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第10話 鍛冶屋って製造業だよね
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俺は作業標準書のスキルの効果が確認できないでいた。
ショートソードを振る練習は毎日欠かさずに行っているが、誰かと戦っている訳ではないので、自分が強いのか弱いのかが判らない。
いっそ迷宮に潜ってみようかとも思ったが、パーティーを組んでくれる人もいないので、単独での冒険となる。
冒険に向いたジョブではない俺にとって、作業標準書のスキルが不完全であった場合は自殺行為に等しい。
例えるなら、工程能力指数が0.7で量産を開始するようなものだ。
品質管理経験者なら爆笑するところですよ?
「あ、そうだ」
ふと閃きが走る。
「デボネアさんの鍛冶って製造業なんだから、鍛冶の作業標準書を作ればいいんじゃないかな」
最初からそうすれば良かったのだ。
鍛冶師や料理人の作業標準書なら再現が可能じゃないか。
直ぐにでも作業標準書を作るために、デボネアさんの所に伺いたいが、時刻は夜の12時だ。
流石に今の時間からでは迷惑になるので自重した。
翌日、やはり冒険者ギルドの仕事時間が終わるのを待って、走ってデボネアさんの店に向かう。
閉店ギリギリで店に走り込み、デボネアさんにお願いをする。
「お願いです、剣を打つとこをろ見せて下さい」
「何じゃ、弟子入りか?」
ああ、この流れだとそうなるか。
俺は自分のスキルをデボネアさんに説明し、作業標準書を作りたいのだということを熱く語った。
「はっ、ワシの技術を紙に書いた程度で真似できるもんか。いいじゃろう、やってもらおうではないか。どんな出来栄えになるか楽しみじゃわい」
これはやや怒っている感じだな。
それでも実演してくれるというので、このチャンスを逃すまいとお願いした。
店は閉店したが、工房で鍛冶を見せてくれた。
俺は作業標準書のスキルを発動し、その動作を記録する。
熱く熱したインゴットを金床に置き、ハンマーでトントンと叩いていく。
俺のスキルはその工程を全て記録していた。
デボネアさんは何も語らないが、スキルは作業の急所を記録しているので、どういう仕組みになっているのかさっぱりわからない。
が、それでもきちんとした作業標準書が出来上がっていくのは判った。
寝食を忘れて鍛冶は続く。
そう、やっと終わったのは深夜だった。
デボネアさんは一切の手抜きなく、その作業を俺に見せてくれたのだ。
同業者であれば絶対に見せてくれなかったであろうところまでだ。
「どうじゃ、ワシの技術を今の一度で盗めたというのか?」
「それは次の休日まで待っていて下さい。鍛冶の腕をお見せいたしますよ」
お礼を言ってその日は別れた。
それからは、休日まで作業標準書を読む毎日。
仕事中も暇なので、ひたすら作業標準書を読み込む。
こんなの監査前でもやらなかったな。
部屋に帰ってからも、エアースミスだ。
イメージするのは鋼。
単なる鉄ではない。
一般的に鉄と言ってしまいがちだが、鉄というと業界的にはSS400を指す。
所謂「なま」だ。
鉄は柔らかいため、剣を作るには鋼でなくてはならない。
鋼は炭素が含まれるため、鉄よりも固いので、加工する際の条件が変わってくる。
余談だが、鉄は柔らかくて粘るので、切り粉が繋がってバリになる。
炭素鋼は切り粉がつながらず、ポロポロと落ちていくので、加工するには45C位が丁度いいと、旋盤職人から聞いたことがある。
鉄が粘るや柔らかいという感覚は、加工してみないとわからないことだ。
なにせ、SS400の板で殴られたら、とても痛いからね。
「さて、とても良い天気だ」
待ちに待った休日が来た。
昨夜は遠足の前の小学生みたいに、興奮していて中々寝付けなかった。
起きた今の時間も、約束まではかなりある。
品質管理的には、こういう寝不足で興奮していている状態での作業は、不良に繋がるのでよろしくない。
以前仕事で不具合の発生を調査していたら、作業者が前日に彼氏の浮気の証拠を見つけてしまい、当日の作業が上の空だったというのがあった。
やはり、心身ともに健康であることが、仕事をする上で重要なのだ。
顔を洗い、歯を磨いて身なりを整える。
鏡は高級品なので、寝癖は手で確認だ。
モーニングコーヒーを飲みながら、時間が経つのを待った。
ここでも作業標準書を読み返しておく。
すでに頭の中で暗唱出来るほどには読み込んだが、こうして何度も読み返すことで、更に理解を深める。
そうだ、作業観察シートを作ろう。
作業観察シートは、作業者が作業標準書どおりに作業をしているかを確認する書類だ。
自分で確認するのは難しいが、デボネアさんに作業観察シートを説明するのも大変なので、ここは自己評価としよう。
自分の作業を自分で評価するのは、職業柄抵抗があるが我慢だ。
こうして作業観察シートを作成しているうちに、約束の時間が迫ってきたので、部屋を出てデボネアさんの店に向かう。
「おはようございます」
「おはよう、宿六なら工房よ。今日の事は聞いてるわ。頑張ってきな」
店にはドワーフの女性がいた。
デボネアさんの細君だ。
細くはないが……
デボネアさんが工房に籠って作業しているときは、彼女が店番をしている。
「はい」
と、俺は元気よく返事をして、店の裏にある工房に向かった。
工房にはデボネアさんがいた。
既に作業の準備はできており、俺の到着を腕組みしながら待っていたようだ。
彼としても、俺が作った作業標準書で、どこまでの物が出来るのか気になって仕方がないのだろう。
「おはようございます」
「始めるぞ」
挨拶したのだが、ぶっきらぼうにそう返された。
悪い人ではないのだが、こういうところがどうにも職人の悪い部分として出ている。
何故異世界でも職人は気難しい人が多いのか。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
既に熱々になっているインゴットを見て、気持ちを引き締めた。
「では始めます」
俺はインゴットを金床にのせて、ハンマーでトンチンカンと叩き始めた。
作業標準書に記載された通りに体が動く。
前世では五寸釘を溶かして日本刀を作った経験しかないのに、不思議と動作が流れるようにスムーズに出来る。
これが俺のスキルなのか?
ストップウォッチが無いので、正確な時間はわからないが、俺の動作はこの前のデボネアさんと寸分の狂いもないはずだ。
こうして、俺は人生初の鍛冶を終えた。
あとは、デボネアさんの判定待ちだな。
「どうですか?」
出来上がったショートソードを差し出す。
受け取ったデボネアさんの眼差しは真剣なものだ。
一言も喋らずに、じっとその出来栄えを見ている。
「文句のつけようがねぇ」
やっと彼の口から出たのは、その言葉だった。
「これはこの前ワシがここで見せた物と、全く同じ出来栄えだ。何も知らなければ、自分で鍛えた物だと勘違いしただろうよ」
「合格ですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「ああ。こいつを不合格にしたら、店にある商品が全部売れなくなるわい。ただ――」
「ただ?」
そんなところで言葉を区切らないで欲しい。
とても気になるじゃないか。
「刃を研がないとな。研ぎ方も指導してやる。お前のスキルでしっかりと記録するんじゃぞ」
「はい」
そういうことか。
これで俺はショートソードの手入れも自分で出来るようになるな。
その後は刃を研ぐ動作を【作業標準書】に記録させて、これも習得することができた。
ショートソードは記念に貰える事になり、柄の部分を後で付けてもらう事になった。
柄の作成もそのうち教えてもらおう。
「よし、ワシにも弟子が出来た記念に、今から呑みに行くぞ」
とても上機嫌なデボネアさんが、俺を連れて呑みに出ようとしたのだが、奥さんに耳を引っ張られて、店内に連れ戻された。
そこからガミガミと説教が始まり、しゅんと小さくなっているデボネアさんを見て、ついクスリと笑ってしまった。
この名工も奥さんには頭が上がらないらしい。
俺は今日のお礼として、閉店後に自分の奢りで呑みに行きましょうとデボネアさんを誘った。
奥さんも、閉店後ならばと納得してくれる。
「――うう、頭痛い」
翌日、二日酔いの頭痛で俺は苦しんでいた。
上機嫌なデボネアさんは、蟒蛇の如く酒をのみ、俺もそれに付き合わさせられた。
ギルドの売店で、解毒剤を購入し、自分の席でそれを飲んでいるが、中々効き目が出てこない。
――品質管理の経験値+950
昨日の経験値が入ってきたのを例の声が教えてくれた。
「品質管理Lv2 次のレベルまであと50」
おお、もう少しで次のレベルになるのか。
派生スキルがどんなものか気になるな。
ショートソードを振る練習は毎日欠かさずに行っているが、誰かと戦っている訳ではないので、自分が強いのか弱いのかが判らない。
いっそ迷宮に潜ってみようかとも思ったが、パーティーを組んでくれる人もいないので、単独での冒険となる。
冒険に向いたジョブではない俺にとって、作業標準書のスキルが不完全であった場合は自殺行為に等しい。
例えるなら、工程能力指数が0.7で量産を開始するようなものだ。
品質管理経験者なら爆笑するところですよ?
「あ、そうだ」
ふと閃きが走る。
「デボネアさんの鍛冶って製造業なんだから、鍛冶の作業標準書を作ればいいんじゃないかな」
最初からそうすれば良かったのだ。
鍛冶師や料理人の作業標準書なら再現が可能じゃないか。
直ぐにでも作業標準書を作るために、デボネアさんの所に伺いたいが、時刻は夜の12時だ。
流石に今の時間からでは迷惑になるので自重した。
翌日、やはり冒険者ギルドの仕事時間が終わるのを待って、走ってデボネアさんの店に向かう。
閉店ギリギリで店に走り込み、デボネアさんにお願いをする。
「お願いです、剣を打つとこをろ見せて下さい」
「何じゃ、弟子入りか?」
ああ、この流れだとそうなるか。
俺は自分のスキルをデボネアさんに説明し、作業標準書を作りたいのだということを熱く語った。
「はっ、ワシの技術を紙に書いた程度で真似できるもんか。いいじゃろう、やってもらおうではないか。どんな出来栄えになるか楽しみじゃわい」
これはやや怒っている感じだな。
それでも実演してくれるというので、このチャンスを逃すまいとお願いした。
店は閉店したが、工房で鍛冶を見せてくれた。
俺は作業標準書のスキルを発動し、その動作を記録する。
熱く熱したインゴットを金床に置き、ハンマーでトントンと叩いていく。
俺のスキルはその工程を全て記録していた。
デボネアさんは何も語らないが、スキルは作業の急所を記録しているので、どういう仕組みになっているのかさっぱりわからない。
が、それでもきちんとした作業標準書が出来上がっていくのは判った。
寝食を忘れて鍛冶は続く。
そう、やっと終わったのは深夜だった。
デボネアさんは一切の手抜きなく、その作業を俺に見せてくれたのだ。
同業者であれば絶対に見せてくれなかったであろうところまでだ。
「どうじゃ、ワシの技術を今の一度で盗めたというのか?」
「それは次の休日まで待っていて下さい。鍛冶の腕をお見せいたしますよ」
お礼を言ってその日は別れた。
それからは、休日まで作業標準書を読む毎日。
仕事中も暇なので、ひたすら作業標準書を読み込む。
こんなの監査前でもやらなかったな。
部屋に帰ってからも、エアースミスだ。
イメージするのは鋼。
単なる鉄ではない。
一般的に鉄と言ってしまいがちだが、鉄というと業界的にはSS400を指す。
所謂「なま」だ。
鉄は柔らかいため、剣を作るには鋼でなくてはならない。
鋼は炭素が含まれるため、鉄よりも固いので、加工する際の条件が変わってくる。
余談だが、鉄は柔らかくて粘るので、切り粉が繋がってバリになる。
炭素鋼は切り粉がつながらず、ポロポロと落ちていくので、加工するには45C位が丁度いいと、旋盤職人から聞いたことがある。
鉄が粘るや柔らかいという感覚は、加工してみないとわからないことだ。
なにせ、SS400の板で殴られたら、とても痛いからね。
「さて、とても良い天気だ」
待ちに待った休日が来た。
昨夜は遠足の前の小学生みたいに、興奮していて中々寝付けなかった。
起きた今の時間も、約束まではかなりある。
品質管理的には、こういう寝不足で興奮していている状態での作業は、不良に繋がるのでよろしくない。
以前仕事で不具合の発生を調査していたら、作業者が前日に彼氏の浮気の証拠を見つけてしまい、当日の作業が上の空だったというのがあった。
やはり、心身ともに健康であることが、仕事をする上で重要なのだ。
顔を洗い、歯を磨いて身なりを整える。
鏡は高級品なので、寝癖は手で確認だ。
モーニングコーヒーを飲みながら、時間が経つのを待った。
ここでも作業標準書を読み返しておく。
すでに頭の中で暗唱出来るほどには読み込んだが、こうして何度も読み返すことで、更に理解を深める。
そうだ、作業観察シートを作ろう。
作業観察シートは、作業者が作業標準書どおりに作業をしているかを確認する書類だ。
自分で確認するのは難しいが、デボネアさんに作業観察シートを説明するのも大変なので、ここは自己評価としよう。
自分の作業を自分で評価するのは、職業柄抵抗があるが我慢だ。
こうして作業観察シートを作成しているうちに、約束の時間が迫ってきたので、部屋を出てデボネアさんの店に向かう。
「おはようございます」
「おはよう、宿六なら工房よ。今日の事は聞いてるわ。頑張ってきな」
店にはドワーフの女性がいた。
デボネアさんの細君だ。
細くはないが……
デボネアさんが工房に籠って作業しているときは、彼女が店番をしている。
「はい」
と、俺は元気よく返事をして、店の裏にある工房に向かった。
工房にはデボネアさんがいた。
既に作業の準備はできており、俺の到着を腕組みしながら待っていたようだ。
彼としても、俺が作った作業標準書で、どこまでの物が出来るのか気になって仕方がないのだろう。
「おはようございます」
「始めるぞ」
挨拶したのだが、ぶっきらぼうにそう返された。
悪い人ではないのだが、こういうところがどうにも職人の悪い部分として出ている。
何故異世界でも職人は気難しい人が多いのか。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
既に熱々になっているインゴットを見て、気持ちを引き締めた。
「では始めます」
俺はインゴットを金床にのせて、ハンマーでトンチンカンと叩き始めた。
作業標準書に記載された通りに体が動く。
前世では五寸釘を溶かして日本刀を作った経験しかないのに、不思議と動作が流れるようにスムーズに出来る。
これが俺のスキルなのか?
ストップウォッチが無いので、正確な時間はわからないが、俺の動作はこの前のデボネアさんと寸分の狂いもないはずだ。
こうして、俺は人生初の鍛冶を終えた。
あとは、デボネアさんの判定待ちだな。
「どうですか?」
出来上がったショートソードを差し出す。
受け取ったデボネアさんの眼差しは真剣なものだ。
一言も喋らずに、じっとその出来栄えを見ている。
「文句のつけようがねぇ」
やっと彼の口から出たのは、その言葉だった。
「これはこの前ワシがここで見せた物と、全く同じ出来栄えだ。何も知らなければ、自分で鍛えた物だと勘違いしただろうよ」
「合格ですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「ああ。こいつを不合格にしたら、店にある商品が全部売れなくなるわい。ただ――」
「ただ?」
そんなところで言葉を区切らないで欲しい。
とても気になるじゃないか。
「刃を研がないとな。研ぎ方も指導してやる。お前のスキルでしっかりと記録するんじゃぞ」
「はい」
そういうことか。
これで俺はショートソードの手入れも自分で出来るようになるな。
その後は刃を研ぐ動作を【作業標準書】に記録させて、これも習得することができた。
ショートソードは記念に貰える事になり、柄の部分を後で付けてもらう事になった。
柄の作成もそのうち教えてもらおう。
「よし、ワシにも弟子が出来た記念に、今から呑みに行くぞ」
とても上機嫌なデボネアさんが、俺を連れて呑みに出ようとしたのだが、奥さんに耳を引っ張られて、店内に連れ戻された。
そこからガミガミと説教が始まり、しゅんと小さくなっているデボネアさんを見て、ついクスリと笑ってしまった。
この名工も奥さんには頭が上がらないらしい。
俺は今日のお礼として、閉店後に自分の奢りで呑みに行きましょうとデボネアさんを誘った。
奥さんも、閉店後ならばと納得してくれる。
「――うう、頭痛い」
翌日、二日酔いの頭痛で俺は苦しんでいた。
上機嫌なデボネアさんは、蟒蛇の如く酒をのみ、俺もそれに付き合わさせられた。
ギルドの売店で、解毒剤を購入し、自分の席でそれを飲んでいるが、中々効き目が出てこない。
――品質管理の経験値+950
昨日の経験値が入ってきたのを例の声が教えてくれた。
「品質管理Lv2 次のレベルまであと50」
おお、もう少しで次のレベルになるのか。
派生スキルがどんなものか気になるな。
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