ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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52.奇々怪々

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 「お待たせしました、コズハキッチンのお時間です。化生研究家の西上コズハです」

 「アシスタントのユースティン・エスティン・キティンバブルだゆー!!」


 家に上がり込んだコズハとユーはエプロンを占め、キッチンで他人行儀な挨拶をした。わざわざ横並びになって俺に一礼したのは料理番組の冒頭を意識しているらしい。方や料理研究家ですらなく、方や前代未聞のカタカナの塊だ。

 もし俺の目の前にテロップが出ていたら、とても料理番組とは思えないだろう。


 「……何を見せられてるんだ?」


 家に着くなりダイニングの椅子に座らせられた俺は、ただ困惑していた。急にこいつらの寸劇が始まったのだ。二人の平然とした様子を見るに、俺抜きで話し合いがされていたようである。

 さて二人は俺の質問に答えることなく、料理番組の体を保ち続けた。


 「さて、コズハ先生今日は何を作るんだゆー?」

 「今日はナナイ君の家の余り物を使いまして、中辛カレーを作ります」

 「これまた唐突だな……ユーはともかくコズハは甘口しか食えないだろうに」


 カレーか。確か冷蔵庫にあまりの豚バラと玉ねぎ、人参……ちょっと待てじゃがいもあったか?

 俺が冷蔵庫の中身に思いを馳せていると、ユーが頬を膨らませた。


 「ギャラリーの方はお静かに願いますゆー!」

 「ギャラリーなのかよ俺は」

 「ええ、なので手出し無用です。ちなみに私は最初から中辛くらい食べられます。心配もご無用です」

 「……不安だ」


 俺の心配を他所に、コズハキッチンは強行開催された。コズハは戸棚、ユーは冷蔵庫を漁りカレーの準備をしていく。しかし、挨拶の後にやっているからだろうかめちゃくちゃ段取りが悪い気がする。


 「……っ」

 「問題ありません。必ずや最高のカレーを作ってご覧に入れましょう。……ところで、鍋の大きさはどのくらいがよろしいのですかね。さすがに両手鍋でしょうか。10リットル程もあれば足りますよね」

 「……」


 「コズハー、そもそもカレーって何が必要なんだゆー?ニンジンとタマネギと……ピーマンだったかゆー?」

 「ピーマンはいりませんよ。その代わりにじゃがいもが……あれ、じゃがいもが入っていませんね」


 長いことコズハとユーが野菜室を開けているせいで、ピーピーと冷蔵庫が悲鳴を上げている。俺は拷問でも受けているのだろうか。

 さすがに見ていられなくなった俺はひっそりとキッチンに回り込んだ。


 「……じゃがいもは常温で出してるから、あるとしたらユーが探してた戸棚の方だ」

 「えっ?あ!ほんとだゆー!!ありがとうだゆー!!」

 「コズハ、10リットルってなると具材が全然足りねえ。ここの鍋に入る分具材切って、煮て、ルー溶かす感じにしろ。ルーの場所はわかるな?」

 「……むっ」


 コズハは少々むくれつつ、俺に詰め寄ってきた。


 「だからナナイ君は休んでいてくださいと言ったでは無いですか。どうして出てくるのですか」

 「事故防止のためだ。お前は言うまでもないが、ユーは宇宙船漏電事故の実績と信頼がある」

 「ゆっ!?あれは不運な事故だゆー!それに時間遡行装置は直ったから、リカバリーはできるゆー!」

 「人の家で事故起こす前提で動くな。それにコズハ、お前はなんでも力技で解決しようとする節がある。はっきり言ってすげえ怖い」

 「ぐうの音も出ませんが、さすがに私を見くびりすぎです。私とて3回に1回はゆで卵を無事に作れるほどの料理スキルがあるのです」

 「世間一般的にそれは『無い』っつうんだよ。いいから、一緒にやった方が早ぇし安全だぞ?」

 「……」

 「……ゆっ」


 俺の提案に少々身構えたあいつらは互いに見つめ合うと、同じタイミングで頷いて立ち上がった。


 「かくなる上は仕方ないゆー」
 
 「お覚悟を。ナナイ君」

 「何する気だ?」


 コズハとユーは俺の腕をそれぞれ引っ掴んで玄関まで運び、外へ蹴り出した。


 「ぎゃあっ!!?テメェら何しやが──ぶっ!?」


 起き上がった矢先、鼻の頭に何かが飛んできた。勢いがあったのでまあまあ痛かったが、衝撃は軽い。レンタルビデオで借りていた『桶谷くんは儲からない(実写劇場版)』であった。そして遅れて靴が転がってくる。

 視線を上げると玄関先に、コズハとユーが仁王立ちしていた。

 
 「ナナイ君、私たちはカレーを作っていますので急ぎこれを返してきてください」

 「……なんで家主が出ることになるんだよ。普通逆じゃね?」

 「なんでもヘチマもないゆー!さあさ!行ってらっしゃいだゆー!!」

 「おい、ちょっと待て!話を聞け!」


 乱暴に玄関のドアは閉められた。
 
 
 「……あいつら大丈夫か?」


 俺は頭を抱えつつ靴を履き、レンタルビデオ屋に向かった。コズハもユーも強情なので、かくなる上は要求を飲むしかない。
 
 最悪家が全焼してもユーがいれば直るので、家の保全は大丈夫だ。問題はコンビニの買い食いから派生したはずの料理会に見せ掛けて、俺を除け者にしている点だ。あいつらの目的は何なんだ?


 カレーを知らなそうなユーは論外として、コズハは料理経験がほぼない。ゆで卵を作ると言って、殻ごとガスの火にかける人間だ。

 レシピを理解は出来るのだが、所作が雑で一気に完成させようとするのだ。弱火を強火にすれば2分の1の時間で済むなんて暴論は信じないが、自分に絶対の自信があるので目加減でなんとかなると思い込んでいる。タチが悪い。

 そんな料理の徹燼てつじんどもは何を企てている?俺に料理を作るだなんて唐突で支離滅裂な行動の割には、どこか計画的だ。


 「……わからねぇ」


 腕を組みながら、街頭に照らされた夜道を歩いていたその時である。


 「あれって……」


 同じく街灯に照らされた大幣先生の姿が遠巻きに見えた。よく見ると、目の前に誰かがいる。探偵みたいな茶色のロングコートを着た、大幣先生より一回り小さい白い髪の人影。どことなくユーと似通った雰囲気だ。

 あの人も化生なのだろうか。


 ともかく、見知った顔だし問題はないだろう。ろくに警戒せずに近寄ろうとした時、大幣先生の声が耳に届いた。


 「……せやから、生徒の個人情報を聞かれても答えられへんって言うてますやん……!」


 どうやら声を張り上げているらしい。遠くからでもかなり明瞭にそう聞こえた。


 「……だい。…………もう…………ユースティン……だい」


 もう一人の方は高めの声でそう言ったのが、切れ切れに聞こえた。

 『~だい』という特徴的な語尾を口にしている。それにユースティンって言うとユーの本名だ。本名を知っているってことはきっと繋がりがあるのだろう。

 ……しかしユーから同じ星の生命体の話を聞いたことは無い。そいつが、ユーを探している。それにユーと同じ種族だとすると、近寄っただけで俺の思考を勘づかれる可能性が非常に高い。


 「……」

 
 大幣先生には悪いが俺はひっそりとその場を後にし、大回りしてレンタルビデオを返しに行った。
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