冒険者ギルド品質管理部 ~生まれ変わっても品管だけは嫌だと言ったのに~

犬野純

文字の大きさ
347 / 439

第346話 図面に記載なし

しおりを挟む
 オーリスとステラの街を歩いている。
 二人の休日が合ったので、久しぶりにデートというわけだ。
 朝から既に三件の服屋を巡り、俺としてはもう帰りたいのだが、そんな態度を見せると後が怖いので、常にニコニコ笑顔でいることを心がけている。
 次は青磁を扱っている工房を見るのだとか。
 食事もとらずに、よくそれだけ動けるものだと感心する。

 そんなわけでメインストリートを歩いていると、前方に人だかりが見えた。

「なんでしょうか?」

「行ってみようか」

 人だかりをかき分けて、その中心を目指した。
 たどり着くとそこでは土下座する男と、それを見下ろす柄の悪い男がいた。

「借りた金が期日までに返せなかったんだから、契約どおりお前の肉を1ポンド貰うぞ」

 柄の悪い男はとんでもないことを言った。

「何てことを言うんだ。そこはグラムにしろ!」

 思わず口を挟んでしまったら、二人がこちらを見た。
 だって、ポンドなんて使われたら黙っていられないじゃないか。

「事情がおありのようですわね。良かったら伺いますが」

 オーリスが二人に促すと、柄の悪い男が

「これはこれは、オーリス様じゃないですか。私はなにも法に触れる事などしちゃおりませんぜ。こいつが借りた金を期日までに返さなかったので、質草の肉を約453.6グラム程代物弁済しようって話でさぁ」

 と事情を説明してくれた。
 グラムに換算してくれたのかと俺は感心するが、問題の本質はそこじゃないな。

「俺はこのヴェゼルに嵌められたんです」

 今度は土下座していた男がオーリスに事情を説明した。
 男の名はヤリスといった。
 柄の悪い男はヴェゼル。
 二人は商売のライバル同士だった。
 ある時ヤリスが全財産を使って仕入れた品を荷馬車に乗せて、使用人を行商に行かせた。
 そして行商が終わらないうちに、どうしてもお金が必要になり、ライバルではあるが、すぐに現金を都合出来るヴェゼルからお金を借りた。
 返済期日は使用人が行商から帰ってくる少し後に設定したのだが、使用人がいつまで経っても帰ってこない。
 そうしているうちにも返済期日が来てしまったというわけだ。
 どこかで聞いた話だな。

「嵌められたとおっしゃいますが、証拠はあるのですか?」

 オーリスの問いにヤリスは首を振って否定した。

「それでは借りた物は返済するのが当然ですわね」

「ほら、オーリス様もそうおっしゃっているんだ。観念しな」

 オーリスの賛同を得て、俄然勢いづくヴェゼル。
 対照的にこの世の終わりみたいな顔をするヤリス。
 まあ、肉を取るってのは実質殺されるって事だからな。

「ただし――」

 ここでオーリスが更に条件を付けくわえた。

「肉は切り取っても良いが、契約書にない血を1滴でも流せば、契約違反として全財産を没収する」

 と付けくわえた。

「そんな!そりゃ無理ってもんですぜ!」

 抗議の声を上げるヴェゼル。
 屁理屈だけど契約書は確かにその通りなんだろうな。
 こういうのは製造業でもあったぞ。
 傷や異物がついた製品を納入して、客先から不良だって言われても、「図面に傷無き事、異物付着無き事とは無いですよね」って言い訳して逃げたことがある。
 常識的に考えて異常品なんだから、出荷するのは駄目なんだが、既に市場まで流出してしまっていると、こちらとしても針の穴を通すような可能性に賭けて、とにかく一度はごねてみるのだ。
 勿論ごねている裏では真因を見つけて対策に走っているのだが。
 じゃあ、全部の図面に傷無き事、異物無き事って書きますねって言われると、こちらとしてもそんなものは生産出来ないので、諸刃の剣ともいえる。
 傷や異物なんてものは使い勝手から判断するべきなんだよな。
 異物は難しいが、傷は「限度見本による」とかで逃げるのが常だ。
 外観部品なんかはそうもいかないが、それ以外なら傷は商品価値を損なうものではないからだ。
 異物は難しい。
 外観部品の異物なんて、ほぼ規格が決められているからよいのだが、その他ともなると異物無き事となっていると、じゃあ全部クリーンルームで生産する単価にしますよとなってしまう。
 世界的なリコールとなったアレなんかは、エアバッグが開く時に異物がものすごい勢いで射出されるので、絶対にあってはならないと思うだろうが、コンタミ確認試験を実施するとどうしても衣服の繊維が出てきてしまう。
 成分分析をしてみると綿なので、どう考えても衣服から落ちた繊維だ。
 厳密に図面を解釈するとそれらも不良となる。
 そんなので揉めたくないので、図面に敢えて記載しなかったりすると、先述のように言い訳をしてくるサプライヤーが出てくるので、結局図面に記載する事になっちゃうんですよね。
 どうしろと。

 今回のオーリスの裁定もそれに似ているな。
 今回はこの理屈で押し通すとしても、次回からは契約書にそれを対策する一文が追加されるだろう。
 まあ、借りた物は返さないと駄目だとは思うがな。
 嵌められた証拠もどこにもないだろうし。

「ヴェゼル、あなたも今回は損してないんだからそれで手を打ちなさい」

「仕方ありませんね。今回は使用人と組んで奪った商品だけで我慢しておきますぜ――」

「「「あっ!!!」」」



※作者の独り言
図面に記載してないとはいえ、常識的に考えて良くこんなもんを出荷したなってのはありますね。
確認のマーキングなんて図面に記載されてませんが、欠品などの不良が出ると追加されます。
図面にないのにマーキングした製品が流通しているのですが、じゃあ、そのマーキングがどこまで大きくてもよいのかっていうのはありますよね。
実際に作業者の手にインクが付着して、本来のマーキング位置とは違うところにも色がついてしまう事があるのですが、ちょっとくらいのインク付着なら拭き取らずに出荷してます。
じゃあそれがどこまでの範囲ならいいのってなるのですが、そんなもんまで図面に書かれるときついですね。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。 享年は25歳。 周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。 25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ
ファンタジー
マユラは優秀な魔導師を輩出するレイクフィア家に生まれたが、魔導の才能に恵まれなかった。 そのため幼い頃から小間使いのように扱われ、十六になるとアルティナ公爵家に爵位と金を引き換えに嫁ぐことになった。 だが夫であるオルソンは、初夜の晩に現れない。 マユラはオルソンが義理の妹リンカと愛し合っているところを目撃する。 全てを諦めたマユラは、領地の立て直しにひたすら尽力し続けていた。 それから四年。リンカとの間に子ができたという理由で、マユラは離縁を言い渡される。 マユラは喜び勇んで家を出た。今日からはもう誰かのために働かなくていい。 自由だ。 魔法は苦手だが、物作りは好きだ。商才も少しはある。 マユラは王都の片隅で、錬金術店を営むことにした。 これは、マユラが偉大な錬金術師になるまでの、初めの一歩の話──。

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

処理中です...