友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

文字の大きさ
2 / 90
一章R:勇者リンは旅立つ

二話:勇者リンは旅立つ

しおりを挟む
 「乾杯!」 

 「かんぱーい!」


 今日何回目かも分からない乾杯をし、ローレルはすっかり出来上がってしまっていた。もう耳まで真っ赤になっている。かくいう私も少し火照ってしまっている。早めにとめないと後が大変そうだ……。

  
 「ろ、ローレル……シードルを飲むのもそのくらいに……」

 「うるひゃい! わらひのしゃけがのめんのか!!」
 

 もう呂律が回っていなかった。
 ローレルはコップを突き出してきた。へにゃへにゃになりながら垂れかかってくる。いつも気を張っているローレルがこうやって私の前で素を出してくれるのはなんとも嬉しい。私が居なくなることを、ローレルも気にしてくれていたようだ。

  
 
 「りん……なんでいっちまうんだよう……」


 そう言い残してローレルは潰れた。
 テーブルに突っ伏して気持ちよさそうに寝ている。その表情はどこか満足気で。


 「私も行きたくないよ……」


 そう呟いてローレルのコップのシードルを一気にあおる。喉に鋭い痛みが走った。目の辺りが少し熱くなってきた。


 「少し……すずんでくるよ。ローレル」


 私は貰った金額1枚を置いて離席した。

   
 外には青白い付きがぼんやりと出ていた。私はその月に照らされた城の堀を、ただ眺めていた。この城ももう見納めなのだ。私は目に焼き付けんばかりにずっと城を眺める。真っ白な城壁は月明かりに照らされて昼と見紛うほど眩かった。
 新兵としてこの城に初めて入った日を思い出す。その日も今日のように輝いて見えたものだ。


 「嫌だなぁ……行きたくないよ……」

 
 王はなぜこんなことを私に命令したのだろう?  確かに騎士団のメンバーには、冗談で勇者に向いていると言われたことはあった。まさかそれが本当になるだなんて……。 悪い夢でも見ているみたいだ。
 フラフラと、おぼつかない足で暗い道を進む。真っ白な月が道を照らし、私を導いているかのようだった。
 

「きれいなつきだなぁ……」


 こんな時ローレルが居てくれたら、もっと詩的に言い表してくれただろう。私のつたない語彙では綺麗なものは綺麗としか言えない。勇者の旅も初めて見るものばかりなはずだ。ローレルが居てくれたら行く先全て楽しくなるかもなぁ……。
  ……ローレルがいてくれたら?私はハッとした。


 「ローレルがいてくれたらいいんだ!」

 
 どうして気が付かなかったんだろう!ローレルさえいてくれれば百人力じゃないか!冒険には仲間がつきもの!!ローレルなら誘えばきっと来てくれるはず!
 私は急いで酒場へと走った。きっとまだ居るはずだ!今すぐ!今すぐに伝えなければ!
 急ぐ帰り道の途中、路地裏がチラリと目に入る。見知った背中が見えたのだ。黒い短髪、銀色の鎧、その上のマント。間違いなくローレルだ!きっと私と同じで少し涼みに来たのだろう!だが……このまま行っても驚かしてしまうかもしれないな……むしろ驚かしてしまおうか!


 「ふふふ……」


 驚かしてやろう!
 ちょっと魔が差した私は、そのまま忍び足でローレルに近づいた。少しずつ寄っていくにつれ、ハッキリと見えてくる。ローレルは黒いフードを被った誰かと話をしているようだ。


「くくっ……」
「ひゅっひゅっひゅっ……」
 

 なんだか楽しそうだ。2人とも笑っている。
 どんな話をしているんだろう?

 私は物陰で聞き耳を立ててみる。



 「えぇ……。 これが例のブツですよ旦那。ご注文通り、ワインに似せて良く細工してあるでしょう? ひゅひゅっ……!」

 「ええ。ありがとうございます。 コレがあれば……やつを……リンを……」 


 うん?今私の名前が呼ばれた?
 プレゼントでも選んでくれていたのだろうか!?漏れ出る興奮に悶えながら耳をそば立てた。


 「リンを……殺せる」


 先程の興奮が全て冷たい何かに変わったかのごとく、全身が冷えきった。胸の内のワクワクが鋭い刃物か何かになって喉に刺さっているかのような、酷い息苦しさだ。


 「……」


 立っていられなくなって、私は壁伝いに歩く。その場を必死になって離れた。
 その後どうやって戻ったかは分からない。ただ、目が覚めると酒場のテーブルで寝ていて、空のジョッキが山積みになっていた。

 空はもう明るい……というか真昼間だ。
 
 少しだけ痛い頭を回して思い出す。確かあの後シードルを浴びるほど飲んだんだっけ……?まあそんなことはどうでもいい。時間の前後感覚がはっきりしないのだ。正直、そんなことはどうでもいい。エールが見せた悪い夢だったのだ。やっぱりお酒は良くないのだ。聖書にも書いている。そうだ、そうに違いない。
 これからまずローレルに会って、仲間になってくれるように言おう!それから……!
 突如、肩を叩かれた。振り返るとそこにはローレルが。都合が良いとはまさにこの事だ!しかし、ローレルは私が口を開くより先に私にバスケットを突き出してきた。先程の、嫌な感覚がフラッシュバックしてきた。冷や汗が頬を伝う。


 「何も言わず、これを貰ってくれないか?」

 「う、うん」 


 少しだけ嫌な予感がする。そんなまさか……ローレルに限ってそんなことをするはずが……。私は少しずつ目を開く。中身はパン……干し肉……金貨に……あれ?  あとはエールが入っているくらいだ。


 「これは……?」

 「少しでも日持ちするものを……と思ってさ。 ここから離れるとしばらくは町がないだろう? 金貨は魔王国側に着くまで取って置いた方がいいだろ?」

 「ローレル……!」

  
 疑った私が愚かだった!やはりローレルは私のことを    ずっと案じてくれていたんだ!私の中に罪悪感が募る中、ローレルは続ける。


 「明日、城で出発式をやるから今日のうちに準備をしておいた方がいい。せっかくだから親御さんにも伝えとけ。なにせ国を挙げての行事だからな」


 そう言うなり、私に背を向けて歩き出した。急いで私は呼び止める。


 「ろ、ローレルこれからどうするの!?」

 「あぁ、今日は大忙しでな。 明日はちゃんと見送るからさ」


 そう言ってローレルは手を振って出ていった。
 私は手を振り返して見送り、出ていく様をぼんやりと眺めていた。まあ……仕方ないか。ローレルは忙しいのだから。私は私の準備をしよう!麓の村まで降りて父と母に挨拶をしに行かなければ。そう思って立ち上がった時だった。


 「よいっ ……しょ?」



 重い。明らかに重い。パッと見た限りの想像よりずっしりとした重さがこのバスケットにはあった 。
 まさか……ね。私は震える指でパンを寄せ、エールをテーブルに乗せた。


 「嘘……」


 バスケットの底には大きな瓶に入ったワインが鎮座していたのだった。ワインは高級品である。我々のような平民に毛が生えた程度の者がおいそれと、ましてこんな量、買えるはずもない。
 ……毒だ。そうに違いない。これで私を殺す気だ。ローレルが?なぜ私を?何のために!?


 「……逃げよう」


 勝手にそう口走っていた。そしてもう既に、その気だった。けれどだ、逃げるってどこに? この王国にもはや逃げ場はない。何せ私を死地に送り出そうとすらしているのだ。今死んだって、後で死んだってきっと同じだ。逃げ道はないんだ。
 なら、前進するしかない。全てを捨てる覚悟で。
 私はまだ式典に出ていない。つまり正式にはまだ勇者ではない。きっと今逃げたら追っ手が来る。この追っ手として最有力になるのはローレルだ。ローレルは私と並ぶくらいの実力者。逆に言えばローレルにしか私は追えない。
 今のローレルに話をしたって聞いてくれはしないだろう。ローレルが私を追ってきたその時が、話ができる唯一のチャンスだ。
 なぜローレルが私を殺そうとするのか。私は真相を掴むため、王国に背いて魔王国へと歩き始めるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

縫剣のセネカ

藤花スイ
ファンタジー
「ぬいけんのせねか」と読みます。 -- コルドバ村のセネカは英雄に憧れるお転婆娘だ。 幼馴染のルキウスと共に穏やかな日々を過ごしていた。 ある日、セネカとルキウスの両親は村を守るために戦いに向かった。 訳も分からず見送ったその後、二人は孤児となった。 その経験から、大切なものを守るためには強さが必要だとセネカは思い知った。 二人は力をつけて英雄になるのだと誓った。 しかし、セネカが十歳の時に授かったのは【縫う】という非戦闘系のスキルだった。 一方、ルキウスは破格のスキル【神聖魔法】を得て、王都の教会へと旅立ってゆく。 二人の道は分かれてしまった。 残されたセネカは、ルキウスとの約束を胸に問い続ける。 どうやって戦っていくのか。希望はどこにあるのか⋯⋯。 セネカは剣士で、膨大な魔力を持っている。 でも【縫う】と剣をどう合わせたら良いのか分からなかった。 答えは簡単に出ないけれど、セネカは諦めなかった。 創意を続ければいつしか全ての力が繋がる時が来ると信じていた。 セネカは誰よりも早く冒険者の道を駆け上がる。 天才剣士のルキウスに置いていかれないようにとひた向きに力を磨いていく。 遠い地でルキウスもまた自分の道を歩み始めた。 セネカとの大切な約束を守るために。 そして二人は巻き込まれていく。 あの日、月が瞬いた理由を知ることもなく⋯⋯。 これは、一人の少女が針と糸を使って世界と繋がる物語 (旧題:スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜)

処理中です...