世界樹を暴走させたマッドサイエンティスト、死刑だけは嫌だとごねる!

アメノヒセカイ

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六章 魔王軍

28話:姫の責任

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 オシュテンがいなくなった広間は比較的落ち着いていた。
 オシュテンは魔族のスパイが傭兵を殺してなり替わっていたことを指摘していて、バオム国にはまだまだ魔王軍のスパイがいる可能性があること、スパイを通して魔王軍に情報が洩れていることを話していた。
 ラメッタは顔色を悪くしているディーレのために一緒にタルトを作ろうと提案する。

「クレーエン。おやつを作りに行く、代わりにスパイを見つけたときにどう対処するか相談してほしい」
「分かったよ、ラメッタ」

 クレーエンはつまらなさそうに答える。
 好戦的なタイプであるが実践が好きなだけで計画を練るのは好きではないのか?
 それとも、本来はディーレが仕切るものと認識していて面白くないと思っているのか。

 ラメッタは台所にある手の平よりは二回りほど大きい魔道具へ果物を皮ごと入れる。
 蓋を占めるとウィーンと音を立てたり、水が噴射するような音が聞こえたり、ゴトゴトと塊同士が衝突するような音がする。それから魔道具が熱くなって湯気をもくもくと出し始める。甘い香りがいっそう強くなると蓋を開けた。

 どろっとした液体と、時々大きな果肉の塊が見える。

「タルトの生地はまだあるからの。わしは食料問題はまだ完全に解決したとは思っていない」
「でも飢えることはほとんどなくなりました」
「それは分かっておる。でも美味いものが少ない。そこを埋めてこそ、真の食料問題解決となる。本当はエアデ王国を中心に積極的な貿易をしたいところじゃが、まだ危険地帯と思われているじゃろうし魔族のスパイがいるなら強ち間違っておらんし」

 ディーレは苦そうな顔をする。バオム国を平和と呼ぶにはまだまだ足りないものばかりだ。

「前に散歩したときにミルクの元となる動物を見つけての。今はわしが管理しながらじゃが、どうしてもミルクの量が極端に少ない。美味しいものを作りたいならもう少し欲しいんじゃがな。砂糖は量産しておるが」
「砂糖たくさん手に入るのはいいですよね」
「クレーエンに言われたからの。紅茶に尋常でない量の砂糖入れて飲むなら栽培しろって。悪いとは思ってたからの。そういえば魔道具を作るための素材と魔法薬用の薬草なども欲しいが。オシュテンからもらうか。粗悪品があると言っておったし」
「ラメッタ様、楽しそうです」
「申し訳ない、つい」
「ラメッタ様の好奇心がバオム国を導いています。スパイについてはショックが小さくありませんが、ラメッタ様にこの状況で楽しそうにするななんて言いません。感謝しかないです」

 ラメッタは照れ臭そうにして、冷蔵庫(魔道具)からタルト生地を取り出す。
 事前に作っておいた生クリームと、先ほど作った果物のソースをディーレに渡して。
 嬉しそうに配置するのだった。
 包丁で切って小皿に分ける。
 どっしりと詰まったタルトを広間に運んだ。

「クレーエン様、わたくしを守ってくださるのでしょう? スパイをすべて相手にするのは危険すぎます。無防備すぎます。わたくしが。クレーエン様がいない間わたくしはどうやって危機を乗り越えたらいいんですか?」

 ラメッタはディーレの表情が恐ろしいことに気づく。
 ぴくりと眉が動いていた。愚かにもクレーエンに擦り寄る妹を見て、殺意に近い目線を向け、少し離れたラメッタにも聞こえるような歯ぎしりが一つ、二つと響いて。

「ねえ、ベリッヒ」
「あー、ディーレ姉。タルト美味しそうですわね、オホホホホ」
「誤魔化さないでください。何をしていたのですか? クレーエン様に守ってもらいたいなんて」
「それはもう約束しました!」
「ベリッヒ」
「なんですかあ」
「私はベリッヒのこと情けないって思ってます」
「ディーレ姉、情けなくて臆病だったら生き残れるのであれば、わたくしは一切の誇りを捨てることができます。ディーレ姉のように立派ではないので」
「そうですか、分かりました。私はもう口を利きませんから。もし私が危険だから逃げた方がいいという情報を手に入れても引きこもりのベリッヒには教えません。むしろ城に置いていくことで囮にします。いいですね?」
「話が違う。いいわけないのに! でもわたくしに姫らしく身を投げろはできませんから」
「なら」

 なら、姫をやめろ。と言い切る前に、ラメッタがディーレの手を握る。
 ディーレが動かせない手は、ベリッヒを傷つけるためのものだった。
 ラメッタは弱く、ディーレでも簡単に振り払えそうだが。
 冷静になって脱力する。ラメッタは力が抜けるのを感じて手を離した。

「私は、ちょっと頭を冷やしてきます。タルトはみなさんで先に食べていてください。私の分を食べてしまってもいいですよ」
「ディーレ、待て」
「ラメッタ様、私はスパイがいたことがショックみたいで、つい嫌なことを言ってしまうので。私は一人になって反省します」
「わしも付いていく」
「少し寝てきます」
「ディーレ、おぬしがスパイ問題を防ぐことができたとは思えない」
「ですよね」
「そうでなくて。わしであってもオシュテンであっても防ぐことができなかった。だからここからが腕の見せ所じゃ。どれだけ悔しかろうと、姫としての技量はここからじゃぞ」
「そうだとしても私は、私は悔しい」
「わしもじゃな。だから一緒にタルトを食べながら作戦を考えよう。そして疲れたら一緒に眠ろう。ディーレ姫、落ち着け」

 ディーレは深々と頭を下げると席に戻った。

 タルトを食べてもディーレは悲しそうに俯いている。
 作戦はほとんどラメッタとクレーエンで決めてしまった。
 基本的には怪しい人間がいればクレーエンに知らせることになった。また、ラメッタの考えとして、オシュテンが捕まえた魔族で実験を重ねれば魔族探知機なるものも作れるらしい。
 ディーレはクレーエンとラメッタの負担が大きい作戦に納得がいっていないようだが、諦めたのか口を開かない。

「ディーレ姫?」
「いえ、大丈夫ですよ?」

 無理やり作った固い笑顔を見る。
 ラメッタは胸がずきりと痛んだ。
 ディーレは長女だからか責任感が強い。
 スパイのことでどれほど病んでしまうのだろうか?
 ラメッタは心配をする。
 ラメッタが心配をしたからか、ディーレはクレーエンに話しかけて作戦会議を進めていた。
 その横顔は真剣で、しっかり者のディーレの本調子にも見える。
 誤解してしまうほどいつも通りだった。
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