ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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63.和唐ナナイに安息日はない

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 一日空けて、水曜日の朝を迎えた。脇の下に入れた体温計のアラームが鳴る。36.1℃だった。

 起き上がった俺は、軽く腕を伸ばして屈伸してみる。筋肉痛も重だるさもない。風邪は完治したらしい。川に潜む未知の雑菌に感染していなくてマジでよかった。

 カーテンを開け、窓から光を取り込めば部屋の中はすっかり朝。病み上がりで多少疲れは残っているが、自らベッドへの退路を絶った。俺はこれから二人分の弁当を詰め、ユーを起こし、庭先の花壇に水をやり、コズハの具合を見に行かねばならない。とりわけ朝は忙しいのだ。


 急いで部屋着に着替えて、ドアノブに手をかける。ばさり、と後ろで何かが落ちた。

 
 「あ?」


 振り返ると、床にノートが落ちている。『青春生存戦略』と仰々しいタイトルがついたノートだ。我ながらネーミングセンスの無さに、思わず苦笑いが出る。その場のノリと勢いでつけたが『青春生存戦略』ってなんだよ。

 ……まあ、割とこの一ヶ月も何だかんだで命懸けだった。別に間違ってはいないか。


 気まぐれにノートをめくると、当たり前のように何も書かれていなかった。これだけノープランでも、生き延びることが出来たのだ。心配するだけ損だろう。


 「……生きてりゃ、そのうちやりてぇことも見つかるだろ」


 俺はノートの題名をサインペンで消して、部屋から出た。時刻は6時、いつも通りの朝である。

 
 キッチンに立ったら、まず昨日の味噌汁を温め直す。もうひとつのコンロにフライパンを置き、卵焼きとウインナーを茹で焼き。昨日茹でたブロッコリーとトマトに余っていた野菜炒めと麻婆茄子なんかも入れて、ぎゅうぎゅうの弁当が2つできた。米を敷きつめた下の段にそれを重ねて蓋をする。ついでにタンブラーに温めた味噌汁を入れたら、完成だ。ほっと胸を撫で下ろす。


 「……今日も何とか入ったな」


 ユーがうちに来てからというもの、一人では挑戦しないようなおかずも作るようになって料理が楽しい。楽しいが故に作りすぎてしまう。よって弁当の量が増えるのだ。

 しかし何でもかんでも作ればいい訳では無い。コズハの舌を真似した都合上、ユーは信じられないほど子供舌なのだ。この前菜の花のからし和えを出したら、苦味のあまり悶絶してのたうち回っていた。共に美味いと感じるには、まだ少しかかるかもしれない。


 一息ついて茶碗に米をよそっていると、寝ぼけ眼を擦りながらユーがやってきた。


 「おはようだゆー……ふああぁ……」
 
 「おはよう。自分から起きてくるとは珍しいな」

 「昨日スミノダイから長文業務連絡が届いて、それ消化してたら朝だったんだゆー……というか、体調は大丈夫なのかゆー?」

 「ああ、俺は平気だ。お前こそ大丈夫か?その分だと寝てねえんだろ?」

 「昨日は日中昼寝したから全くもって元気だゆー!」
 
 「お前は元気だったんだし学校行けよ。単位足りなくなるぞ」
 
 「足りなかったらその時考えるゆー!あ、これ運んじゃうゆー」

 「めちゃくちゃなことを……まあいい。頼むわ」


 俺がよそったご飯、大根と油揚げの味噌汁、大皿に乗せた昨日の麻婆茄子とウインナーの余り。そいつらがユーの手でダイニングテーブルに、次々載せられた。


 「やっぱり美味しそうだゆー!」
 
 「しかし、病み上がりなのによく作ったものですね」

 「作らねえとユーが腹空かすからな。幸い俺は大したこと無かったし」

 「助かったゆー。昨日ナナイが作ってくれた麻婆茄子が無ければご飯と味噌汁だけで過ごすことになってたゆー」

 「いやはや、いくらナナイ君のお味噌汁が美味しいからと言ってそれでは栄養が偏ってしまいますからね」

 「お前……なんでそんなに自然と混ざれるんだ……?」


 俺はしれっと食卓につく、コズハを二度見していた。


 「お邪魔しています」


 コズハはきっちりとおさげ髪をこさえ、ぴかぴかの丸メガネをかけている。顔色はこれ以上ないほど良いし、眠そうでもない。いつもは俺が起こさなければベッドから出ることすらできないのに……。謎が謎を呼んだ。


 コズハは俺から飯と味噌汁を受け取って席につく。


 「またしても鍵が開いていましたので。折角ですからご相伴にあずかろうかと」

 「は!?マジかよ!?
 ……いや、そうじゃねえよ!お前なんで起きて来れてんだって聞いてんだ!」

 「昨日具合が悪くてぶっ通しで寝ていましたら、しっかり熟眠、ばっちり休息、きっかり6時半に目が覚めました」


 そう言って、無表情でダブルピースを向けてきた。


 「ぐっ……なんか調子良さそうだと思ったらそういうことか」

 「ふっふっふ、さすがはナナイ君ですね。つまり本日の早起きは完全なまぐれなので明日も起こしに来てくださいね」

 「本当に調子いいなお前」

 「その代わりと言っては何ですが、夜ご飯はウチに食べに来てください。今夜はお母さん謹製のハンバーグです」
 
 「……ハンバーグ!!一回食べたかったんだゆー!!」

 
 半寝だったユーの目が、ハンバーグの言葉にパッチリ覚醒した。いきなりの大声に、思わず背筋が伸びる。


 「……そんなにお前ハンバーグ食いたかったのか?その割になんにも言わなかったじゃねえか」

 「昨日眠たすぎて、お腹空かせれば眠れないって聞いたからハンバーグの動画を見てたんだゆー。だから今、めちゃくちゃハンバーグの口なんだゆー……」

 
 ユーは垂れたヨダレを手で拭った。


 「何がそんなにユーちゃんを駆り立てるのですか」

 「……納期?」

 「……身も蓋もないないですね。まあ、いいです。気を取り直して、食べましょう」

 「「「いただきます」」ゆー!」


 3人揃って手を合わせ、朝食を摂った。時刻は7時、賑やかな朝だ。


 制服に着替え、今度こそ鍵を閉めてから家を出た。


 「……よし」


 念の為、指差し確認までした。最近、ユーが居る安心感から鍵を閉め忘れてしまいやすいのだ。


 「閉めましたか?」

 「今度こそバッチリだ」

 「じゃあ、出発だゆー!!」

 「あ、おい!走るな!」


 三人揃って行こうと話していたのに、ユーはスタスタと走っていってしまった。追いかけようと一歩踏み出した矢先。


 「……?」


 俺の手をコズハが掴んでいた。そして、何も言わず上目遣いで見つめてくる。

 
 「……」

 「……?」

 「……」

 「……は?」

 「……」

 「……なんだよ」

 「その程度ですか情けない」

 「本当に何の話だよ」

 「はぁ……相も変わらず、ナナイ君は忘れん坊ではないですか。再会こそあんなんでしたが、ユーちゃんは気を使ってあちらまで急いで行ってくれたのですよ?」

 
 大袈裟にため息をつくコズハの耳は真っ赤。そしてみるみる間に頬を膨らませた。


 「……あ」


 その様子を見て思い出したのだ。一昨日のことを。俺が熱を出した理由を。眠気を吹き飛ばすほど鮮烈に、頭に熱い血が巡った。

 思わず口を押さえて目を逸らす。


 「化生だの、エイリアンには立派に立ち向かえるのに。わっ、私が怖いのですか?」


 狼狽えながらコズハがそう言うので、俺は慌てて振り返る。


 「ち、違ぇって!そんなことは!お前のことはすげぇとも思ってるし!あ、相変わらず可愛いと思うぞ!そ、そ、それにお前のことは!」

 「待った……!」

 「は、は……!?」


 コズハは深呼吸してから俺の胸ぐらを掴んで、強く引き寄せた。

 コズハの顔が間近に迫り、またも俺の心臓は二重に跳ねた。吐息もかかるような至近距離で、コズハに顔を指さされる。
 

 「さ、先に言ったのは私なので、優越権は私にあります。そのため今後、私が触れるまでナナイ君が……発言をしたり、空気にするのは禁止です。絶対に」

 「そういうって、ど、どういう意味だよ。ちゃんと言わねえと分からねえよ」

 「勝手に告白して楽になろうだなんて考えないでくださいって意味です!ぼかそうとしたのに適切な言葉が見つからなかったのですよ!?乙女の精密な感情の機微を察してください!!」


 コズハは顔を真っ赤にして、思いっきり叫んできた。


 「無理に決まってんだろ!よりにもよって俺がんな事出来るわけがねぇ!!」

 「そうでしたね!私が悪かったですよーだ!!」

 
 コズハは耳が痛くなるほどの声量で叫んだ。脳が揺れ、甲高い耳鳴りがする……。そして、コズハは手を離して顔を覆った。今回はビンタを食らわずに済んだようだ。


 「はあっ……はあっ……これは……全く。分からない、分からなすぎて恐ろしい……なんておぞましい感情でしょう……はあっ……」


 息切れが収まったあたりで、俺の腕を再び掴んだ。若干裏返った声で、俺に問いかける。


 「どうですか、以上のことを踏まえて。納得しましたか?」


 せっかくまとまっていた髪は、わずかに乱れていた。


 「……至近距離で叫ばれすぎて何にも聞こえねえよ。ユーも待ってるし、さっさと行くぞ」

 「よろしい、では参りましょう。ユーちゃんの前では努めて健全に」


 手を引かれるまま少し進むと、電柱の陰からユーが現れた。

 
 「遅いゆー!!ネコ追いかけてたのに居なくなっちゃったゆー!」

 「ごめんなさい。ナナイ君がまたしても鍵を閉め忘れたなどと言うのですから」

 「閉めたわ!何回も言うなよ心配になるだろ!ってか、もう8時じゃねえか!遅刻するぞ!!」

 
 俺らは学校へ走る。脇目も振らず、真っ直ぐに。

 この先、どんな困難があるかも、幸福があるかも俺には分からない。

 しかし俺が最初に熱望した『平々凡々な青春』だけは、二度と手に入らないのだと分かった。


 【了】
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感想 1

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みんなの感想(1件)

よなぷー
2024.07.16 よなぷー

面白いです!👍
主人公のナナイ君の心理描写が巧みで、物語にグイグイ引き込まれました。😆
ただ難点があるとすれば、ユーがどうやってナナイ君のクラスに転校できたかです。これ、結構難易度高いと思うのですが……(書類とかどうやって用意したのだろうかとか)😅
ともあれ、コズハもユーも魅力的なキャラで、これからも読んでいこうと思いました。😎
完結目指してファイトです!💪

2024.07.17 しぼりたて柑橘類

感想ありがとうございます!
キャラに関しては特にこだわって書いていますので、そこまで言っていただけるとは作者冥利に尽きます!
このまま完結まで走り抜けたいと考えていますので、何卒ご愛顧のほどよろしくお願いいたします!
(疑問点に関しては……今後の展開をお楽しみに……!)

解除

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