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19話 適材適所 前編
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今日も俺の相談窓口は暇で、朝からコーヒーを飲みつつ、冒険者ギルドの中を眺めるだけで時間を潰している。
新規立ち上げも流出不良もない時のようなこの暇な時間を噛みしめる。
品質管理が忙しいなんていう時は、その組織がうまく運営できていないってことだからな。
俺の仕事なんて無いほうがいいに決まっているのだが、暇というのもこれはこれで辛い。
日常坐臥、異常がないかを監視すればいいのだが、査定も日報もなければ怠けるよね、人間だもの。
冒険者ギルド内で、いくつかの不具合対策をしたおかげで、前みたいに給料泥棒とか言われるような事が無くなったのが救いだ。
朝のクエスト受付が終わり、人がまばらになった冒険者ギルド内は、変化が少なく見ているのにも飽きたので、今日のお昼は何を食べようかと考えていた時、ギルド長が俺のところにきた。
「仕事ですか」
何かを言いたそうにしているので、当てずっぽうに聞いたら当たった。
「そうなんだが……」
ギルド長は少し歯切れが悪い。
品質管理事務所に不良品を持ってきた作業者のように歯切れが悪い。
そういう時は、100%不良品で出荷できない製品なんだよね。
品質管理が「出荷していいよ」って言うことに一縷の望みをかけて持ってくるのだが、わかっている通りそれはどうにもならない不良品で出荷は認められない。
諦めて正直に不良品を作ってしまったと報告して廃却手続きをしないとね。
そんな類いのろくでもない内容だろう。
そして、予想した通り仕事の内容は品質管理とは違う方向に面倒なものであった。
「――実は」
ギルド長はそう切り出した。
内容は、ギルド長の昔の仲間の子供が、最近冒険者となってステラの迷宮に潜っているらしいのだが、その子は戦闘に適したジョブではないのに、父親に憧れていて、父親と同じ剣士として冒険者の仕事をしているというのだ。
子供のジョブは運搬人であり、それならそれで他の冒険者とパーティーを組めるのだが、彼はそれが嫌だと頑なに剣で戦う事を主張して、ソロで冒険をしているというのだ。
工機としての適正がある人物を、購買業務に就かせている様な、効率の悪い生き方だな。
「彼の父親に自分がもしも冒険で命を落としたら、息子の事を頼むと言われていてね。実際彼は迷宮で消息を絶ってしまった。成人するまでは資金的な援助をしていたのだけど、成人したら父のような冒険者になると言って、冒険者になったのはいい。ただ、戦闘に向かないジョブなのに、ソロで迷宮に潜っているのが心配でね。同じように冒険者の適正ジョブがないアルトに、彼を説得してもらえないかと思っているんだ」
これは難しい。
品質管理と全く関係ないし。
それに、俺は戦闘向けのスキルはないが、品質管理のスキルを応用して、ソロでも何とかなるので、事情がちょっと違うぞ。
まあ、ソロで迷宮に潜る冒険者もいないわけではない。
ただ、今生き残っているソロ冒険者達は皆ベテランだ。
銅等級以上が殆どである。
その理由は簡単で、ソロだと死にやすいからだ。
新人で経験の浅いソロ冒険者など、迷宮の数々の罠やモンスターによって簡単に命を落とす。
新人作業者が不良品をバンバン作るのと一緒だな。
ギルドとしても工場のように、新人のソロ冒険者を禁止すればいいのだが、やはり様々な理由でソロ冒険者として生計を立てている人達の仕事を奪う訳にもいかないので、現在のところソロ冒険者の活動に制限はない。
歯止めの無い状態だな。
「事情はわかりました。で、ターゲットの名前も特徴もわからないのですけど……」
俺の質問にギルド長はクエストを貼り出している掲示板を指差す。
「あそこの掲示板の前にいる若い男の冒険者が本人だ。名前はコンパーノだ。よろしく頼むよ」
「はい」
掲示板の前には皮鎧にショートソードとスモールシールドを持った、赤髪の少年がいた。
俺も断りたい所ではあるが、ギルド長によって救われて、ここで働かせてもらっている恩がある。
仕事内容の好き嫌いを言える立場ではないので、この仕事を受けることにした。
今回は品質管理のスキルは役に立ちそうに無いけどな。
コンパーノの事はギルド長に聞いた知識しかないので、彼と話してみようと近寄って行った。
「こんにちは、掲示板の前でどうしました。先ほどからここで立ち止まっているようなので」
掲示板の前で新人の派遣社員のように、どうして良いのかわからず、うろうろしているのを見かけたで気になりましたという設定だ。
派遣社員なんて言葉はないので、口にはしないけど。
「実は字が読めないので、俺に受けられそうなクエストがあるか、字が読める人に聞こうと思っていたのだけど、今日は他の冒険者が捕まらなくて」
成程そういう事か。
この世界は識字率が低い。
冒険者であっても、字が読めず計算が出来ない者も珍しくはない。
これはお近づきになるチャンスだな。
「仲間はいますか?」
「今はソロです」
知っている情報をコンパーノから言わせるようにする。
こうしておけば、ボロはでないからな。
「冒険者の等級を教えてください。等級にあったクエストを探しますよ」
きっかけはつかめた。
あとはここからどうやって説得に持っていくかだな。
「木等級です」
コンパーノは恥ずかしそうに教えてくれた。
最初は誰だって初心者だ。
気にするな。
「それなら、これがいいかな」
俺は薬草採取のクエストを薦めた。
「ただし、二人以上でと書いてありますね」
これは嘘だ。
薬草の採取が二人以上なんてあるはずがない。
別に何人でもよいのだ。
目的の薬草が手に入ればよいだけなのだから。
「ソロじゃ駄目なのか」
条件に合わないので肩を落とすコンパーノ。
ますます狙いどおりだな。
「一緒にいきますか?役に立つかはわかりませんが、受け付け時の条件はクリアー出来ますよ」
俺の提案にコンパーノの顔が外観検査を出来る程度のLED照明のように明るくなった。
800ルクスくらいかな?
「いいんですか?」
「どうせ冒険者の相談なんて殆ど無いので暇なんですよ。それに、クエスト受諾の条件をクリアー出来ないっていう相談だと思えば、これは仕事の範囲ですからね」
詭弁だが、上司の依頼だから問題ないだろう。
受付でこのクエストを受理してもらい、二人で迷宮に潜る事になった。
準備をしてくると伝えて、コンパーノから見えないところまで移動し、収納魔法でしまってあったショートソードや防具を取り出して装備する。
そして、冒険者が持っている道具を袋に詰めて背負えば準備完了だ。
「お待たせしました」
そこでまだ自己紹介をしていなかった事に気がつく。
「あ、自己紹介がまだでしたね。俺はアルト、ジョブは品質管理です。冒険者ギルドの職員ですが、冒険者としての登録もしてあります。木等級ですよ」
「俺はコンパーノ、よろしく頼みます。ジョブは気にしないでください。剣で戦います。ところで品質管理ってジョブは何なんですか?初めて聞いたもので……」
品質管理なんてジョブを聞いた事がある方が珍しいと思う。
それにしても、ジョブは教えてはくれないか。
やはり簡単にはいかなそうだな。
「正常な状態が続くようにするジョブですよ。冒険者向きではないですね」
他にも色々とやることはあるのだが、それをここで言っても伝わらないので、この程度の説明にしておく。
「そうですか」
コンパーノは理解できていなそうだったが、それ以上は訊いてこなかった。
こうして二人で迷宮に潜ることになった。
さて、どうやって説得するかな。
用語解説
・検査が出来る明るさ
JIS規格に照明基準が設定されている。だが、経営者に理解がないと、電気代を節約しろと指示が出て、傷の見逃しや色違いの不良が流出する。そんな会社は倒産する。どことは言いませんけどね。
新規立ち上げも流出不良もない時のようなこの暇な時間を噛みしめる。
品質管理が忙しいなんていう時は、その組織がうまく運営できていないってことだからな。
俺の仕事なんて無いほうがいいに決まっているのだが、暇というのもこれはこれで辛い。
日常坐臥、異常がないかを監視すればいいのだが、査定も日報もなければ怠けるよね、人間だもの。
冒険者ギルド内で、いくつかの不具合対策をしたおかげで、前みたいに給料泥棒とか言われるような事が無くなったのが救いだ。
朝のクエスト受付が終わり、人がまばらになった冒険者ギルド内は、変化が少なく見ているのにも飽きたので、今日のお昼は何を食べようかと考えていた時、ギルド長が俺のところにきた。
「仕事ですか」
何かを言いたそうにしているので、当てずっぽうに聞いたら当たった。
「そうなんだが……」
ギルド長は少し歯切れが悪い。
品質管理事務所に不良品を持ってきた作業者のように歯切れが悪い。
そういう時は、100%不良品で出荷できない製品なんだよね。
品質管理が「出荷していいよ」って言うことに一縷の望みをかけて持ってくるのだが、わかっている通りそれはどうにもならない不良品で出荷は認められない。
諦めて正直に不良品を作ってしまったと報告して廃却手続きをしないとね。
そんな類いのろくでもない内容だろう。
そして、予想した通り仕事の内容は品質管理とは違う方向に面倒なものであった。
「――実は」
ギルド長はそう切り出した。
内容は、ギルド長の昔の仲間の子供が、最近冒険者となってステラの迷宮に潜っているらしいのだが、その子は戦闘に適したジョブではないのに、父親に憧れていて、父親と同じ剣士として冒険者の仕事をしているというのだ。
子供のジョブは運搬人であり、それならそれで他の冒険者とパーティーを組めるのだが、彼はそれが嫌だと頑なに剣で戦う事を主張して、ソロで冒険をしているというのだ。
工機としての適正がある人物を、購買業務に就かせている様な、効率の悪い生き方だな。
「彼の父親に自分がもしも冒険で命を落としたら、息子の事を頼むと言われていてね。実際彼は迷宮で消息を絶ってしまった。成人するまでは資金的な援助をしていたのだけど、成人したら父のような冒険者になると言って、冒険者になったのはいい。ただ、戦闘に向かないジョブなのに、ソロで迷宮に潜っているのが心配でね。同じように冒険者の適正ジョブがないアルトに、彼を説得してもらえないかと思っているんだ」
これは難しい。
品質管理と全く関係ないし。
それに、俺は戦闘向けのスキルはないが、品質管理のスキルを応用して、ソロでも何とかなるので、事情がちょっと違うぞ。
まあ、ソロで迷宮に潜る冒険者もいないわけではない。
ただ、今生き残っているソロ冒険者達は皆ベテランだ。
銅等級以上が殆どである。
その理由は簡単で、ソロだと死にやすいからだ。
新人で経験の浅いソロ冒険者など、迷宮の数々の罠やモンスターによって簡単に命を落とす。
新人作業者が不良品をバンバン作るのと一緒だな。
ギルドとしても工場のように、新人のソロ冒険者を禁止すればいいのだが、やはり様々な理由でソロ冒険者として生計を立てている人達の仕事を奪う訳にもいかないので、現在のところソロ冒険者の活動に制限はない。
歯止めの無い状態だな。
「事情はわかりました。で、ターゲットの名前も特徴もわからないのですけど……」
俺の質問にギルド長はクエストを貼り出している掲示板を指差す。
「あそこの掲示板の前にいる若い男の冒険者が本人だ。名前はコンパーノだ。よろしく頼むよ」
「はい」
掲示板の前には皮鎧にショートソードとスモールシールドを持った、赤髪の少年がいた。
俺も断りたい所ではあるが、ギルド長によって救われて、ここで働かせてもらっている恩がある。
仕事内容の好き嫌いを言える立場ではないので、この仕事を受けることにした。
今回は品質管理のスキルは役に立ちそうに無いけどな。
コンパーノの事はギルド長に聞いた知識しかないので、彼と話してみようと近寄って行った。
「こんにちは、掲示板の前でどうしました。先ほどからここで立ち止まっているようなので」
掲示板の前で新人の派遣社員のように、どうして良いのかわからず、うろうろしているのを見かけたで気になりましたという設定だ。
派遣社員なんて言葉はないので、口にはしないけど。
「実は字が読めないので、俺に受けられそうなクエストがあるか、字が読める人に聞こうと思っていたのだけど、今日は他の冒険者が捕まらなくて」
成程そういう事か。
この世界は識字率が低い。
冒険者であっても、字が読めず計算が出来ない者も珍しくはない。
これはお近づきになるチャンスだな。
「仲間はいますか?」
「今はソロです」
知っている情報をコンパーノから言わせるようにする。
こうしておけば、ボロはでないからな。
「冒険者の等級を教えてください。等級にあったクエストを探しますよ」
きっかけはつかめた。
あとはここからどうやって説得に持っていくかだな。
「木等級です」
コンパーノは恥ずかしそうに教えてくれた。
最初は誰だって初心者だ。
気にするな。
「それなら、これがいいかな」
俺は薬草採取のクエストを薦めた。
「ただし、二人以上でと書いてありますね」
これは嘘だ。
薬草の採取が二人以上なんてあるはずがない。
別に何人でもよいのだ。
目的の薬草が手に入ればよいだけなのだから。
「ソロじゃ駄目なのか」
条件に合わないので肩を落とすコンパーノ。
ますます狙いどおりだな。
「一緒にいきますか?役に立つかはわかりませんが、受け付け時の条件はクリアー出来ますよ」
俺の提案にコンパーノの顔が外観検査を出来る程度のLED照明のように明るくなった。
800ルクスくらいかな?
「いいんですか?」
「どうせ冒険者の相談なんて殆ど無いので暇なんですよ。それに、クエスト受諾の条件をクリアー出来ないっていう相談だと思えば、これは仕事の範囲ですからね」
詭弁だが、上司の依頼だから問題ないだろう。
受付でこのクエストを受理してもらい、二人で迷宮に潜る事になった。
準備をしてくると伝えて、コンパーノから見えないところまで移動し、収納魔法でしまってあったショートソードや防具を取り出して装備する。
そして、冒険者が持っている道具を袋に詰めて背負えば準備完了だ。
「お待たせしました」
そこでまだ自己紹介をしていなかった事に気がつく。
「あ、自己紹介がまだでしたね。俺はアルト、ジョブは品質管理です。冒険者ギルドの職員ですが、冒険者としての登録もしてあります。木等級ですよ」
「俺はコンパーノ、よろしく頼みます。ジョブは気にしないでください。剣で戦います。ところで品質管理ってジョブは何なんですか?初めて聞いたもので……」
品質管理なんてジョブを聞いた事がある方が珍しいと思う。
それにしても、ジョブは教えてはくれないか。
やはり簡単にはいかなそうだな。
「正常な状態が続くようにするジョブですよ。冒険者向きではないですね」
他にも色々とやることはあるのだが、それをここで言っても伝わらないので、この程度の説明にしておく。
「そうですか」
コンパーノは理解できていなそうだったが、それ以上は訊いてこなかった。
こうして二人で迷宮に潜ることになった。
さて、どうやって説得するかな。
用語解説
・検査が出来る明るさ
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