証券取引等監視委員会から逃げていたら異世界で相場を張る事になりました

犬野純

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先物相場

第1話 証券取引等監視委員会から逃げていたら死んでしまいました

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「『あの会社の内部留保から考えたら、今の時価総額は割安です』っと」

 岩谷直樹はそうSNSに投稿した。
 次の瞬間、その会社の株価が上昇し始める。
 程なくして連続約定気配、所謂連続買い気配になって、そのままストップ高に張り付いた。

「ちょろい」

 株取引ツールを見ながら直樹はそうつぶやく。

「あとは適当に売りをぶつけて終わりだな」

 スマホ画面には別のSNSアプリが表示されており、直樹の仲間から「やったね」とか「おめ」というメッセージが届いていた。
 彼、岩谷直樹は個人で金融商品のトレードをする、「専業投資家」というやつである。
 株価やその他の金融商品の値動きを見極め、売買を繰り返しながら利益を重ねていく。
 元々は仕手筋という、株価を不当に歪める集団に属していたが、本尊が行方不明になってしまったため、自然消滅してしまったのだ。
 そのため、ネットで仲間を集めて先程のようにネットに情報を書き込んでは、株価を操作して売り抜けるという行為を繰り返して利益を出しているのだ。
 50を目前に独身で、就職歴はなし。
 大学生時代から投資を始めて現在に至るというわけである。
 対面証券で口座を開き、そこで知り合った仕手筋に相場の張り方を教わりながらITバブルで一財産を築いて、ネット証券全盛の時代を生きているのである。
 途中知り合った連中は先程の本尊のように行方不明になったり、証券取引等監視委員会によって告訴されたり、投資に失敗して破産したりして消えていった。
 今では匿名掲示板で知り合った連中と一緒に法律スレスレのトレードをしているのだ。

 ストップ高気配のままの板に売りを並べる。
 時刻は15:00、本日の東京証券取引所が閉まる時間、大引けである。
 売り注文は全て約定し、売り抜けの完了となった。

「今日の利益は1000万円に少し届かないくらいか。まあ上出来だな」

 売買記録を眺めて一息つく。
 明日はどの銘柄を仕掛けようかと、本日の値動きを色々と確認していると、スマートフォンに着信がある。

「高田か」

 画面に表示されたのは高田という文字であった。
 高田も直樹のチームにいるメンバーだ。
 だが、高田というのが本名かどうかわからない。
 この世界はいつ拉致されて金をとられた後で殺されるかわからないので、本名を名乗るやつなんて殆どいない。
 逮捕されて初めて本名をしるなんてざらである。

 (なんだよ、電話なんて。メールやSNSじゃダメなのか)

 直樹はそう思いつつも電話に出た。

「直ちゃん(直樹の呼び名)、カネヤンが証取にパクられたかも」
「なんだって!」

 高田の情報に直樹は驚いた。
 証取というのは証券取引等監視委員会のことで、違法な取引を監視しているのだ。
 実際に逮捕となると別の組織なのだが、トレーダーの間では証取にパクられるで通じる。

「あいつ風説バンバンやっていたからな」
「俺達も一緒に持っていかれたりしないよな?」

 高田の声には焦りがあった。
 通信記録を調べられたらアウトだろう。
 いくらカネヤンが書き込むのを知らなかったといっても、多分そんな言い訳は通用しない。

「口座を抑えられる前に出金しておいたほうがいいぞ。あとは覚悟を決めとけよ」
「そ、そうだよな」

 そこで高田の電話は切れた。
 直樹も急いで証券会社の口座から出金指示をする。
 そして、銀行口座からも出金しておかないとと思い、自分のマンションを出て銀行へと向かう。
 暫くは日本各地の温泉でも巡ってほとぼりが冷めるのを待とうと思ったのだ。

「カードだと使用したら直ぐに居場所がばれるよな」

 とぶつぶつ言いながら歩いていると、直樹に向かって一台のトラックが突っ込んできた。
 それに直樹が気が付いた直後、視界が暗転する。

 次に直樹が目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。

「あれ、確かトラックに轢かれて死んだような。ここが死後の世界か?」

 あたりを見回すが、やはり真っ白で何もない。

「せめて死ぬ前に江戸から昭和にあったような大規模な仕手戦やりたかったな。あ、でも人類史上最大のバブルといわれるビットコインの相場を体験できたから、それはそれでよかったのかな」

 ビットコインの相場とは、チューリップバブルを凌ぐ価格の高騰があった人類史上最大のバブル相場である。
 バブル相場とはイギリスで起こった南海泡沫事件に由来する名称であるが、一般には泡のように膨らんだ価格がはじけてなくなるという意味で使われている。
 かのニュートンもこの南海泡沫事件で大損したとかで、いかに天才といえども株価の値動きを計算するのは難しいと知らしめた事件だ。

「こ、この度は手違いで岩谷様を殺してしまい申し訳ございませんでした」

 直樹の耳に突然女性の声が聞こえた。

「誰だ?」

 直樹は誰もいない空間に向かって問いかける。
 すると目の前にいかにも女神ですという格好の女性が出現した。

「女神です」
「まんまだな。というか、さっきの手違いってどういうことだよ」
「実は異世界に転生して魔王を倒す勇者候補にトラックをぶつけるはずだったのですが、座標がずれて岩谷様にぶつけてしまったのです」
「え、人違いで死んだの?」
「はい。ですからお詫びとして」
「蘇らせてくれると」
「いえ、それはちょっと無理なので、好きな世界に転生させてあげます」
「好きなっていわれてもねえ」

 急展開に戸惑う直樹。
 しかし、先ほど自分で仕手戦がやりたかったというのを思い出した。

「株か商品の取引所、できれば先物があって、証券取引等監視委員会がない世界は可能ですか?」
「あ、ありますよ」
「じゃあそこにしたいのですが、ただ転生しても相場を張れるわけじゃないですよね。こういうのって何か神様からギフトがあるじゃないですか」

 直樹は会社を調査するために、上場している小説投稿サイト運営会社の作品群をチェックしていたのを思い出していた。
 異世界転生といえばチートスキルである。

「例えばどんなものが必要でしょうか?」
「そうですねえ、ネットで売っているものを購入できる能力とかどうでしょうか」
「際限なくとはいきませんが」
「生きていれば使えたはずのお金が使えればいいですよ。相場をやるにあたって、こちらの本を読みたいですからね」

 生きていればという言葉に女神は後ろめたいものを感じたのか、直樹の提案を受け入れた。
 因みに、直樹は相場で稼いだお金が500億円ほどあったので、大抵の物は購入できるのである。
 女神はこの時慌てていて、直樹の資産を確認していなかったので、一般的な日本人の所得から考えて安易に認めてしまったのである。

「あ、それと相場を張ると命を狙われることもあるので、簡単には死なないようにしてほしいんですけど」
「わかりました。トラックに轢かれた程度では死なないようにいたします」

 それって結構なダメージだよねと思いつつも、直樹は納得した。

「あ、向こうの言語を理解できますよね?」
「はい。それは大丈夫です」
「赤ん坊から始めるのは面倒なんですけど」
「じゃあ、20歳スタートにしますね」
「そんなところかな。そうだ、ネットで売っているものの購入ってどうやればいいんですか?」
「頭の中で念じてください。店長と会話できるようにしておきます」
「店長?!」
「そういう言い方が一番理解しやすいかと思いまして」
「成程」
「それでは良き人生を」

 その言葉を聞いたとたんに、周囲が暗くなる。
 そして再び明るくなったと思ったら……

「何だよこれは」

 直樹の目の前で馬車が襲われていた。
 20人くらいの男達が馬車の護衛を剣で攻撃している。
 それに対して護衛と思われる方は3人しかいない。
 護衛も剣を持って防戦しているが、多勢に無勢で旗色が悪い。
 直樹が見ていると、あっという間に護衛は殺されてしまった。
 御者も殺されてしまい、いよいよ残っているのは馬車の中にいる人物だけだ。

「娘は売り飛ばすから傷つけるなよ。それ以外は殺せ」

 襲撃者のリーダーらしき男が指示を出していた。
 それを聞いていた部下の一人がこちらに振り向いた。

「おい、あんなところにも人がいるぞ!」

 直樹に気が付いて仲間に知らせる。

「まずい」

 直樹は転生していきなりのイベントに混乱していたが、男達がこちらに向いたことで我に返る。

「武器が欲しい。殺傷力が高くて、扱いが簡単な奴」

 そう口にすると、脳内に声が響く。

「承知いたしました。ベレッタM92Fなどいかがでしょうか」
「それで!」

 ベレッタM92Fとはイタリアのベレッタ社が開発した拳銃である。
 当然有名なネット通販サイトで買えるわけもないのだが、闇サイトで販売しているので、直樹のギフトでは購入が可能であった。
 そして手の中に現れるベレッタM92F。
 直樹はそれを両手で構えると躊躇わず引き金を引いた。
 パンパンと乾いた音が周囲に響く。
 10メートルくらい離れていた男に命中して倒れた。

「ナイフを投げてきたぞ」
「奴の持っている筒が火を噴いたように見えたぞ」

 男達は銃を見たことがないのか、とても狼狽えていた。
 当然動けずに固まっている。

(こちらも素人だ。動かずに固まっていてくれて助かる)

 直樹は止まった的を狙って次々に弾を発射した。

「どうです、9パラって反動が少ないでしょ」

 店長がそう話しかけてくる。

「銃なんて撃ったことないからわからんよ。仕手筋にいた暴力団の人はよく射撃訓練した話をしてくれたけどね」

 直樹はそう答えた。

「替えのマガジンもある?」
「はい」

 一通り撃ち尽くしてしまったので、替えの弾倉を購入する。
 襲撃者達は飛び道具を持っていなかったため、剣で攻撃するしかなく、全員直樹に射殺された。

「これで全員か。あ、ホルスターがないと持ったままになるじゃないか」
「ホルスターですね」

 店長がホルスターを用意してくれた。
 ホルスターに銃をしまい、馬車へと近づく。

「どうやら全員殺されてしまったようだな。あの女神もなんてところに転生させてくれるんだよ」

 直樹がそう毒づく。
 トラックに轢かれた直後に、盗賊による襲撃のシーンなので当然であった。

「それにしても……」

 死体の山を見ながら直樹は考えた。
 武器は青銅器のようだ。
 着ている服も教科書で見た古代の貫頭衣の上に革の鎧だ。
 鎧の方は所々青銅で補強されている。

「こんなところに取引所なんてあるのかよ」

 地球の歴史に照らし合わせてみると、取引所があるとも思えない。
 一番古い先物取引所は18世紀江戸時代だ。
 株式や現物取引については16世紀である。
 青銅器文明で取引所があるとは思えない。
 オプション取引は紀元前6世紀にあったとされるが、それは個人間の取引であって、取引所があったわけではない。
 因みに、直樹が死体を見ても平気なのは、仕手筋の裏切り者を制裁する場面に何度も立ち会わされて、慣れてしまったからである。
 裏切り者がどうなるかというのを、他のメンバーに見せることで、更なる裏切りを防ぐ目的があるのだ。
 しかし、そんな効果もなく次々と裏切りが出てくるのが相場の世界なのだが。

「おや?」

 直樹が死体の検分をしていると馬車の中で動くものがあった。
 どうやら馬車の中の人は生きているようだ。
 いきなり攻撃されてはかなわないので、馬車の外から声をかける。

「襲撃者は全部倒しました。外は安全です」

 そう言ってはみたものの、直樹には何故襲撃されていたのかがわからなかったので、警戒を解くことはできない。
 念のため、ベレッタM92Fは手に持って、いつでも撃てるようにはしてある。
 襲撃者っぽく見えた連中が自分にも襲い掛かろうとしたので攻撃したが、襲撃されている方が極悪人ということだってあると考えていたのだ。
 中からは二十歳くらいの黒髪の女性が出てきた。
 服装はやはり古代ヨーロッパの物に似ている。
 直樹は名前を知らないが、それはキトンにそっくりであった。

「襲撃者たちは?」
「全て倒しましたよ。そこに転がっているでしょう」

 直樹が死体を指をさすと、女性は顔を顰めた。
 死体をみればそうなるだろう。

「こ、この人数をですか?あなた一人で?」
「はい」

 女性が直樹の仲間がいないかと周囲を見回すが、人影が見当たらない。

「あなたは、どうしてここにいるのですか?」

 女性が直樹に訊ねる。
 が、直樹としても女神に転生させてもらったと答えるわけにもいかずに悩んでいた。
 そして、妙案が浮かぶ。

「旅の商人なんですよ。荷物は別の場所で盗賊に襲われちゃって。この辺りって治安が悪いですよね」

 と答えた。

「一人で20人を倒せる人が、盗賊に荷物を奪われたと?」

 だが、女性はそんな説明を信じなかった。
 当然である。

「ここで倒された3人の護衛は、我が家でも屈指の武人でした。それが敵わない相手を無傷で倒せた人が、どうして盗賊に荷物を奪われるのですか」
「荷馬が逃げてしまったのです」
「ふーん」

 女性は訝し気な目で直樹を見た。

「よいではないですか、ニーナ。その方が私達を襲うつもりなら、既に襲っています。あんなに簡単に賊を倒せるのに、私達をだまして後ろから襲うこともないでしょう」

 馬車の中から金髪の少女が出てきた。

「ヘレナ様がそうおっしゃるなら」

 ニーナと呼ばれた女性はまだ納得がいかないようだったが、おそらくは格上の少女にそう言われては従うしかなかった。

「あなた、名前は?」

 少女からそう訊かれて、名乗っていないことに気が付いた。

「岩谷直樹です」
「随分と長い名前なのですね」
「あ、名前は直樹です。岩谷は家名ですね」
「家名をお持ちですか。それに、家名が名前の前にくるなんて、ここいらの文化とは随分と違うのですね」

 そう言われて、直樹はこの地域では家名があるのはある程度の身分であり、名前の後に家名が来るのが文化なのだと知る。

「貴女は?」
「私はヘレナ・アウル。アウル家のヘレナです。こちらは私の従者のニーナ。危ないところを助けていただきありがとうございました」

 ヘレナはそう言って頭を下げた。

「しかし、困りましたわ。領地に帰るつもりが、馬も御者も死んでしまいました」

 困惑顔のヘレナ。
 直樹は事情を訊いた。

「領地へ帰る途中だったのですか?」
「はい。ちょっと用事がありまして」
「帰るということは、今までどこかの街に滞在していらっしゃったのですね」
「ラタの街に屋敷がありますの。普段はそこで生活していますが、時々領地に戻って仕事をしておりました」
「貴女がですか?」
「いいえ、本当はお父様がやっていたのですが、先月亡くなってしまい……」

 そこでヘレナは言葉に詰まる。
 直樹はしまったと、自分の質問を後悔した。

「ここで知り合ったのも何かの縁です。ラタの街か、領地か近いほうまでご一緒しますよ」
「ラタの街までは徒歩で半日くらいでしょう。今からなら日が暮れる前に到着いたします」

 とニーナが教えてくれた。

「街か」

 そこで直樹は自分の服装を見た。
 日本で死んだときのままだと怪しまれるだろう。
 しかし、服装は貫頭衣に変わっていた。
 そこは女神のサービスである。
 しかし、貫頭衣にベレッタM92Fのホルスターは何とも不似合いだ。

「まあ、これは仕方ないよな」

 と苦笑いをする直樹であった。
 街まで移動する間、直樹はこの国について色々と質問をした。
 そこでわかったのはここはイーガンという貴族が統治する領地であるということ。
 そして国の名前はエインブラ。
 政治システムは王政であるが、四つの地方それぞれに上級貴族がおり、その貴族が地方を治めている。
 そしてその権限はかなり強いというものだった。
 イメージ的には中央集権前の荘園であろうか。
 上級貴族の下に下級貴族がおり、以下平民、奴隷となっている。
 ヘレナの家は下級貴族であり、通常はラタの街で上級貴族の政治を手伝っており、時々自分の領地を見回るということをしているのだ。
 ヘレナは15歳で成人しているので、父親が亡くなった代わりに、領地の見回りをしようとしていたのだと直樹に伝えた。

「これはまた随分と立派な塀ですね」

 ラタの街について最初の感想はそれであった。
 街をぐるりと囲む石壁。
 戦争に備えているのだろうかと思い、直樹は訊ねた。

「これは隣国のランデルとの戦争に備えてのものですね」

 ニーナが直樹に教えてくれる。

「戦争が近いのですか?」
「それはなんとも」

 エインブラとランデルとは何度かの大規模な戦争があり、ランデルに国境を接しているイーガン領は常に戦争に備えなければならないという事情があった。
 小競り合いは頻発しており、いつそれが大きな戦争になるかは誰にもわからないが、誰もがそうなるであろうという予感がしている。
 ヘレナがニーナに代わって直樹に教えてくれた。

「ここまでくれば大丈夫ですかね。それでは私はこれで失礼します」

 直樹がそう言って別れようとすると、ヘレナに呼び止められた。

「ナオキ様は泊まるところが決まっているのですか?」
「いえ、特には」
「荷馬が売り物をもって逃げてしまったのに、お金はあるのですか?」
「あっ」

 設定を抜きにしても、この国の通貨を持っていないことに気が付く直樹。
 宿に泊まろうにも無銭宿泊となるところであった。
 もっとも、どこの宿も先払いなので、その時に気が付いたであろうが。

「助けていただいたお礼に、本日は我が家にお泊り下さい」
「よろしいのですか?」

 ニーナが驚く。
 どこの誰ともわからぬ男を屋敷に泊めるというのだ。
 当然であろう。

「ニーナ、ナオキ様は恩人ですよ。その言い方はなんですか」

 ヘレナはニーナにぴしゃりと言う。
 主人にそう言われてはニーナも反対はできない。
 直樹は厚意に甘えて、アウル家の屋敷に泊めてもらうことにした。
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