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45話 火花試験 中編

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「ここね」

 ソレントの商会は倉庫街にある。
 輸入した鉱石や鋼材を倉庫で保管し、デボネアなどの客に卸しているのだ。
 個人商店であり、使用人はいないとデボネアは言っていたな。
 つまりは、使用人が誰かに買収されている可能性を調べる必要が無いという事だ。
 ソレントだけに確認すれば済むのは楽でいいな。

「踏み込むわよ」

「今日は話し合いに来ただけですよ」

 鼻息の荒いシルビアに釘を刺す。
 手荒な真似前提なのは勘弁してほしい。

「ごめんください」

 声をかけて中に入る。
 ソレントだと思われる中年の男がいた。
 一瞬、ビクッと震えるのが見えたが、そんなに悪い人相をしていただろうか?
 シルビアが放つ暴力のオーラが原因かな?

「どのような御用件でしょうか?」

 ソレントはすぐに笑顔を作り、こちらに対応してきた。

「こちらで扱っている材料についてお聞きしたいのですが」

「ご新規のお取引でしょうか?」

「いや、デボネアの工房に卸した材料のこと――」

 俺の言葉をソレントが遮る。

「奴らの仲間か?」

「奴ら?」

 デボネアの仲間と言えなくもないが、デボネアが徒党を組んでいるのは聞いたことが無い。
 いや、俺の知らないところではやっているのかもしれないが。

「その様子だと違いそうだな。すまん」

 俺の反応を見てソレントが謝ってきた。
 何か事情がありそうだな。

「訳ありの様ですね。よければ話してもらえませんか。こちらとしてはデボネアの所に納入された材料について、異材が今後も納入されると困るのですよ」

「しかし……」

 俺の提案に難色を示すソレント。
 簡単には言えないという事か。

「私たちは冒険者ギルドの職員です。依頼主からの情報には守秘義務が発生します。依頼の持ち込みだけでもそれは一緒ですから安心してください」

「本当か?」

 スターレットは違うのだが、まあそれは黙っておこう。
 選別時に不良を出したメーカーを客先に連れていくときに、自社の作業服を着せるようなものだ。

「実は、持ち込んだ鋼材を卸さないと家族に危害を加えると脅されているんだ」

 ソレントの口から出たのはそれだった。

「どうしてそんなことを?」

 スターレットが不思議そうにするので、俺は説明した。

「多分、他の工房の評判を下げて、武器防具の供給を独占しようとしているんだろうな。ソレントの商会以外から買っている工房のどれかは黒幕の息がかかっているはずだ」

 迷宮都市なので、冒険者の使う武器防具の需要は旺盛だ。
 それを独占出来たら利益も大きいだろう。
 だが、脅迫してまでとなるとかなり荒っぽいな。

「脅迫している相手はわかっているの?ライバルの工房とか商会とか」

 シルビアがグイっと前に出ると、ソレントは一歩後ろ下がった。
 そして首を横に振る。

「相手はわかりません。ただ、いつも材料を運んでくるのです。『これを卸せ』って言ってね。丁度今日がその日だったので、あんたらも仲間なのかと思ったんだ」

「そういうことですか」

 事情はわかった。
 乗り掛かった舟というか、発生源対策の深堀りをしていくなら、これを解決しないとダメだな。
 異材納入>異材としっていた>脅迫されていた
 というなぜなぜ分析が出来上がる。
 真因の対策をする為には脅迫を取り除かねばならない。

「ここでその脅迫している連中を待ちましょう」

 俺がシルビアとスターレットを見ると、二人とも頷いた。

「か、勝てるんですか?」

 ソレントは怯えている。

「大丈夫ですよ」

 俺はそう言ってソレントを安心させた。
 そして待つこと1時間、材料を積んだ荷車と護衛が倉庫にやってきた。

「あれ」

 俺はその相手を見て驚く。
 前回戦った護衛の男がいたからだ。

「またお前等か」

 相手も気が付いたようでそう言ってきた。

「また?」

 相手を見たことが無いスターレットが俺に訊く。

「ほら、話していた密売組織の黒幕を護衛していた奴だよ」

 そういうと、スターレットの顔に緊張が走った。
 そりゃそうか。

「何故こんなことを!?」

 と訊いてみた。

「実力で口を割らせてみたらどうですかね」

 相手はいやみったらしく、ニヤリと笑う。
 完全になめられているな。

「ラティオさんがいれば安心だぜ」

 荷車を引いていたうちの一人が、護衛の名前を言った。
 本名かどうかわからんが、ラティオというのか。

「名前を出すな!」

 ラティオが怒鳴ると同時にラティオの名前を呼んだ男の頭が首から胴と離れた。

「名前を知られたからには、全員生きては返さん。ソレントも既に用済みだしな」

 ラティオはこちらに向き直ると、冷徹な笑みを浮かべて笑う。
 液体窒素保管タンクから放たれる冷気の用な冷たさが突き刺さる。
 夏はタンクの回りについた氷を剥がして、飲み物を冷やしておくのだが、今はそんな雰囲気ではないな。

「あの男以外は大したこと無さそうね」

 シルビアオーリスは言葉に首肯した。
 相手は全部で4人。
 荷車を押してきたのが4人だったが、先ほど1人が斬り殺されたので、現在はその人数だ。
 ラティオを抑えればこちらの勝ちだな。

「俺がやりますから、シルビアは2人を守ってくださいね」

 俺はそういうと、オリハルコンのピンゲージを作り、ラティオと向かい合った。

「アルト!」

 スターレットの悲痛な叫び声が合図となり、お互いに踏み込む。
 踵で蹴った地面から土埃が舞うと同時に決着はついた。
 ラティオの持っていた剣は折れ、気絶したラティオが顔から地面に倒れ落ちる。

「嘘でしょ、白金等級よ……」

 シルビアが驚きを隠せない。

「弱い?」

 スターレットもやっとのことで絞り出した言葉がそれだった。
 他の者は言葉もでない。

「あんた、なんのスキルを使ったのよ?」

 シルビアが倒れているラティオに駆け寄り、ロープで体を拘束しながら訊いてきた。

「作業標準書通りですよ」

「そんなはずないでしょ。前回も作業標準書のスキルを使ったけど勝てなかったじゃない」

 納得いかないシルビアが、ラティオを縛り終わると俺の両肩を掴んで、ギリギリと締め付けながら質問してきた。
 痛い。

「そうですね。前回の作業標準書じゃ駄目でしたね。でも、作業標準書は改訂できるんです」

 これは前世では当然のことであった。
 不良が出たら改訂するのは当たり前だが、作業観察時に作業者が作業標準書と違うことをしていた時に、作業者と作業標準書のどちらが正しいかを判断し、改訂を加えることもあるのだ。
 普段から作業している方が優れている事って多いからな。
 だから、改訂がされないまま数年経っている作業標準書は、管理者がしっかり見ていない可能性もある。
 そして、俺の持っているスキル、【作業標準書(改)】も、作業標準書を改訂出来るのだ。
 訓練所で試しに使ってみたが、今までよりも動きが良くなった気はしていた。
 自分で自分を評価するのは、品質管理的に認められないので、こうして白金等級の相手に勝つまでは過信しないようにしていたが。

「それはわかったわ。そうなると、ジョブに関係なくどんなスキルも使える上に、白金等級を越える効果を発揮出来るってことよね。その気になれば世界を征服出来るわよ」

「アルト、やるの?」

 シルビアの言葉に、スターレットが俺の方を恐る恐る見る。

「やらないよ。そんなに作業標準書を作りたくないし」

 俺の言い訳は品管特有だな。
 管理する文書が増えて良いことなんてひとつもないとはいえ、世界征服と天秤にかけたらどうだろうか。
 それでも面倒なのでやらないというのが、俺の答えなんだけど。

「他の連中も縛るわよ」

 シルビアにいわれるまで、他の連中の存在を忘れていたよ。
 縛る手を止めずに、シルビアがどうやって倒したのかを訊いてきた。
 早すぎて見えなかったそうだ。

「お互いに得物を振り下ろしてぶつかったんだけど、こっちはオリハルコンだから、相手の剣が折れたんだよね。で、打ち込む隙が出来たから、鳩尾にピンゲージの突きをくらわせて気絶させたんだ」

「それ、オリハルコンなのか……」

 ソレントが地面の上に転がしてあるピンゲージをみて驚いた。
 男たちを縛るのに、ピンゲージを持っていると邪魔なので、地面に転がしておいたのだ。
 すごく物欲しそうに眺めるソレント。
 それもそうか。
 オリハルコンなんていう伝説の鉱物の完全体が目の前にあるのだ。
 これだけで子孫三代は遊んで暮らせるだろう。

「この事は内密に。あなたがこれを手に入れたとしたら、入手先を聞き出すために、手荒な真似をするやからが出てくると思いますので」

 と釘を刺した。
 俺も狙われると面倒だしね。
 そんな会話をしていると、後ろでシルビアの拷問……
 尋問が終了し衛兵につき出そうということになった。
 ソレント商会を残して4人を連行した。
 死体と一緒に衛兵を待つソレントの嫌そうな顔が印象的だな。
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