冒険者ギルド品質管理部 ~生まれ変わっても品管だけは嫌だと言ったのに~

犬野純

文字の大きさ
151 / 439

第150話 エルフの隠れ里2

しおりを挟む
「まさか徒歩で行くわけじゃないわよね」

 ジェミニは不安そうに訊いてくる。
 特性馬車を街中で説明するわけにもいかず、徒歩で街の外にでることを伝えたのだが、説明不足から不安にさせてしまったようだ。

「街の外に出たらわかる。それまでは我慢してほしい」

「わかったわよ。でも、街の外で馬車に乗るなんて難しいでしょ」

 ジェミニの言うように、各街を繋ぐ馬車の駅は街の中にある。
 街の外に出て馬車に乗ろうとしたら、行商人の荷馬車に交渉して乗せてもらうくらいしかない。
 馬車がないなら徒歩でということになるが、冒険者でもない学者で高齢のジェミニが、カイロン侯爵領まで歩くのは至難の業である。
 なんとかジェミニをなだめながら街の外に出て、街道から少し外れた場所でやっと馬車を出現させる。

「何よこれ……」

 呆然と立ち尽くすジェミニ。

「試作車両なので、あまり多くの人の目に晒す訳にはいかなかったので」

 そう言って謝罪した。
 試作車両は他人の目に触れてはいけないのだ。
 車両開発時のモックアップなんかでも、社員なら誰でも見ることが出来るというわけではなく、IDカードによって開発ルームに入出できるできないを管理しているのだ。
 勿論カメラ機能付き携帯電話の持ち込みは禁止である。
 禁止であるのだが、不思議なことに持ち込んでいる人がいるんだよね。
 産業スパイにしては持っていることを隠そうとしないので、本当に不思議である。
 という話を聞きました。
 聞いただけですからね。

「それではこれに乗って行きましょう」

 そう言ってジェミニを室内に入るように促す。
 色々と興味深く外観を眺めていたので、出発は少し遅くなってしまった。

「路面の段差で跳ねてもも、お尻が痛くならないのは何故?」

「サスペンションという部品を装着して、車体の揺れを抑えているからです」

 俺はサスペンションの簡単な説明をした。
 ダブルウィッシュボーンとトーションビームの違いを説明しようとしたが、それはあまり興味なさそうだったので途中でやめた。
 残念だ。
 このあと、スタビライザーについても語ろうと思ったのに。
 俺の説明はこれくらいにして、エルフとダークエルフの戦いの歴史について教えてもらいたかったので、その事をジェミニに訊ねてみた。

「エルフとダークエルフは元々は同じ種族だという話は昨日したわよね」

「はい」

「エルフとダークエルフは同じ種族というのは後から同じ種族になったのよ。元々は妖精の祖先がそれぞれにいて、似たような外見をしていたので、あるとき神様が同じ種族にすると宣言したの。でも、それは一方的な押し付けでしかなかったのよ。だから、同じ種族になった後も、考え方の違いからたびたび衝突していたわ。あるとき、ダークエルフは今回復活しようとしている魔神と一緒にエルフを滅ぼそうとしたのよね。神様はその時やっと二つの種族は別であると悟ったのよ」

 この世界の神様は全能ではないらしい。
 というか、前世のエルフもそんな感じだったな。
 ゲーム会社の話じゃないよ、念のため。

「その時エルフは滅亡寸前まで追い込まれたわ。魔神はダークエルフに加護を与えたけど、エルフは誰からも加護をもらえなかったから。そこで誰も入ってこられないような隠れ里を作って、魔神を倒す方法を研究したのよ。その間も他の人族は魔神の眷族と戦っていたけど」

 ん?
 誰も入ってこられないだと。

「ちょっと待って、誰も入れないってことは、俺達はエルフの隠れ里に行けないのか」

「いいえ、認められたものは入ることができます。ただし、中々認められないのと、隠れ里を出る時に記憶が消されてしまうというのがあります」

「記憶が消されたら、魔神の封印についての約束も忘れちゃうじゃないか」

「皮紙にでも書いておけばいいのです。それを見れば何を約束したかわかるでしょうが」

 打ち合わせ議事録を作れと言うジェミニ。
 どこぞの工場かよ。
 工場内撮影禁止なので、打ち合わせ内容は紙に書くだけなので、製品を見ながら打ち合わせした内容を全て細かく書いておかないと、後日打ち合わせに基づく生産で齟齬が出る。
 記憶を消されるわけじゃないけどね。
 前世のエルフの隠れ里もまあ、似たような感じだった。
 いや、火の一族の方だったかな?
 因みに、一緒に仕事をしていた人は、携帯電話禁止の場所で携帯電話を使用して、警備員がすっ飛んできたとのことだ。
 電波も監視されているね。
 どこの会社とは言いませんが。

「で、ジェミニはその許可を出してくれるエルフに連絡が取れるの?」

 シルビアがジェミニに訊いた。

「そうさね。それは可能だ。具体的な方法は教えられないけど」

「ふーん」

 胸を張るジェミニに、シルビアは半信半疑といった様子だ。
 俺も信じろと言われても、どう信じていいのかわからない。
 何しろ、大型トラックの開発時に、「光造形で作った車両見せてあげる」って言われて楽しみにしていたら、当日やっぱりダメだって言われた経験があるからな。
 あれ、エルフじゃなかった。
 
 そんな感じで、エルフとダークエルフの戦いの話とかをしながら、馬車は順調に進んでいき、カイロン侯爵領に到着した。
 カイロン侯爵領では、カイロン侯爵に魔神の封印を見る許可をもらうため、謁見する必要があった。
 流石に、この世界を滅ぼすような魔神が封印されている場所は、厳重に警備されているので当然だ。
 ついでに、オッティにサスペンションの報告もする必要があるので、領都にある城に向かう。
 領都に入る前に馬車から降りて、馬車を収納魔法でしまう。
 試作車両の管理はしっかりしている男だぞ。
 テストコースじゃなくて、公道を走行している時点でどうかといわれると辛いけど。

 カイロン侯爵に謁見しようと、門番に取次ぎをお願いしたが、生憎と王都に出かけており不在だった。
 しかたがないので、グレイスに取次ぎをお願いしたら、直ぐに通してもらえた。

「侯爵は不在だから、私が代わりに許可を出すわよ」

 ということで、魔神が封印されている神殿には、明日以降自由に出入りができるようになった。
 後はオッティにサスペンションの具合を伝えれば終わりだな。
 シルビアとジェミニは興味のない話だろうから、先に宿に行って休んでいてもらう。
 俺だけがオッティがいる実験棟に向かった。
 実験棟というのは、スキルが暴発しても他に被害が及ばないように隔離されている場所であり、実験棟といいながら、広大なグラウンドも兼ね備えた場所である。
 馬車のテストコースもあるぞ。
 そんな実験棟で何をしているかと思ったら……

「よう、アルトじゃないか。どうした」

 椅子に座ってテーブルに向かい、体重計の試作をしていたのだが、俺に気が付いてこちらを向いた。

「馬車の試乗結果を報告しにきたんだ」

「ああそうか。どうだった?」

「俺達ばねのノウハウがなかったろ。サスペンションがないときに比べればましだけど、バネレートの条件だしは必要だな。ショックアブソーバーとの兼ね合いもあるから、硬くするのか柔らかくするのかは何とも言えないがな」

「材質の選定からして、何種類もあるからなー」

 俺の報告を聞いて、オッティは椅子に座ったまま天井を仰ぐ。

「ところで、それ体重計だよな」

 俺は気になったのでテーブルの上にある体重計を指でさした。

「そうだ。ばねが出来たので、ばね式の体重計を作ってみた」

「ばね式の秤は金属疲労で使用回数が増えると正確さが失われるだろ」

 ばね式の秤は金属疲労で次第に正確さが失われるのだ。
 そんなもので体重を測っても、正確な数値を知ることはできない。

「そんなことはわかっているさ。折角ばねが作れるようになったんだ。作ってみたいじゃないか。それに、基準器を用いてずれを測定し、校正すればいいんだろ」

 もっともらしい事を言われてしまった。
 始業点検での校正を指摘するのは俺の仕事なのにな。
 因みに、ばねの材料は俺が作りだし、コイリングはオッティが行っている。
 その後の熱処理も俺が行い、ショットピーニングは魔法使いにお願いしている。
 ブラストっていう石や砂利などを打ち出す魔法があるので、それでコイルの残留応力を作っているのだ。
 残留応力については、俺がスキルで確認できるので問題ない。
 流石異世界転生、ちょろい。
 『異世界発条記』っていう本でも書こうかな。
 発条っていうのはばねのことだ。
 日本の会社だと●●発条っていう名前は、ばねを作っている会社のことである。
 上でばねの作り方を書いたが、一般的なコイルスプリングの製造工程フローとしては

 コイリング
 ↓
 熱処理
 ↓
 ピーニング
 ↓
 熱処理
 ↓
 セッチング

 となる。
 ピーニングをもう一度入れたり、熱処理がコイリングの前にあったり、研磨や表面処理があったりするけど、大まかな作業はこんな感じだ。
 街の発条メーカーでは、1個から製作を請け負ってくれる。
 高いけど……

「それにしても、普通は異世界転生したら馬車につけるサスペンションは板ばねでしょ」

 後からやってきたグレイスが呆れた顔をしながら、俺達の会話に加わる。

「ばねの魅力はコイルスプリングだ。ばねの絵を描いてほしいとお願いしたら、みんなコイルスプリングを描くぞ。板ばねなんて思いつくのはごく一部でしかないんだ」

 オッティはずいと、グレイスの顔の前に自分の顔を持って行きそう主張した。
 その気持ちはわからんででもない。
 ただ、コイルスプリングのサスペンションを作るために、ショックアブソーバーも作る必要があったけどな。
 因みに、ベアリングは迷宮産のベアリングだ。
 とっても高性能。
 ショックアブソーバーの性能は試行錯誤しているのでよくはない。
 今なら免振ダンパーの不正をしちゃった人の気持ちがわからなくもない。
 わからなくもないが、やっちゃダメ。
 自動車のショックアブソーバーの不正とかやってないよね?
 ね?


※作者の独り言
ばねの試作とか、結構楽しかったですね。
要求されたばねの強さを満たす素材選びとか。
レイアウトの関係で、巻き数とか限られるなかで、どうしたらいいのか色々と試してました。
既製品使って作る設計にしなかった設計に感謝。
勿論、嫌味ですよ。 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。 享年は25歳。 周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。 25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ
ファンタジー
マユラは優秀な魔導師を輩出するレイクフィア家に生まれたが、魔導の才能に恵まれなかった。 そのため幼い頃から小間使いのように扱われ、十六になるとアルティナ公爵家に爵位と金を引き換えに嫁ぐことになった。 だが夫であるオルソンは、初夜の晩に現れない。 マユラはオルソンが義理の妹リンカと愛し合っているところを目撃する。 全てを諦めたマユラは、領地の立て直しにひたすら尽力し続けていた。 それから四年。リンカとの間に子ができたという理由で、マユラは離縁を言い渡される。 マユラは喜び勇んで家を出た。今日からはもう誰かのために働かなくていい。 自由だ。 魔法は苦手だが、物作りは好きだ。商才も少しはある。 マユラは王都の片隅で、錬金術店を営むことにした。 これは、マユラが偉大な錬金術師になるまでの、初めの一歩の話──。

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

処理中です...