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三章L:暫時、言を繰るえ

十六話:角尾村はなぜ恐ろしいのか

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 「まさかマジにやるとはな……」


 俺は目の前に置かれたやけに綺麗な皿を見つめる。それも当然、使われていないのだ。俺の目玉焼きだけでなくパンまでもが、アングラとゼラに残らず食べられたのだ。それでもなにか食べようとスープを飲んでしまい、かえって腹が減った。
  このコンディションのまま旅を再開するとか正気じゃない。小馬鹿にしてくるような顔でこちらをしきりに覗き込むゼラから目を逸らし、この空腹を紛らわせる方法を模索している時だ、


 「あの……ローレルさん、ゼラ。少しこちらに」


 不意にカノコさんに呼び止められた。頬の内側を噛んで、紛らわせる。ゼラはその様を見て笑いをこらえていた。本当にこいついい性格をしている。
 カノコさんはそんな俺らを真っ直ぐにみつめた。


 「本当に角尾村に向かわれるのですね?」

 「無論よ。そこリンさんがいるんだもの」

 「私も同意見です。 リンが人殺しを本当にしたかどうかも含め、聞きたいことは山積していますから」


 俺らがそう言うと、彼女さんは深呼吸をひとつ。


 「あなたたちに、角尾村の本当の恐ろしさを教えましょう」

 そう言った。


 「んなこと言ったって、せいぜいドラゴン?が出るくらいなんでしょ? そいつに会わないようにすりゃ…… 」

 「無理です」

 「……へ?」

 「角尾村に入るということは、すなわち竜に食べられるということですから。これは比喩表現でも脅し文句でもなんでもありません。事実です」


 カノコさんは急にとんでもないことを言い始めた。どういうことだ?それだと……。   


 「まるで村全体が竜みたいな言い方じゃない!何言ってんのよマザー!!」


 ゼラは俺を言いたいことを全て代弁してくれた。
 カノコさんはゆっくりと、しかし確かに首を一回縦に振った。

 
 「あの村は竜の死体内にあります。一見普通の村なのですが、その中は無限に広がる空間が広がっています」

 「はい……?」


ちょっと待って欲しい。脳みそが理解を拒んでいる。竜なんていう空想上の生き物が出てきたかと思いきやその竜は死に、あげくその体の中に村ができている……ってことか? 訳が分からない。
 理解が追いつかない俺を、周回遅れにして話は進む。


 「そしてその体内は途方もなく広い。オマケに一度入ると入口を見失ってしまう呪いがかけられるようで、出てくることは非常に困難になります」

 
 なるほど。中は迷宮になっているのか。ミノタウロスでも出てきそうだ。カノコさんは続ける。


 「そして私はリンさんに角尾村の危険性を伝えませんでした。リンさんは今頃、恐らく足止めを食らっているハズです 」


 俺らがそう答えるとカノコさんは言いにくそうに、


「そしてあなた達に謝らなければなりません。私は魔導書をステラさんに渡しました」


 と、言った。
 


 「ちょっと待ってよ! なんでこんなところにそんなおぞましいものが……あったわね。地下室に格納してたのが……」

「ええ。そして、そのお詫びです」



 そう言って、カノコさんは一本の煌めく紐を手渡した。

 「きっと……役に立つでしょう」
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