冒険者ギルド品質管理部 ~生まれ変わっても品管だけは嫌だと言ったのに~

犬野純

文字の大きさ
103 / 439

第102話 リンスのpH測定

しおりを挟む
pH管理がなぜ必要かというと。
pH管理をしないと、洗浄不良になるんですよね。
弊社のpH管理ってそれにしか使ってませんが。
それでは本編いってみましょう。


「リンスってリンと酢から作るから『リン酢』って云うんじゃないの?」
「ちょっと何言っているのかわからないわ」

 グレイスが俺を睨む顔は、悪役令嬢そのもののきつい視線だった。

 俺はグレイスと一緒にリンスを作ることになった。
 作業する場所が無かったので、エッセの工房の一部を借りて試作品を作ることになった。
 グレイスの知識によれば、リンスとはシャンプーや石鹸がアルカリ性なので、それを中和してサラサラな髪にするためのものだと云うのだ。
 中和したら塩が出来て、髪の毛ベトベトにならないのかな?
 残念ながら、その質問はスルーされた。

 俺の仕事は髪の毛を洗っているシャンプーのペーハー値を測定することだ。
 折角スキルでペーハー測定を持っているので、ガンガン測定してやるぜ。
 男を磨く塾のように、ウサギが一瞬で骨になるような濃硫酸から、アルミを溶かす強アルカリまで、ドンと来い。
 そんなもんで髪の毛を洗っていると、命がいくつあっても足りないな。

「じゃあまずは、ここに用意した石鹸を溶かした水を測定して」
「はいよ」

 グレイスの指示でこの世界の一般的な石鹸が溶けた水のペーハー値を測定する。
 頭を洗う時とほぼ同じくらいの濃度になっているそうだ。

「10.25だな」

 まあまあのアルカリ性だな。

「じゃあ次は、ここに用意したお酢ね」

 今度はリンスに使う予定のお酢を測定する。

「2.98だな」
「ちょうどいいかしらね」
「この世界の住人が、前世の人類と同じ物質構成とは限らんぞ」
「まずは自分で試すから大丈夫よ」

 試すって、ひょっとしてお母さんを復活させようと、人間を構成する原子を集めて人体錬成するつもりか?
 腕がオートメイルになっちゃうぞ。
 そして俺は鎧に魂を結び付けられる、と。
 安来鋼の錬金術師だな。
 この木なんの木気になる木。
 わからない人はググってください。

「お母さんの人体錬成ならやめておけ」
「は?何言ってるの?」
「人間を構成する物質の確認だよね」
「違うわよ。自分で髪の毛を洗う時に試してみるだけよ。人体錬成なんて、この世界に七つの大罪を持ち込むことになるじゃない」
「いや、そこまでは言ってないが……」

 こいつも前世で読んでいたか。

「だいたい、リンスっていったらセーラー服を着た女の子が『か・い・か・ん』って言いながら頭を洗うあれでしょ」
「それは、俺のいた世界だと機関銃なんだけど」
「あっ!」

 おや、素で間違ったのか?
 グレイスは顔を赤くして恥ずかしそうだ。

「ちゃんりんしゃんだろ」
「そうだったわね」

 しかし、こんなCMを知っているとは、同じ世界線の日本から来たとして、グレイスの前世の人はかなりの年齢っぽいな。

「今失礼なこと考えたでしょ」

 グレイスが俺を睨む。
 勘は鋭いようだな。

「別に。さあ、早いところリンスを作ろうじゃないか。酸性の液を頭からかければいいんだろ」
「そんなわけないでしょ。雑なのでいいなら、それでも中和効果はあるけど、エッセンシャルオイルがあった方がいいのよ」
「オイルは酸化するから、使用期限の見極めが大変なんだぞ」
「あんたの知識なんて工業用の潤滑油でしょ。エッセンシャルオイルの管理方法なら私に任せて」

 その通りなので反論できない。
 エッセンシャルオイルの管理方法は聞いておきたいな。

「瓶の蓋を締めとけばいいのよ」
「他の油と同じだね」
「え、そうなの?」
「ああ」

 なんか期待して損したな。
 というか、この調子でやっていけるんだろうか。
 そういえば、グレイスのジョブを聞いてなかったな。
 なんのジョブなのだろうか。

「え、貴族だけど」
「爵位も無いのに」
「心は貴族よ」

 今でも貴族だと言い張るグレイス。
 ジョブで貴族とか王族、騎士なんてなっていると、地位を失ってもそのままなのか。
 ジョブチェンジが無いのも考えものだな。
 職業選択の自由、あははーん。
 まあ貴族と言い張れば、鳥でも刑事でも独身でも貴族だしな。
 そう考えると貴族って安いな。

「使えそうな前世の知識とかないの?」
「教員免許と学芸員資格があるわ。学芸員は歴史だけどね」
「仕事は何をしていたんだ?仕事の知識とかあるだろう」
「働いたら負けかなって。親の経営するマンション管理会社に席だけあったわ」

 何その羨ましい環境は。
 ほぼニートの転生じゃねーか。
 せめて何か使える知識を持っていてほしかった。

「事故物件ロンダリングの知識と、地面師を見破る知識ならあるわよ」
「転生前の日本ではそれなりに役に立ちそうだけど、異世界で全く必要ないな。どうやって運転免許証の偽造する奴に出会えばいいかわからねぇ」
「事故物件くらいありそうよね」
「リアルにアンデッドモンスターが出るから、教会関係者呼んだ方が早いな」
「私が使えないみたいじゃない」
「そこまでは言ってないけど」

 リンスが上手く作れたとして、販売するルートが無い。
 転生して商売を始めるなら、商会立ち上げてとかだよな。
 先は長いな。
 やっと軌道にのったどら焼きの屋台の投資資金回収もまだだというのに、リンス販売のための投資までとなると、お金が足りない。
 へら絞りでもっと稼いでおけばよかったな。
 いや、ゲージ作成スキルで、金のゲージを生産すればいいだけなんだけどさ。
 そんなの持っているのがばれたら、鶏みたいにお腹を裂かれちゃうじゃない。

「さて、無駄話は終わりにして、ここにある水にお酢、エッセンシャルオイル、ハーブを混ぜて寝かせておけば完成よ。ハーブのエキスが馴染んだら試してみるわ」
「うまくいくといいな」

 物理法則は地球とほぼ一緒なので、同じ製法ならなんとかなるだろう。

「これで来週からこの時間は『地主の娘が異世界に転生したら悪役令嬢だった』が始まるわね」
「そんなの晴海ふ頭で夏冬にしか売れないだろ」
「いつの時代の話をしているのよ」
「晴海ふ頭での夏冬の薄い本即売会を知っているとは、やはり……」
「うるさい!」

 グレイスの元の年齢もなんとなく想像がついたので、今日はここまでにして後はリンスの完成を待つ。
 というか、地主の娘が子供を助けるためにトラックに轢かれるシーンがよくわからない。
 それと、トラック活躍しすぎだろ。
 やっぱり、異世界転生だけにエ〇フに轢かれたんですかね?
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。 享年は25歳。 周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。 25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...