ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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26.移りゆく環境に適応しなければならない

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 4月も3週目を迎え、夜になっても底冷えしなくなってきた。庭のミオソティス?だったか、なんか青い多年草は花盛りだ。

 日課である草取りを終えた俺は、園芸用具を片付けると自室へと向かった。


 まったく春になってくると何もかもおめでたくなってくるものだ。啓蟄から調子を取り戻した虫は暴れるわ、夏に向けて雑草は生えるわ踏んだり蹴ったりである。今のうちに方をつけなくてはならないことが多すぎる。

 おめでたくなると言えば、俺らの周りにも色々と好感触な変化が訪れた。

 まずコズハとユーがめちゃくちゃ打ち解けた。頭脳明晰さと無類のSF好きが相まって、それらの技術やら原理はコズハにとって垂涎ものらしい。

 この前も、


 「ユーちゃん、素人なりに一つ質問を。何故こんなにも素晴らしい引力中和装置なるものが作れたのに、座標合わせだけは地球の自転に合わせる力技っぷりなのはどうしてなのですか?」

 「いい質問だゆー。本来は自転の勢いを使って平行移動するための技術なんだゆー。それと移動装置と非接触式座標固定錨を組みあわせてるだけだ急ごしらえの遊び道具なんだゆー」
 
 「移動装置とは仰っていますが、あの空間では地面を歩くが如く、水中を泳ぐが如く我々は動けていました。推力はどこから放出されていたのですか?いえ、そもそも飛行に用いていた移動手段自体違うと?」

 「後者の方だゆー。とある物質を利用して重力を歪めると同時に座標調整の延長線で脳波に合わせて位置を調整していたんだゆー。具体的に書くと……」


 難解極まりない話を延々としているのだ。夜中の3時に、無料通信アプリのチャットで。そうでなければ意味もわからない単語で構成された奇々怪々な文章群を、無知蒙昧な俺が一字一句書き記すことなど出来はしない。叩き起されていた時とは別ベクトルで気が狂いそうだ。
 
 俺は通知を切らない派の人間だったが、会話が一往復する前にスマホの縦画面が口調だけ軽妙は論文で埋めつくされたのを見て、電源を切った。

 仲良いことは美しきかななどと言うが、2人だけで暴走されると俺の手に負えない。国家転覆などを計らないよう祈るばかりである。

 
 次に、コズハの束縛が過度なものではなくなった。会話に入ってくることも、放課後探索に連れ出されることも、ド深夜に起こされることもない。 

 理由を聞いてみても、


 「今は充電期間なのです。私の方で調べたいことやまとめたいことがあるので、ナナイ君はしばらくの間座してお待ちください」

 
 と、はっきりしない。

 俺は深く探らないことにした。あの口ぶりだとどうせまた駆り出されるのだ。であれば今を満喫した方がいいに決まっている。

 結果として、俺は初めて8時間睡眠をとることができ、数年間共にしていた原因不明の頭痛から解放された。朝カーテンを開けた時、あまりの朝日の美しさに感動したくらいだ。思考は鮮明になり、視界は開け、世界はバラ色になる。言うなれば、永続デバフが1つ無くなったのだ。間違いなく俺の生きやすさは格段に上昇した。

 
 そして最後に、これは先程言ったことに関連していることだ。端的に言い表すならば一日が、長く感じるようになった。

 これまでコズハに拘束されることを前提として家事をし、勉強をし、登校をし、帰宅する生活を続けていた。しかし、急に必要とされていたルーティンが無くなって俺の自由時間は、カンブリア紀の生命くらい爆発的に増えた。

 喉が出るほど羨望した『普通の生活』が突如目の前に転がり込んできたのである。

 何をすれば良いか分からず、初日はせっかく時間があるならと家の大掃除をしてしまった。部屋の隅から浴室の鏡に至るまで磨き上げて尚時間が余る。先程睡眠の話をしたが、否定的な言い方をすれば余った時間で惰眠を貪ったに過ぎない。

 
 2日目にしてこれに気付けたのは幸運だった。コズハに振り回されないからと、自堕落した生活を送れば、目的なく青春を使い潰してしまっていたに違いない。

 青春とはただ与えられるものでも漠然と発生している状態を指すのではなく、掴み取る過程にこそあるのだ。

 しかし、ただがむしゃらに足掻いても仕方がない。無計画なまま青春という大海原に漕ぎ出しても沈没と溺死あるいは餓死が待っている。安全な航路の確保、過酷な環境への対応、食料の選択、それに変わる何かが。

 言わば、生存戦略が俺には必要だ。

 考えろ、俺が青春の真っ只中で遭難しないためには何がいる?

 不幸中の幸いにも、俺はコズハに振り回されたことで、人生の半分以上を過酷な冒険とサバイバルに費やしている。つまり、こと生き延びるについてはそれなりに実績があるのだ。それと同じようにプランニングして危機管理と事前準備を済ませ、正しい手段で効率的にアプローチすればより良い成果が得られるはず。


 となると、まずは課題の確認だ。


 自室に到着した俺は、机の引き出しからノートを取り出す。こうなることを見越して買っておいたものだ。『青春生存戦略』と仰々しいタイトルをつけて、表紙を開く。

 浮き足立ったままシャープペンシルを取り、一行目にその先を当てた。そのままの姿勢でしばし考えてみる。

 俺は青春に何を求めているのか。


 「……」


 俺は青春に何を求めているのだろうか。やりたいこととかないのか?


 「……?」

 
 あれ、俺は。
 

 「……」


 俺は一体、青春に何を期待していたんだっけ。


 しんと張り詰めた自室の中。進まないペンと白紙のノート。取り残された俺の周りだけ、時間は一向に進まなかった。
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