しずかのうみで

村井なお

文字の大きさ
54 / 59
第十章 二人ならできること

54.神のつるぎ

しおりを挟む
 みちるさんとお父さんが帰ってきたのは、それから間もなくのことだった。

 拝殿からはって出ようとしているわたしをつかまえ、中で倒れているのどかを見たみちるさんは、すぐに状況を把握したようだった。

「……嘘でしょ」

 拝殿の戸に貼られたままの神札みふだをはがし、みちるさんはそうつぶやいた。

 それからお父さんはのどかをふとんに寝かせ、みちるさんはわたしから何があったかを詳しく聞きだした。

「この糸の先に、ニオがいる。早く行かなくちゃ」

 立ち上がれるまでに回復したわたしは、すぐにでも黄泉醜女よもつしこめを追おうとした。

 しかしみちるさんは許してくれなかった。

「もうわかってるでしょう。今のしずかの力では、どうしようもできない」

「そんなのわかってる! でも、ニオが!」

「ええ。だからわたしが行く」

 みちるさんはそう言ってうなずいた。

「黄泉醜女からニオを取り戻して、それからすぐ嵐を御鎮みしずめするわ」

 みちるさんが拝殿の戸を開けると、外はいつの間にか暗くなっていた。

 日が沈んでいるだけじゃない。夜空は黒い雲におおわれている。
 ときおり光る稲光が、雲の姿を照らしている。
 ごご、と何かがきしむ音がする。
 その音は聞いたことがある。
 大地ではなく、空が揺れている音だ。

「間にあうの?」

 どう見ても、嵐はすぐそこにせまっている。

「間にあわせるの!」

 みちるさんが一歩を踏みだそうとしたそのとき。

「無理ですよ」

 と、姫神さまが本殿から姿を現した。

「すぐにでも御鎮めにとりかからないとです」

「でも!」

 みちるさんが責めるような声をあげる。

「みちるちゃんこそ、わかっているでしょう」

「……っ」

 みちるさんは声にならない声を出し、その場で足を止めた。お父さんがその背中にそっと手をそえる。

「しずかちゃん、のどかちゃん」

 と、姫神さまはわたしとのどかに向き直った。

「ごめんなさい。帰りがこんなに遅くなって……」

 そう言って姫神さまは、悲しそうな顔をしてうつむいた。

「神さまは万能ではないのです。人々の願いの全てをかなえることはできません。期待を裏切り、うらまれ、軽んじられるのには慣れているですよ」

「……姫神さま」

 その泣きそうな顔を見てしまったら、何も言えない。

「神仕えとは損な役まわりです。こうして神さまが万能ではないことを目の当たりにし、その言い訳まで聞こえてしまうですから」

 姫神さまがのどかのほほにふれると、苦しそうにゆがんでいた表情が少しやわらいだ。

「きみたち神仕えは、神さまから力を借りているです。その力は、神さまに頼らず、自分の手で自分の願いをかなえるためにあるですよ」

 そして姫神さまは手を伸ばした。

 本殿から飛んできた剣がその手に収まる。

「本当に、損な役まわりです」

 姫神さまが剣を差しだす。

 わたしは、それを神手で受けとった。

「姫神さま!」

 みちるさんが叫ぶ。

「その子を行かせるのは……!」

「しずかちゃん。抜いてみてくださいです」

 姫神さまはみちるさんの言葉を聞かず、わたしに言った。

 言われたとおり、さやから抜いてみる。

「……うわ」

神器かむたから布都御魂剣ふつのみたまのつるぎです」

 刀身から柄まで、全長一メートル弱くらい。日本刀みたく反っているけど、刃は逆に内側についている。

「別名は十握剣とつかのつるぎ。こぶしを十個並べた長さだからです。太古の昔、天より降った流星を鍛えてつくられたです。『ふつ』というのはものを断ち切る音、『みたま』は言わなくともわかるですね。歴史の黎明れいめいたる神代かむよより今にいたるまで、現世うつしよにはびこる呪縛を断ち切り、荒ぶる御魂を鎮めてきた神器です」

 手に持っているだけで、この祭具の意味がわかる。

 あらゆるものをあるべきところに返すための刃。

 手の中に千年分の宇宙があるみたいな重み。

 わたしの腕力ではとても振れないはずなのに、剣は思ったとおりに動いてくれる。

 布都御魂剣はわたしに求めている。

 力ではなく、意志を求めている。

「借りちゃっていいんですか? 姫神さまのご神体なんですよね、これ」

「全然オッケーです。この布都御魂剣の神通力なら、魂祓たまはらえも十分こなせるはずです」

 いつの間にか、みちるさんがそばに立っていた。

「みちるちゃん。心の整理はついたですか」

「……わかってはいるんです。みずうみとニオちゃん、両方をとるためには、しずかを行かせるしかないと」

「子どもの冒険を見守るのが親の御役目ですよ。神さまのできること、ご利益は壁の板きれに書かれてます。でも人のそれはどこにも書かれてませんです。だから、」

「自分にできることは、自分でさがしに行くんですね!」

 わたしが言いきると、姫神さまは「ぼくのセリフ……」と口をとがらせた。

 みちるさんはわたしたちを見てため息をついた。

「のどか。起きてるんでしょう」

 と、みちるさんが掛ぶとんをはぎ取る。

「……バレた?」

 と、のどかが舌を出して身を起こす。

「だいじょうぶなの?」

「まあね。横になって、回復した」

 そう言って立とうとしたのどかは、やっぱりふらついてわたしにもたれかかってきた。

「ダメじゃん!」

「ダメじゃないよ」

 のどかは青ざめた顔で笑ってみせた。

「のどか。ちゃんとしずかについて行くのよ」

「ちょっと、みちるさん!」

 みちるさんはわたしの抗議を無視して、のどかを見すえた。

「置いていかれると、ずっと後悔するからね」

「知ってる」

 そう言ってうなずくのどかを見て、わたしは説得をあきらめた。

 この顔は、絶対言うことをきかないときの顔だ。

「みんな、お父さんのことも忘れないでほしいな」

「あ」

 そういえばお父さんには姫神さまが見えていないし、その言葉も聞こえていない。完全に置き去りだ。

「すみません、浩次さん!」

 みちるさんがあわててあやまる。

「話は決まったんだよね?」

「「うん!」」

 お父さんは笑顔を浮かべて、車のキーを掲げた。

「じゃあ、行こうか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

ホントのキモチ!

望月くらげ
児童書・童話
中学二年生の凜の学校には人気者の双子、樹と蒼がいる。 樹は女子に、蒼は男子に大人気。凜も樹に片思いをしていた。 けれど、大人しい凜は樹に挨拶すら自分からはできずにいた。 放課後の教室で一人きりでいる樹と出会った凜は勢いから告白してしまう。 樹からの返事は「俺も好きだった」というものだった。 けれど、凜が樹だと思って告白したのは、蒼だった……! 今さら間違いだったと言えず蒼と付き合うことになるが――。 ホントのキモチを伝えることができないふたり(さんにん?)の ドキドキもだもだ学園ラブストーリー。

アリアさんの幽閉教室

柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。 「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」 招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。 招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。 『恋の以心伝心ゲーム』 私たちならこんなの楽勝! 夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。 アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。 心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……?? 『呪いの人形』 この人形、何度捨てても戻ってくる 体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。 人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。 陽菜にずっと付き纏う理由とは――。 『恐怖の鬼ごっこ』 アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。 突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。 仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――? 『招かれざる人』 新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。 アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。 強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。 しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。 ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。 最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

処理中です...