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23話 識別表示 後編
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ミゼットの家はとても狭く、工場の守衛小屋くらいしかない。
中にはいると、床に薄い布を敷いて、そこに横たわっている女性がいた。
ミゼットの20年後の姿と言われても信じるくらいには似ている。
間違いなく母親だろうな。
「ただいま」
ミゼットは母親のそばに座って顔色を覗く。
「おかえり……」
母親の声は弱々しく、見えている腕も肉は落ちて、骨と皮ばかりだな。
食べることが出来ないのは、病気のせいかなのか、それとも貧困のせいなのかはわからない。
このままでは長くはない。
素人の俺でも簡単にわかる。
「その人達は?」
母親は俺とスターレットを見て警戒する。
「冒険者ギルドの人だよ。お母さんの病気を治してくれるんだって!」
ミゼットが目をキラキラさせながら言うので、失敗したときを想像すると辛い。
不良品を手直しして出荷出来るよって言ったら、結局使い物にならなくて廃棄した時の、班長の絶望した顔が頭をよぎる。
大丈夫、今回は作業標準書がある。
俺は自分に言い聞かせた。
「うちには謝礼を出せるほどのお金は……ゴホッ」
無理して上体を起こしたせいか、咳き込む母親。
慌ててミゼットが背中をさする。
「安心してください。今回については無償です。冒険者ギルドの不具合対策予算から治療費が出ていますので」
そんな予算はないが、俺の仕事が品質管理で、それをすることで給料が出ているのだから、これは仕事の範疇である。
嘘と真実の境界線上にあるような言い方だな。
「不具合対策?」
母親が不思議そうな顔をするので、ここに来ることになった経緯を説明する。
「そんな、この子が仕事でミスをしたのに、私を無償で治療していただくわけにはいきません」
治療を拒否される。
「しかし、ミゼットがあなたの事を心配することでミスに繋がるので、治療はさせてもらわないと困ります」
そうは言ってみたが、なかなか首を縦にふってもらえない。
「お母さん!」
「…………」
ミゼットの呼び掛けでも駄目かと思った時に、スターレットが矢庭に口を開いた。
「ミゼットのことを考えてあげてください。貴女が居なくなったら、この子はどうなるかわかるでしょ!それに、今だってこんなに小さいのに仕事をしているのは誰の為だとおもっているんですか!」
強い口調にミゼットが驚いて涙目になるのが見えた。
「でも……」
母親はまだ踏ん切りがつかないようである。
「それなら治療費を毎月少しずつアルトに返済すればいいでしょ。兎に角、今治療しないと手遅れになるんだから!!」
スターレットに押しきられ、母親は俺の治療を受け入れることになった。
治療といっても、状態異常解消の魔法を使うだけなのですぐに終わる。
「診察スキルはないので本当に治療が終わったのかはわかりません。また体調が悪くなったらすぐに連絡をください。あ、それと……」
俺は低級ポーションを二個取り出した。
「ミゼットの上司からです。体力を回復させるので飲んでください」
親方から預かったポーションを手渡す。
病気は治っても、体力は落ちているかもしれないからと、冒険者ギルドを出る時に、親方が渡してくれたのである。
話し方さえ直せば、いい上司なんだけどなあ。
しばらく様子を見ていたが、特に悪くなったわけでもない。
いきなり動くには体力がないので、そこはゆっくりと体力回復をしてもらおうか。
「さて、じゃあ戻って対策の続きをしようか」
ミゼットを促して冒険者ギルドに戻ることにした。
母親が外まで見送りに来てくれて、何度も頭を下げてくれた。
品質管理の仕事をしてから、他人に感謝されることがなかったので、お礼を言われると恥ずかしくなる。
そしてどう返してよいのかわからない。
結局曖昧な笑みを浮かべて終わってしまった。
「親子っていいよね」
スターレットがポツリと言うが、こちらもどう返してよいのかわからない。
「そうだね」
と言うのが精一杯であった。
冒険者ギルドに帰ってきたので、今度は間違えた原因を、心理的な変化以外から探っていく。
「ミゼット、どうしてポーションを運んだの?」
「検査が終わっていると思ったから」
ミゼットから返ってきた答えは当然のものであった。
検査が終わっていると勘違いしなければ、ポーションを運搬はしなかっただろうな。
「どうして終わっていると思ったのかな?」
「検査員のエルガミオが居なかったので、仕事が終わって休憩していると思った。エルガミオはいつも仕事が終わるとどこかに行ってサボってるの」
作業員に問題があるな。
親方に言って、とっちめてもらおうか。
「ポーションに検査済みの表示はあった?」
「なかった。あっても字が読めないけど」
ここまでで、原因がつかめた。
これは工場でもあり得ることだ。
部品を組み付ける工程なら、部品がなければ加工前だとわかるが、検査工程などでは見たか見ないかは作業した人間にしか判らない。
なので、今回のような工程飛びは常に起こる可能性があるのだ。
原因がわかったので、後は対策だな。
こういうのは識別表示が必要だ。
今回で謂えば「検査前」「検査後」の表示さえあれば防げたはずだ。
後はミゼットでもわかる工夫が必要だけどな。
識別用の看板を色で分けるなら赤はNGなので使えない。
検査前を黄色にして、検査後を緑色の表示にするか。
ルールがローカルルールにならないように、壁に識別看板の意味を書いておく。
文字が読める作業者がこのルールを、新人が入ってきた時に教えてやればいい。
今いる作業者が全部入れ替わっても、これならルールがわからなくなることもない。
朝礼で毎回確認してもいいかな。
「緑の看板が付いているやつを売店に持っていくんだよ」
「うん」
ミゼットはルールを理解したようだ。
検査員のエルガミオにもルールを伝えて理解してもらっているので、今後は問題が起きないはずだ。
なお、エルガミオはサボっているのが親方にばれて、こっぴどく怒られた。
「でもなー」
俺は気になったことがあった。
親方、ミゼット、スターレットはそう呟いた俺の顔を見る。
「なんだよ」
親方はしびれを切らして俺に訊いてきた。
「ほら、親方が言ってたじゃないですか。ミゼットは親が病気だからここで働いているって。今回治療したから、そもそも働く理由がなくなったかなって」
小さな子供が働くことにどうしても抵抗がある。
だが、
「ここで働きたい」
ミゼットが必死に訴えてきた。
本人の希望ならしかたないか。
まあ地球の常識は、こちらの非常識ってことで、親方がいいなら雇用継続でもいいんじゃないかな。
「私、もっと仕事して、もっとお金を稼ぎたい」
「人間適度がいいんだよ」
ミゼットの頭を撫でてあげたが、彼女は俺の言わんとすることを理解できずに、ポカンとしている。
なんにしても一件落着だ。
親方とミゼットと別れて、スターレットと食事に行くことにした。
何せ対策のために動き回っていたから、昼食を食べていなかったのだ。
冒険者ギルドから出ると、遠くの山が暮靄に霞んでいた。
「流石アルトよね」
腕を組んできたスターレットが笑顔になる。
「何が?」
「ミゼットのミスを対策するどころか、お母さんの病気まで治しちゃうんだから」
「偶々だよ」
そう、偶々前世でやった対策に似ていただけだ。
それに、治療は運良く作業標準書があっただけ。
「そんなことないって――」
そこでスターレットの視線が前方を見たまま固まる。
「パブリカ先生……」
見ると初老の女性が浮浪児に炊き出しを行っていた。
品質管理レベル26
スキル
作業標準書
作業標準書(改)
温度測定
硬度測定
三次元測定
重量測定
ノギス測定
輪郭測定
マクロ試験
塩水噴霧試験
振動試験
引張試験
電子顕微鏡
温度管理
レントゲン検査
蛍光X線分析
シックネスゲージ作成
ネジゲージ作成
ピンゲージ作成
ブロックゲージ作成
溶接ゲージ作成
リングゲージ作成
ゲージR&R
品質偽装
リコール
中にはいると、床に薄い布を敷いて、そこに横たわっている女性がいた。
ミゼットの20年後の姿と言われても信じるくらいには似ている。
間違いなく母親だろうな。
「ただいま」
ミゼットは母親のそばに座って顔色を覗く。
「おかえり……」
母親の声は弱々しく、見えている腕も肉は落ちて、骨と皮ばかりだな。
食べることが出来ないのは、病気のせいかなのか、それとも貧困のせいなのかはわからない。
このままでは長くはない。
素人の俺でも簡単にわかる。
「その人達は?」
母親は俺とスターレットを見て警戒する。
「冒険者ギルドの人だよ。お母さんの病気を治してくれるんだって!」
ミゼットが目をキラキラさせながら言うので、失敗したときを想像すると辛い。
不良品を手直しして出荷出来るよって言ったら、結局使い物にならなくて廃棄した時の、班長の絶望した顔が頭をよぎる。
大丈夫、今回は作業標準書がある。
俺は自分に言い聞かせた。
「うちには謝礼を出せるほどのお金は……ゴホッ」
無理して上体を起こしたせいか、咳き込む母親。
慌ててミゼットが背中をさする。
「安心してください。今回については無償です。冒険者ギルドの不具合対策予算から治療費が出ていますので」
そんな予算はないが、俺の仕事が品質管理で、それをすることで給料が出ているのだから、これは仕事の範疇である。
嘘と真実の境界線上にあるような言い方だな。
「不具合対策?」
母親が不思議そうな顔をするので、ここに来ることになった経緯を説明する。
「そんな、この子が仕事でミスをしたのに、私を無償で治療していただくわけにはいきません」
治療を拒否される。
「しかし、ミゼットがあなたの事を心配することでミスに繋がるので、治療はさせてもらわないと困ります」
そうは言ってみたが、なかなか首を縦にふってもらえない。
「お母さん!」
「…………」
ミゼットの呼び掛けでも駄目かと思った時に、スターレットが矢庭に口を開いた。
「ミゼットのことを考えてあげてください。貴女が居なくなったら、この子はどうなるかわかるでしょ!それに、今だってこんなに小さいのに仕事をしているのは誰の為だとおもっているんですか!」
強い口調にミゼットが驚いて涙目になるのが見えた。
「でも……」
母親はまだ踏ん切りがつかないようである。
「それなら治療費を毎月少しずつアルトに返済すればいいでしょ。兎に角、今治療しないと手遅れになるんだから!!」
スターレットに押しきられ、母親は俺の治療を受け入れることになった。
治療といっても、状態異常解消の魔法を使うだけなのですぐに終わる。
「診察スキルはないので本当に治療が終わったのかはわかりません。また体調が悪くなったらすぐに連絡をください。あ、それと……」
俺は低級ポーションを二個取り出した。
「ミゼットの上司からです。体力を回復させるので飲んでください」
親方から預かったポーションを手渡す。
病気は治っても、体力は落ちているかもしれないからと、冒険者ギルドを出る時に、親方が渡してくれたのである。
話し方さえ直せば、いい上司なんだけどなあ。
しばらく様子を見ていたが、特に悪くなったわけでもない。
いきなり動くには体力がないので、そこはゆっくりと体力回復をしてもらおうか。
「さて、じゃあ戻って対策の続きをしようか」
ミゼットを促して冒険者ギルドに戻ることにした。
母親が外まで見送りに来てくれて、何度も頭を下げてくれた。
品質管理の仕事をしてから、他人に感謝されることがなかったので、お礼を言われると恥ずかしくなる。
そしてどう返してよいのかわからない。
結局曖昧な笑みを浮かべて終わってしまった。
「親子っていいよね」
スターレットがポツリと言うが、こちらもどう返してよいのかわからない。
「そうだね」
と言うのが精一杯であった。
冒険者ギルドに帰ってきたので、今度は間違えた原因を、心理的な変化以外から探っていく。
「ミゼット、どうしてポーションを運んだの?」
「検査が終わっていると思ったから」
ミゼットから返ってきた答えは当然のものであった。
検査が終わっていると勘違いしなければ、ポーションを運搬はしなかっただろうな。
「どうして終わっていると思ったのかな?」
「検査員のエルガミオが居なかったので、仕事が終わって休憩していると思った。エルガミオはいつも仕事が終わるとどこかに行ってサボってるの」
作業員に問題があるな。
親方に言って、とっちめてもらおうか。
「ポーションに検査済みの表示はあった?」
「なかった。あっても字が読めないけど」
ここまでで、原因がつかめた。
これは工場でもあり得ることだ。
部品を組み付ける工程なら、部品がなければ加工前だとわかるが、検査工程などでは見たか見ないかは作業した人間にしか判らない。
なので、今回のような工程飛びは常に起こる可能性があるのだ。
原因がわかったので、後は対策だな。
こういうのは識別表示が必要だ。
今回で謂えば「検査前」「検査後」の表示さえあれば防げたはずだ。
後はミゼットでもわかる工夫が必要だけどな。
識別用の看板を色で分けるなら赤はNGなので使えない。
検査前を黄色にして、検査後を緑色の表示にするか。
ルールがローカルルールにならないように、壁に識別看板の意味を書いておく。
文字が読める作業者がこのルールを、新人が入ってきた時に教えてやればいい。
今いる作業者が全部入れ替わっても、これならルールがわからなくなることもない。
朝礼で毎回確認してもいいかな。
「緑の看板が付いているやつを売店に持っていくんだよ」
「うん」
ミゼットはルールを理解したようだ。
検査員のエルガミオにもルールを伝えて理解してもらっているので、今後は問題が起きないはずだ。
なお、エルガミオはサボっているのが親方にばれて、こっぴどく怒られた。
「でもなー」
俺は気になったことがあった。
親方、ミゼット、スターレットはそう呟いた俺の顔を見る。
「なんだよ」
親方はしびれを切らして俺に訊いてきた。
「ほら、親方が言ってたじゃないですか。ミゼットは親が病気だからここで働いているって。今回治療したから、そもそも働く理由がなくなったかなって」
小さな子供が働くことにどうしても抵抗がある。
だが、
「ここで働きたい」
ミゼットが必死に訴えてきた。
本人の希望ならしかたないか。
まあ地球の常識は、こちらの非常識ってことで、親方がいいなら雇用継続でもいいんじゃないかな。
「私、もっと仕事して、もっとお金を稼ぎたい」
「人間適度がいいんだよ」
ミゼットの頭を撫でてあげたが、彼女は俺の言わんとすることを理解できずに、ポカンとしている。
なんにしても一件落着だ。
親方とミゼットと別れて、スターレットと食事に行くことにした。
何せ対策のために動き回っていたから、昼食を食べていなかったのだ。
冒険者ギルドから出ると、遠くの山が暮靄に霞んでいた。
「流石アルトよね」
腕を組んできたスターレットが笑顔になる。
「何が?」
「ミゼットのミスを対策するどころか、お母さんの病気まで治しちゃうんだから」
「偶々だよ」
そう、偶々前世でやった対策に似ていただけだ。
それに、治療は運良く作業標準書があっただけ。
「そんなことないって――」
そこでスターレットの視線が前方を見たまま固まる。
「パブリカ先生……」
見ると初老の女性が浮浪児に炊き出しを行っていた。
品質管理レベル26
スキル
作業標準書
作業標準書(改)
温度測定
硬度測定
三次元測定
重量測定
ノギス測定
輪郭測定
マクロ試験
塩水噴霧試験
振動試験
引張試験
電子顕微鏡
温度管理
レントゲン検査
蛍光X線分析
シックネスゲージ作成
ネジゲージ作成
ピンゲージ作成
ブロックゲージ作成
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リングゲージ作成
ゲージR&R
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