ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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36.手を尽くさねばならない

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 風呂から上がり着替えた俺は、びしょ濡れになったユーにドライヤーをかけていた。


 「ゆー!ゆーっ!!ゆー!!!」


 ドライヤーの音に対抗するように、椅子に座らせたユーが叫び続けている。


 「なんで叫んでんだー?」

 
 耳を押さえながら、ユーはこちらを見あげた。


 「耳の感度調節ミスったんだゆー!!耳が痛いんだゆー!!!人の心があるのなら止めてくれゆー!!」

 「あーそうか。でも俺宇宙人より人間味ねえからなあ、髪痛むからさっさとかけちまうぞ」

 「鬼だゆー!悪魔だゆー!コズハの幼馴染だゆー!」

 「最後のを罵倒っぽく使うと、もれなく俺も絞められるから絶対に外で言うんじゃねえぞ」

 「わかったゆー!わかったからこれ止めてくれゆー!」


 結局、髪が乾き切るまでユーは喚き続けた。さっぱりした頭のユーは洗面台にもたれかかって溶けている。わずかに動く指先で、鏡に『ナナイ』と走り書きした。誰が殺人犯だよ。


 「あ、頭掘削されるかと思ったゆー……」


 白目を剥きながらユーは言った。さすがに申し訳なくなってくる弱りようだ。


 「……悪かったな。それにしても難儀な体だな、全部マニュアルで調整してんのか?」

 「そうだゆー……というか今の体は先週までのものでは無くて、宇宙船が壊れる前に作っていた主成分がタンパク質で構成されているものなんだゆー」

 「へー。なら濡れたら一大事だな」

 「そうだゆー。ふやけてぶよぶよになるし、出力は下がるしで慣れないと大変だゆー」

 「ここまで聞いてるといいとこ無しだけど、なんでそんな身体になったんだ?」

 「え?それ聞くかゆー?」


 ユーは顔を上げて、俺に向けて口を尖らせた。何が気に障ったのか分からず目を合わせていると、


 「……ナナイのご飯が食べたかったんだゆー」


 呟いてそっぽを向いた。


 「な、なっ……!」


 思わず口を押さえる。むず痒くなる胸中に釣られて、心にもないことを口走るところだった。
 

 「そ、そうか。……ありがとよ」


 ぎこちなく返してどうにか上げた視線、ユーの耳はほのかに色付いていた。


 「なんか、見れば見るほど本当に人間の体みたいだな。それ」

 「ゆ?あー、そうだゆー。血液とか内臓系もある程度模倣はしてるから代謝もするし、生きてるのとあんまり変わらないゆー」

 「つくづくとんでもねえ技術だな……って言うか人体の模倣とかどうやったんだ?模倣しようにも原本がよく分からねえと出来なかったんじゃねえか?」

 「ゆっ……そ、それは……その……」
 

 ユーの目が再び泳いだ。きっと、ろくでもないことを隠している。


 「言え。さもなくばもっかいドライヤーかけるぞ」


 つぶさに俺はドライヤーを構え、スイッチに指を置いた。さながら歴戦のガンマンのように。


 「そ、それ卑怯だゆー……音響兵器による拷問とか法の下許されるのかゆー?」

 「お前日本国憲法の庇護下か怪しいじゃん」

 「ぐっ……痛いところを突いてくるじゃないかゆー……」


 若干たじろいでいたユーだったが、苦虫を噛み潰したように逡巡してから答えた。


 「……基本的には解剖図を参考にしたんだけど、どうしても再現不可能な……肌触りの模倣とかは同意を取った上でコズハの体を参考にやりましたゆー……」

 「なるほどな、もしかして俺の体を執拗に見ようとしたのはまだ参考資料が不足していたってことか?」

 「そ、そうだゆー……」

 「たかが俺の体になんでそこまで執着すんのかと思ってたが、まさかそんな経緯だったとはな」
 
 「たかがとはなんだゆー!たかがとは!!」


 ユーは険しい顔をして俺を詰めてきた。


 「そのが再現できなくてぼくがどれほどやきもきしてたか分からないのかゆー!?骨格、筋肉、筋膜、内臓まで丁寧に作成したら今度は神経系を再現して統括しなければならなくなった時の気持ちがわかるかゆー!?」
 
 「分かるわけねえだろ。一から作ったことねえんだから」

 「だから参考資料は必須なんだゆー!だからいいじゃないかゆー!飽くなき探究心に燃える友人にせめてもの情けだと思って一肌脱いで欲しいゆー!」

 「その頼み方してマジで脱がせる奴見たことねえよ。この勢いだと俺が溺れてたのに気が付いたのすら、風呂覗きに来たからみてえじゃねえかよ……なんて冗d──」


 ふと、視線を戻す。ユーの動きが止まっている。真っ直ぐさされていた指は段々力無く曲がっていき、目が徐々に逸れていく。そして頬が紅潮していくのがわかった。

 
 「……冗談じゃねえのか?」

 「どっ、どうしても女性的な骨格と男性的な骨格って色々違うし生殖器の違いとかもあるし内部構造だって色々違うんだゆーそれを同じように再現するっていうのはだいぶ難しいし、なにぶん再現が難しいところが沢山あるってゆーかここまで来たらきちんと凝りたいとゆーか参考資料はきちんと用意したかったんだゆー……」


 ユーは指をいじりながら俯き、高速で弁明を始めた。まさに壊れた蛇口のように、取り留めのない言い訳を続けている。恐らく俺が止めない限り際限なく喋り続けるのだろう。


 「そもそもかなりホルモン差による影響がある以上は模倣するのだとしたらきっちりそこまで真似して人間になりたいじゃないかゆー。確かにぼくはスペアの体を作りたいだけ作れるし移植も自由自在だけど利便性だけ突き詰めれば人型になる必要なんかないし、機能も再現しつつ可愛くっていういいとこ取りをしたいじゃないかゆー?そういうのも許されていいんじゃないかなって言うか……」

 「ユー」

 「は、はいだゆー!」

 「許す」

 「や、やっぱりさすがにそうだゆー?ぼくの倫理感がないのは重々承知していたけど今回はさすがに……って……ゆー!?」


 ユーは俺の顔を二度見してきた。


 「助けて貰ったのにそんなとやかく言うわけねえだろ。結果オーライってやつだ」


 俺がそう言うと、途端にユーは目を輝かせて身を乗り出した。


 「そ、それなら今はナナイの裸見ても大丈夫なのかゆー!?」

 「それとこれとは話が別だ。例外なくそれは認めん」

 「ゆ、ゆー……」


 ユーは分かりやすく肩を落とした。その様子を見るに、明らかに精気を失っている気がする。されど、俺にも最低限の羞恥心と尊厳がある。いきなり脱げだなんて言われても、そう易々と引き受けたくはない。
 
 それに、だ。もうユーは地球に来て最初の目的を達成し、二つ目の目標として人の模倣をしている訳だ。俺よりも遥かに人間らしい動機を持っているじゃないか。


 「……だから、代わりと言っちゃなんだが」


 俺は、いじけるユーに手を差し伸べつつ続けた。


 「これから、俺が何したいか一緒に探してくれよ。退屈はさせねえからよ」

 「……」


 驚いたように目を見開いたユーは、小さく吹き出した。


 「ふふっ。それなら、仕方ないゆー。ナナイがいつか裸を見せるまで、ぼくも付き合ってやるゆー!」

 
 そう言って、ユーは俺の手を取った。


 「いや見せねえよ」

 「そんなこと言って、いつかはきっとくるんだゆー」

 「ガチで」

 「……マジかゆー」
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