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初めての仕手戦
09 売り本尊
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止まらぬ塩の高騰についに父である、ルードルフ・フォン・ローエンシュタインが予定を繰り上げて王都から帰還した。
アルノルト兄上がどうにもならなくて泣きついたのである。
それ以外にも、貴族たちから陳情の書簡が届いたとは思う。
ただ、父と兄上の会話には呼ばれないから何が話し合われているかわからない。
それでも塩の価格を下げるための方策を議論しているのだと思う。
ここはやはり、ドテン売りだな。
ドテンとはポジションを逆にすることである。
今回で言えば、買いポジションをクローズして売りポジションを建てる事になる。
思い立ったが吉日ということで、すぐにヨーナスの事務所に向かい、ドテン売りの注文を出した。
しかも、今回は買いの利益を乗せて、売りのポジションを大きく取ったのだ。
売りが出にくい状態なので、現在価格の85,000マルクよりも上の、90,000マルクに指値をしたが、すぐに約定した。
「下がるあてでもあるんですか?」
利に聡いヨーナスが探りを入れてくる。
「過熱し過ぎだからね。ちょっとした材料で反対に動く頃だと思うよ」
と答えた。
実際にローソク足は25日移動平均線から大きく乖離しており、一度押しがあることは容易にわかった。
移動平均線とは過去の取引価格の平均値を結んだ線であり、特に25日移動平均線との乖離は相場の買われ過ぎ、売られ過ぎを判断するのに使われる。
東京証券取引所が取引規制を行う判断の一つにも使われているのだ。
取引ツールだと自動で計算してくれるが、今はそんなものが無いから自分で計算している。
勿論電卓も無いから大変だ。
算盤のような道具はあるが、面倒なのには変わりない。
そんなお手製のチャートで見たら、現在は買われ過ぎ。
しかし、この買われ過ぎの状態こそ、みんなが欲しくてたまらない時なのである。
不思議なもので、金融商品は上がれば上がるほど欲しくなる。
まだ上がるという気持ちが強くなるのだ。
そういったものを判断するのに、グリードインデックス、ブルベアインデックス、騰落レシオ、ボリンジャーバンドなどが使われている。
投資家がどちらを向いているのかがよくわかるテクニカルだ。
近年ではPIインデックス、ネットでポエムとイキリの比率を確認する指標なんてのもある。
投資家は損が膨らむと何故かポエムをネットに投稿してしまうのだ。
SNSや掲示板でポエムが多くなってきたらそろそろ値下がりは終わると見ていいだろう。
最後は少し話がそれたが、どんな相場でもいつかは天井を付けて値段は下がるものだ。
今回父が何かしらの政策を出してくるはずなので、そこで相場は天井をつけると思う。
ただ、気になるのは本尊の狙いがわからないことだ。
ここで売り崩されるような相場なら、そもそもなんで仕掛けてきたんだろうかとなる。
単なる値動きだけの仕手戦ではなく、流通にも相当力を割いているはずだ。
なにせ、価格がこうも急騰しているのに、ローエンシュタイン辺境伯領に流入してくる塩の量は全く増えないのだ。
普通なら高く売ることができるので、商人もここぞとばかりに塩を運んできそうなものだが、今回はそれがない。
ということは、本尊はまだまだ上を目指しているということだろう。
さて、どんな策を残しているのやら。
「私も提灯をつけさせてもらいましょうかね」
手張りはしないかと思っていたヨーナスがそう言ったので、冗談かなと思った。
「絶対じゃないよ」
笑って答えると、ヨーナスも笑いながら
「辺境伯様が急ぎ領地にお戻りになり、そのご子息がドテンされたとなれば、分の良い賭けでございましょう」
と言った。
流石はやり手の商人だな。
しっかりと情報を掴んでおり、それを有効に使ってくる。
「損したら父上を恨んでくれ」
「承知いたしました」
ヨーナスのところから屋敷に帰ると、ゲルハルトが新たな動きを教えてくれた。
「旦那様の指示で備蓄していた塩を一気に放出するそうです」
「やはりそうきたか」
ちまちまと放出したのでは、買い方に買い占めを続けられてしまう。
提灯筋のふるい落としのためにも、こういうのは一気に放出するものだ。
「もう一回ヨーナスの所に行ってくるか」
僕は再び出掛けようとした。
それを見たゲルハルトが訳を訊いてくる。
「どうなさるので?」
「ポジションを増やすんだ。これで塩の価格は崩れるからね」
「そういうことでございますか」
ゲルハルトは驚いたようだったが、勝てるとわかっているならポジションを限界まで増やすべきだ。
稼げるところで稼いでおかないとね。
「じゃあ行ってくるね」
「お気をつけて」
ゲルハルトに見送られて、今来た道を戻っていく。
ヨーナスの事務所に到着すると、ヨーナスは不在になっていた。
いつもの入り口の従業員に行き先を訊ねる。
「ローエンシュタイン辺境伯様がお呼びになりましたので、急いでお屋敷へと向かわれました」
入れ違いか。
馬車にでも乗っていたのだろう。
すれ違ったことに気付かなかった。
先物の注文自体は他の従業員でも出来るので、持っていたお金を証拠金として渡し、限界までポジションを取った。
限界と言っても30枚にしかならないが。
翌日になると、辺境伯の名前で備蓄している塩を放出すると通達され、予想通り塩の価格は暴落した。
多分父も売り玉を建てたのだろう。
なにせ、塩を備蓄してある倉庫には荷馬車の列ができていた。
寄り子の領地へと向かう馬車の列だ。
塩を積んでこれから出発するのを、大勢の住民に見せつけるためというのもあるだろう。
こんなにも放出するんだそというアピールだ。
でなければ、少し時間をずらして馬車を並ばせればいい。
長蛇の列を作らされる側も大変だなあ。
買い方の心を折るには効果は絶大なんだけどね。
アルノルト兄上がどうにもならなくて泣きついたのである。
それ以外にも、貴族たちから陳情の書簡が届いたとは思う。
ただ、父と兄上の会話には呼ばれないから何が話し合われているかわからない。
それでも塩の価格を下げるための方策を議論しているのだと思う。
ここはやはり、ドテン売りだな。
ドテンとはポジションを逆にすることである。
今回で言えば、買いポジションをクローズして売りポジションを建てる事になる。
思い立ったが吉日ということで、すぐにヨーナスの事務所に向かい、ドテン売りの注文を出した。
しかも、今回は買いの利益を乗せて、売りのポジションを大きく取ったのだ。
売りが出にくい状態なので、現在価格の85,000マルクよりも上の、90,000マルクに指値をしたが、すぐに約定した。
「下がるあてでもあるんですか?」
利に聡いヨーナスが探りを入れてくる。
「過熱し過ぎだからね。ちょっとした材料で反対に動く頃だと思うよ」
と答えた。
実際にローソク足は25日移動平均線から大きく乖離しており、一度押しがあることは容易にわかった。
移動平均線とは過去の取引価格の平均値を結んだ線であり、特に25日移動平均線との乖離は相場の買われ過ぎ、売られ過ぎを判断するのに使われる。
東京証券取引所が取引規制を行う判断の一つにも使われているのだ。
取引ツールだと自動で計算してくれるが、今はそんなものが無いから自分で計算している。
勿論電卓も無いから大変だ。
算盤のような道具はあるが、面倒なのには変わりない。
そんなお手製のチャートで見たら、現在は買われ過ぎ。
しかし、この買われ過ぎの状態こそ、みんなが欲しくてたまらない時なのである。
不思議なもので、金融商品は上がれば上がるほど欲しくなる。
まだ上がるという気持ちが強くなるのだ。
そういったものを判断するのに、グリードインデックス、ブルベアインデックス、騰落レシオ、ボリンジャーバンドなどが使われている。
投資家がどちらを向いているのかがよくわかるテクニカルだ。
近年ではPIインデックス、ネットでポエムとイキリの比率を確認する指標なんてのもある。
投資家は損が膨らむと何故かポエムをネットに投稿してしまうのだ。
SNSや掲示板でポエムが多くなってきたらそろそろ値下がりは終わると見ていいだろう。
最後は少し話がそれたが、どんな相場でもいつかは天井を付けて値段は下がるものだ。
今回父が何かしらの政策を出してくるはずなので、そこで相場は天井をつけると思う。
ただ、気になるのは本尊の狙いがわからないことだ。
ここで売り崩されるような相場なら、そもそもなんで仕掛けてきたんだろうかとなる。
単なる値動きだけの仕手戦ではなく、流通にも相当力を割いているはずだ。
なにせ、価格がこうも急騰しているのに、ローエンシュタイン辺境伯領に流入してくる塩の量は全く増えないのだ。
普通なら高く売ることができるので、商人もここぞとばかりに塩を運んできそうなものだが、今回はそれがない。
ということは、本尊はまだまだ上を目指しているということだろう。
さて、どんな策を残しているのやら。
「私も提灯をつけさせてもらいましょうかね」
手張りはしないかと思っていたヨーナスがそう言ったので、冗談かなと思った。
「絶対じゃないよ」
笑って答えると、ヨーナスも笑いながら
「辺境伯様が急ぎ領地にお戻りになり、そのご子息がドテンされたとなれば、分の良い賭けでございましょう」
と言った。
流石はやり手の商人だな。
しっかりと情報を掴んでおり、それを有効に使ってくる。
「損したら父上を恨んでくれ」
「承知いたしました」
ヨーナスのところから屋敷に帰ると、ゲルハルトが新たな動きを教えてくれた。
「旦那様の指示で備蓄していた塩を一気に放出するそうです」
「やはりそうきたか」
ちまちまと放出したのでは、買い方に買い占めを続けられてしまう。
提灯筋のふるい落としのためにも、こういうのは一気に放出するものだ。
「もう一回ヨーナスの所に行ってくるか」
僕は再び出掛けようとした。
それを見たゲルハルトが訳を訊いてくる。
「どうなさるので?」
「ポジションを増やすんだ。これで塩の価格は崩れるからね」
「そういうことでございますか」
ゲルハルトは驚いたようだったが、勝てるとわかっているならポジションを限界まで増やすべきだ。
稼げるところで稼いでおかないとね。
「じゃあ行ってくるね」
「お気をつけて」
ゲルハルトに見送られて、今来た道を戻っていく。
ヨーナスの事務所に到着すると、ヨーナスは不在になっていた。
いつもの入り口の従業員に行き先を訊ねる。
「ローエンシュタイン辺境伯様がお呼びになりましたので、急いでお屋敷へと向かわれました」
入れ違いか。
馬車にでも乗っていたのだろう。
すれ違ったことに気付かなかった。
先物の注文自体は他の従業員でも出来るので、持っていたお金を証拠金として渡し、限界までポジションを取った。
限界と言っても30枚にしかならないが。
翌日になると、辺境伯の名前で備蓄している塩を放出すると通達され、予想通り塩の価格は暴落した。
多分父も売り玉を建てたのだろう。
なにせ、塩を備蓄してある倉庫には荷馬車の列ができていた。
寄り子の領地へと向かう馬車の列だ。
塩を積んでこれから出発するのを、大勢の住民に見せつけるためというのもあるだろう。
こんなにも放出するんだそというアピールだ。
でなければ、少し時間をずらして馬車を並ばせればいい。
長蛇の列を作らされる側も大変だなあ。
買い方の心を折るには効果は絶大なんだけどね。
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