ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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54.まだ俺らは知らない

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 死ぬかと思った。


 「……うぷっ」


 もたれる胃を気遣いながら、シンクに立って食器を洗っていく。

 
 一皿完食した俺を待ち構えていたのは、二皿目を差し出したコズハだった。目に見えてわかるほど上機嫌で、浮き足立っていたのを覚えている。


 「泣くほど美味しかったのですね。おかわりもどうぞお食べ下さい」

 
 そう言って微笑んできたものだから、胃に収めるほか無かった。胃の容量的な限界もそうだが、バグり始めた味覚があのカレーから辛味と塩味を見いだし始めた時には死を覚悟した。
 
 食い終わってからはしばらく走馬灯を見ていたらしい。記憶を遡りながらコズハと回った山、海、丘、廃墟と考えつく限りの場所が次々流れ、初めてコズハに会った日に死にかけたことを思い出した。今も昔もコズハに殺されかけている事実は変わりないらしい。


 とにかく、俺は試練に打ち勝ったのだ。当分はカレーもチョコレートも見たくない。


 「……はぁ。とにかく気持ちはありがたく受け取らねぇとな」


 シンクに向かって一人呟く。まさかコズハが、俺に返したいほどの恩義を感じているだなんて思いもしなかったのだ。満腹になった今も、鮮明に驚いている。どうも機会を伺っていたようだが、どうして今なのだろう。


 直近で考えられるとしたら肝試しの一件だ。と言っても、後半おぶって移動したくらいで謎解きをめちゃくちゃにしたのが俺の実績だ。
 
 もうひとつ考えられるとしたら、宇宙人恐怖症を克服できたこと……。いや、ないない。あれはコズハが自力で仲良くなって平気になったことだ。まともに向き合うに至るまで、血のにじむような努力があったに違いない。

 
 ……俺感謝されるようなことしてなくねぇか?本当になんで今なんだ?


 「こら、ユーちゃん逃げないでください。髪を乾かすのです」

 「ぼくは自然乾燥派なんだゆー!だからいいんだゆー!」

 「嘘をおっしゃい、ナナイ君からドライヤー嫌いのことは伺っています。さあさ大人しく」

 「ぎゃああああっ!ゆー!!」


 風呂場の方からぐぐもった声が聞こえる。またユーがドライヤーの前でごねているらしい。カレーを知らなかったことといい、ドライヤーを嫌がる所なんかはずいぶん子供っぽい。

 確かにユーは人間として生活し始めて1ヶ月も経っていない。無理もないことだろう。


 というかだ、異星に降りたって原住民に擬態して生活しようとか覚悟決まりすぎなんだよ。留学生を名乗っていたが、常に翻訳アプリを使ってるとかスマホ頼りに留学するようなもんじゃねえか。無計画にして無鉄砲、無秩序ですらある。

 
 「……待てよ」


 皿を洗う手が思わず止まる。気づいてしまった。人の枠に置き換えれば置き換えるほど、ユーの行動はめちゃくちゃなのだ。

 
 ユーは旧友に会いに来たと言っていた。だが、今のユーは、明らかに定住しようとしている。体をタンパク質材に変え、留学生として学校生活を送り、宇宙船を直すこともできるのに帰るどころか俺の家に住み着いている。俺が『和唐ナナイ』である確証も無いのにだ。

 『和唐ナナイ』という名前だけが頼りの来訪にしては、捜索というよりというスタンスに近い。俺の名前が『和唐ナナイ』だと知っただけで、確定できる証拠も無いのに漂着者から共生者にシフトした。

 大幣先生が疑うのも仕方ない身の翻し方だ。まるで故郷に未練など無いと言うかのような。


 「……」


 出しっぱなしだった水道を止め、俺は考え始める。もし、ユーが故郷の星を捨ててこちらに来たなら、推定ユーの同族は何をしに地球にやってきたのだろうか。


 なんか居づらかった……とかか?故郷捨てるにしては弱くないか?いや、むしろそれに見合う動機ってなんだよ。

 なにかの犯罪をしたとかか?公文書改ざんをしれっとやるあたり、怪しいと言えば怪しい。だけどなぁ……言っちゃ悪いんだが、ユーが悪いことをしでかせるだなんて俺は思えない。
確実に途中で足がつくはずだ。足が着いたから追ってきているとも言えるが、今更なんだ。多分俺らの方が不法侵入の余罪がある。

 じゃあ一体他にどんな理由があるのだろうか。コズハならば何か分かるかもしれないが、これを今話すべきだろうか。一体……どうしたら……。


 俺が無い頭を捻っていると、浴室に繋がる扉が勢いよく空いた。中から出てきたのは俺のTシャツを着たコズハとユー。とうとう二人とも何も言わずに俺の服に手をつけている。色々と危うい気がする。

 コズハは裸足でぺたぺたと音を鳴らし、鼻息荒く俺のすぐ横まで歩いてきた。


 「聞いてくださいナナイ君。すごいのですよ、私驚いてしまいました。ユーちゃんはそれはそれは豊満で水に浮くほどのおっ──」

 「やめろ、俺が反応出来ねえ下ネタを持ち出すんじゃねえ」

 「……をお持ちなのですが、見合った下着が無いので買わなければなりませんねというお話です。何を想像したのですか?ナナイ君はおませさんですね」

 「早押しクイズみたいな誘導すんじゃねえよ!!」

  
 思わず俺は叫んだ、心から。


 「早とちりしたのはナナイ君でしょう。というかこれから薄手の夏服に切り替わるのですから、さっさと買わないとユーちゃんが痴女になってしまいます」

 「それ、俺に相談すべきことか?俺じゃなんのアドバイスも出来ねえだろ」

 「かと言って、私のお母さんにユーちゃんの下着の相談をしてはユーちゃんの家族関係にあらぬ心配を与えてしまいます。今やナナイ君はユーちゃんの生活を支えていますし、教えて然るべきかと思ったのです」

 「……そうだな、悪かった。今度ランジェリーショップにでも連れてってやってくれ」

 「分かれば良いのですよ。ところで」
 
 
 コズハは洗い物を指さした。

 
 「何か考えごとでもしていたのですか?やけに進みが悪いようですが」

 「他意がねぇのは分かるが小姑みてぇな言い方だな……。何でもねえよ、ちょっとぼーっとしてたんだ」

 「まさか、私たちのお風呂の様子を覗き見して……」

 「何なんだよ今日のお前は!テンション高ぇな!?」


 体をくねらせるコズハをあしらいつつ、洗い物を続けているとタオルを首から下げたユーが風呂場から出てきた。


 「ゆー……」 


 頭から湯気を出しながら、目を細めて和んでいる。とても気持ちよさそうにしているユーを邪魔したくは無い。それに、コズハも今日はやけにテンションが高い。宇宙人について話すのはまたの機会にしよう。

 ユーは俺に微笑みかけると、手を振ってきた。


 「良い風呂だったゆー!ナナイ!お風呂空いたゆ……」


 ユーは突如足を止め、凍りついた。
 
 そして呆気にとられていた俺に飛びかかり、正面から肩を掴んで顔を詰めてきた。


 「ど、どうしたんだよ急に!?」

 「……あ、会ったのかゆー?」

 「はぁ!?何の話だよ!……あ」


 そうか、ユーは多少なりとも俺の思考を読めるのだ。つまり、この事態はユーにとって危機に違いない。

 俺は跳ね上がった心臓をなだめてから、短く伝えた。

 
 「会ってはいない。遠巻きに見ただけだ。……でも俺の聞き間違いじゃねえならお前の名前を言っていた」

 「……そ、そうかゆー」


 ユーは少しずつ後退りした。震えながら、俺らから離れていく。


 「ユーちゃん、一体どうしたのですか?顔色がよろしくないですよ?」


 対して、コズハが迫っていく。その分、ユーは大きく下がる。きっとユーは怖がっているのだ。コズハが近づくことに。


 「ち、ちょっと体調が悪くなったかもしれないゆー……一回宇宙船まで戻ってちょっと体のメンテナンスをしてくるゆー」

 「でしたら、私とナナイ君が送りますよ。そこまで離れていませんし。夜道は暗いですよ?」

 「大丈夫だゆー!だ、だからすぐ戻るから、ちょっとここで待ってて欲しいゆー!」


 ユーは後ろ手にドアノブに触れた。まずい、このままでは出ていってしまう。引き止めなくては。


 「……ユー」

 
 気がつけば、勝手に口が動いていた。


 「どうしたんだゆー……?」

 「俺は、『和唐ナナイ』じゃねえのかもしれねえ」

 「……」


 ユーはドアノブを強く握った。
 コズハは面食らったようで、目を白黒させて俺の方を見た。


 「ど、どうしたんですか急に……。今度はナナイ君ですか……?」

 「続けさせてくれ。コズハ」

 「……わかりました」


 俺はユーの目を真っ直ぐに見つめた。

 
 「俺は和唐ナナイじゃねえかもしれねえ。そうなのかも知れねぇ。小さい頃の記憶は曖昧で、忘れっぽくて、コズハにはめちゃくちゃ怒られてきた」

 「それが……どうしたんだゆー」

 「それでも、目の前にいる俺はお前の友達だ」

 「……」

 「お前に今駆け寄ったコズハも、そうだ。何があろうと絶対お前を裏切らない」


 ユーは目線を下げた。しかしドアノブから依然として手は離れない。俺だけでは不足だったらしい。不甲斐なさに歯を食いしばる。


 「……ユーちゃん」


 諦めかけた俺の横で、ポツリとコズハが呟いた。


 「私は何も分かりません。ユーちゃんが何を怖がっているのかも、どうして私たちと離れたいのかも。分からなさすぎて、とても怖いです」

 「……」

 「だからお願いします。どんなに離れたいのだとしても、どんなに話したくないのだとしても、納得出来る理由を私にください。私は……友達と離れたくありません……!」


 沈黙していたユーは下唇を噛みつつ、その場に崩れて顔を覆った。


 「ううぅ……ぼくだって、もう離れ離れは嫌だゆー!!」

 
 ボロボロと涙をこぼし始めたユーの背中を、二人でさする。泣きやみ、嗚咽が落ち着くまでずっと。切れ切れに平気だと言っても止めることなく、俺らはユーに寄り添った。
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