しずかのうみで

村井なお

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第五章 自分にできること

29.修行、修行、とにかく修行

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 こういうとき、みちるさんは決して嘘をつかない。

 翌日は本当に目いっぱい罰ゲー、じゃない修行をしてすごした。

 朝はみずうみでみそぎをした。

 禊というのは水で体を浄める祭祀だ。
 白衣はくえと袴の下に水着を着て、みずうみの浅瀬に立って、三人向かい合って円陣を組む。
 そして祝詞のりとを唱えながら、手桶でくんだ水を頭から一気にかぶる。

 夏だったら気持ちいいだろうね。
 今は三月だから死ぬかと思ったけどね。

 その後は神札みふだ書きだ。
 神札というのは、きよめた和紙に墨と筆で文字や絵を記したお札のことだ。
 神仕かむつかえが神通力で神業みわざをあつかうのと同じで、お札に宿らせた神通力をとおして奇跡を起こす。

 何が大変って、この神札、神手かむてで書かないといけない。
 神手は現世での利き手とは逆だから、全然思ったとおりに動かせない。
 わたしは左手で、のどかは右手で筆を持ち、複雑な文様をお手本どおりに何枚も何枚も描いた。
 終わった後は左手がぷるぷる震えて、お茶碗を持つのにも苦労した。

 お昼ごはんを食べた後は、ひたすらに挙措きょそ修練にはげんだ。
 祭祀には決められた手の動き、足の運びがある。
 それが挙措だ。
 挙措にも祝詞にもいろいろと意味があるらしい。祝詞に合わせて肉体を正しく動かすのが大事なんだとか。

 例えば、御解みほぐしの挙措と祝詞はこんな感じ。

 人さし指と中指だけを伸ばして、薬指と小指は親指を押さえるように握る。
 これが沼矛印ぬぼこのしるし
 二本の指で神気を切るイメージだ。

 沼矛印を握ったら、祝詞に合わせて神気を切る。

生魂いくたま 足魂たるたま 玉留魂たまとまるたま!」

 足の運びについては省略。正直、覚えきれませんでした。

「この沼矛印って、もしかして天沼矛あめのぬぼこのこと?」

 と、修練中にのどかが質問した。

「ええ。よく知ってるわね。そう、国産みの神話よ」

「くにうみ?」

 何それ? 初耳なんだけど。

 わたしが首を傾げていると、のどかが教えてくれた。

「日本という国の始まりを伝える神話だよ。伊耶那岐命いざなぎのみこと伊耶那美命いざなみのみことが天沼矛でうみをかき混ぜて、日本列島をつくったのが国産み」

「かきまぜることで、うみに満ちていた神気を一度御解しして、そのうえで国土を練りあげたのね。だから沼矛印は、御解しのときにつかうわけ」

 と、みちるさんが説明をおぎなった。

 この手の形がそんなすごいものだとは。うーん。実感がわかない。

「……そういえば、わたし挙措とか祝詞とかてきとうでも魂鎮たましずめできたけど」

「でしょうね。挙措も祝詞も、神業をもちいるのに絶対必要になるわけじゃないから」

「え。大事ななことなんじゃないの?」

「大事は大事よ。挙措や祝詞というのは、神通力を発揮しやすくするために編みだされた作法なの。神通力というのは結局のところ気持ちの問題だから、動作がてきとうでも発揮はできる。でも、作法にのっとったほうが効率がいいわけ」

「なるほど。覚えておいて損はないのね」

「それにね、神業はともかく、儀式としての祭祀にはやっぱり作法が必要なのよ。祭祀というのは神さまに捧げるもの、そして人のためにおこなうもの。神さまも見ている人も、てきとうな動作じゃ納得できないでしょう」

 ということで、わたしたちは拝殿でみっちりと挙措と祝詞を叩きこまれた。

 いや、すりこまれた。何度頭がい骨を握られたかわからない。

 目いっぱい修行の『修行』には、もちろん神社でのお勤めが含まれる。
 掃き掃除に拭き掃除、参拝者のみなさんをお迎えして、授与所に出て。

「お勤めをとおして、人や土地とのつながりを深めるの。これも修行の一環よ」

 みちるさんにかかれば、何でも修行になるみたいだった。
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