケ選手がボールを持つように、鷲掴みだ。


 「ほんとだゆー!肌も荒れてるゆー!」

 「心なしか、目もあまり開いていませんね。具合が悪いようでしたら、今日は休まれてはいかがですか?」

 「そうだゆー!無茶は厳禁だゆー!!」

 「テメェらふぇふぇえは俺の顔掴まねえとふぉへほはほふははへえほ話できねえのかよははひへひへへほはほ!!」


 その後、代わる代わる俺の顔面を引っ張ってくる奴らの手をどうにか払い除けた。顔を洗ったばかりだと言うのにベタベタ触られて、証拠品が如く俺は指紋だらけだ。

 ハンカチで顔を拭きながら、コズハに問いかける。


 「……しかし、コズハ。お前今日目ぇ覚めんの早くねえか?もう立ててんじゃねえか」

 「いつも私を起こしてくれるほど朝に強い人が、死んだ顔をしていたら目も覚めますよ。というか、時間的にはいつもより逼迫しています」

 「何?」


 壁掛け時計を見上げると7時40分。40分?  
 ふざけているのか、何だこの時間の経ちようは。顔を揉まれている間に、俺はタイムリープでもしたのだろうか。そうでも無ければ証明がつかない気がする。


 「今日はぼくが遅れて着いたんだゆー。ナナイはぼくが着いた頃にはコズハの肩をずっと揺らしてたゆー」


 全ての証明が完了してしまった。朦朧としたまま俺が40分コズハの肩を揺すっていたのだ。正気か俺は。そりゃコズハも目が覚めるわ。

 合点が行ったついでに俺はコズハに手を合わせ、軽く頭を下げた。


 「すまん、わざとじゃねえんだ。大丈夫か?」

 「知っていますよ。それに私はナナイ君より頑丈ですから。しかし悲しいかな、すぎた時間は帰ってきませんからね。今42分です」

 「何で平然としてんだ前!いつも出てる時間の10分前だぞ!焦れ!!!」

 「ええ、そうです。ナナイ君にはこのくらいの覇気が無いと、私も張り合いがないというもの」

 「ボサっとしてねえで顔洗って着替えて飯食え!!遅刻だぞ!!ユー!お前も手伝え!!」

 
 妙に飄々とした顔のコズハを担いで朝の支度を終わらせ、食パンを口に突っ込む。悩み事など考えている暇もなく、やっとの思いで俺らは学校まで向かった。   
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