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愛とオルゴール
15. 金色の瞳
フォンテーヌ伯爵は思ったより普通の方に見えた。
見た目は、物静かな学者様かなにかのような風貌といった感じで、かなり整った容姿の方だった。
「娘が迷惑をかけて申し訳なかったね」
「いえ、わたくしのほうはそれほど。こちらこそ、大変な事になってしまって」
落ち着いた声も全然不快ではない。
「いや、突然よく知らない者に屋敷に押しかけられたのだからずいぶん驚いただろう。
本当にすまなかった。
しかも、一方的に訳のわからない主張を聞かされたんだ。あれにはよく言い聞かせてあるから、もう二度と貴女方を煩わせることはないと約束するよ。
それに、あれの処遇について貴女が罪悪感やなにかを感じる必要は一切無い。それだけのことを仕出かしているのだと捨て置いてほしい」
「そう、ですか」
フォンテーヌ伯爵は淡々とそう言った後、少しの間、私を見つめたまま沈黙した。
私がその沈黙に耐えきれず、叔父のほうを見ようとしたちょうどその時、伯爵がまた話し出した。
「君は」
「はい」
「その、何か他に困ったことなどないかい?」
「困ったこと……ですか?」
今、とても困っています、と言ったらこの人はなんと答えるのだろう?
「例えば、結婚の準備で何か足りないものがあるとかそういうことがあれば力になれることもあるかと思ってね。
実は、今回の詫びもかねて婚約の祝いとして何か贈らせてもらえればと思っているのだが、どのようなものが良いか考えあぐねていたんだ」
「そんな、どうぞもうお気になさらないでください」
私は今度こそ助けを求めて叔父を見た。だが、叔父は私から視線を外して言った。
「私もそう言ったのだが、ザカリーのほうの気が済まないということなんだ。ジェシカ、何かないだろうか」
「何か、と言われても」
叔父様のこの態度は何?! 全くあてにならないのだけれど。それに、なんというか……やっぱりおかしい。
「そうですわね、でしたら、そう、異国に渡られるということを叔父から聞いておりますので、何かこの国にはないような珍しい小物などを見つけられたら、それを贈って頂くというのはどうでしょう?」
私の言葉にフォンテーヌ伯爵は初めて笑顔を見せた。笑うと気難しいそうな雰囲気が消え、少し若く見えた。
流石は恋の噂の持ち主だ。
きっと今でも伯爵に熱を上げる御婦人がいるのだろうな、と思わせるような微笑み。
だが、何を思ったか伯爵が口を開く前に叔父が声をあげた。
「ああ! それはいいんじゃないか? 身に着けるものというわけにはいかないから、異国で使われている実用的なものでもいいし、飾って楽しむようなものでもいいしな。うん、それがいい。
ジェシカは机やなにかに飾るようなものが小さいころから好きだったよな。
まだほんの子供の頃の誕生日にまだ早いというのに香水の瓶や宝石箱なんかを欲しがっていたのを思い出すよ」
「あれは」
叔父の言葉に思わず言いかけてやめた。
あれは、お母さまがそういうものにだけ優しい眼差しを注いでいたからだ。
お母さまが私達には決して向けることのない愛し気な仕草でそれらに触れていたから。
だから私もそういう物を持ちたかった。そうすれば、お母様に少しは近づけるような気がしたから。
でも、違った。
アンソニーと出会って、彼から贈られたものを手にしてみて初めて、本当の意味で母の気持ちを理解できたのだと思う。
あの小物は母にとってただの物じゃなくて本当に大切な思い出のある品だったのだ。
母はあれらの品々というより、きっとあれを贈ってくれた人を愛していたのだろうと。
大人になった私はそう理解するようになった。
「そうか、貴女もそういうものが好きなんだね」
フォンテーヌ伯爵は、そう言ってまた微笑んだ。
「では、そうしよう。まだこの国の誰も手にしたことのないようなものを探して贈るから、楽しみにしていてください」
私達はそのあと互いに簡単な挨拶を交わして、伯爵が屋敷を後にするのを見送った。
なんてことのない時間だったと思う。
なぜ、この時間が必要だったのかわからないような。
だけど、私の中で些細な符号が合わさっていくような感覚があった。
伯爵の瞳の色は光の加減によって黄金にも見える珍しい色あいだった。
そして母のオルゴールは金色とエメラルドグリーンが混じり合い、絡み合った見事な細工がされていた。
もしかするとあのオルゴールは伯爵が母に贈ったものだったのではないだろうか。
伯爵と母は恋人同士だったけれど、悲劇の恋人の登場で別れることになったのかもしれない。
だから母は父との政略結婚に何も望んでなかった。母の愛はずっと伯爵の元にあったから。
だけど、なぜ“今更”伯爵はネイサンを婿養子に望んだり、私に会って謝罪したいなんて言ってきたのか。
どうして叔父や父は伯爵に過剰に配慮したり、遠慮しているように見えるのか。
そして、何度も向けられた、私を通して誰かを求めているようなあの視線。
フォンテーヌ伯爵は母と別れたことを後悔したのかもしれない。
一時は悲劇の恋人を愛していたけれど、本当に愛していたのは母だったと気がついたとか?
そうだとすれば、母の気持ちも報われるのだろう。だって、母のほうは他に誰も愛さなかったのだから。
こんなことは、それこそ今更考えても仕方のないけとだけれど。
「叔父様、わたくし、幸せになりますわ。お母様のぶんまで必ず」
「ジェシカ」
叔父はかつてないほど情けない顔をしていた。
「さあ、わたくし、結婚式の準備でとても忙しいのですわ。帰りますわね。
それから、今日は叔父様のお願いを聞いて時間をとったのですから、伯爵家からとは別に個人的に結婚のお祝いを頂けると思ってよろしいですわよね?
あとで欲しい物をリストにして届けさせますからそれらをすべて叔父様からの贈り物として用意していただきたいわ。
もちろん、全てきちんと揃えてくれなくては駄目よ。品物が届くのを楽しみにしてますわね」
私は叔父の屋敷を後にし、家路を急いだ。
アンソニーから、伯爵と会ったら帰り道に公爵家に寄って欲しいと言われていた。
早く彼に会いたかった。会って彼に触れ、彼のぬくもりを感じたい。
そして、伝えるのだ。
私を愛してくれてありがとう、と。
ずっと、ずっといつまでも、貴方と一緒にいたい、と。
見た目は、物静かな学者様かなにかのような風貌といった感じで、かなり整った容姿の方だった。
「娘が迷惑をかけて申し訳なかったね」
「いえ、わたくしのほうはそれほど。こちらこそ、大変な事になってしまって」
落ち着いた声も全然不快ではない。
「いや、突然よく知らない者に屋敷に押しかけられたのだからずいぶん驚いただろう。
本当にすまなかった。
しかも、一方的に訳のわからない主張を聞かされたんだ。あれにはよく言い聞かせてあるから、もう二度と貴女方を煩わせることはないと約束するよ。
それに、あれの処遇について貴女が罪悪感やなにかを感じる必要は一切無い。それだけのことを仕出かしているのだと捨て置いてほしい」
「そう、ですか」
フォンテーヌ伯爵は淡々とそう言った後、少しの間、私を見つめたまま沈黙した。
私がその沈黙に耐えきれず、叔父のほうを見ようとしたちょうどその時、伯爵がまた話し出した。
「君は」
「はい」
「その、何か他に困ったことなどないかい?」
「困ったこと……ですか?」
今、とても困っています、と言ったらこの人はなんと答えるのだろう?
「例えば、結婚の準備で何か足りないものがあるとかそういうことがあれば力になれることもあるかと思ってね。
実は、今回の詫びもかねて婚約の祝いとして何か贈らせてもらえればと思っているのだが、どのようなものが良いか考えあぐねていたんだ」
「そんな、どうぞもうお気になさらないでください」
私は今度こそ助けを求めて叔父を見た。だが、叔父は私から視線を外して言った。
「私もそう言ったのだが、ザカリーのほうの気が済まないということなんだ。ジェシカ、何かないだろうか」
「何か、と言われても」
叔父様のこの態度は何?! 全くあてにならないのだけれど。それに、なんというか……やっぱりおかしい。
「そうですわね、でしたら、そう、異国に渡られるということを叔父から聞いておりますので、何かこの国にはないような珍しい小物などを見つけられたら、それを贈って頂くというのはどうでしょう?」
私の言葉にフォンテーヌ伯爵は初めて笑顔を見せた。笑うと気難しいそうな雰囲気が消え、少し若く見えた。
流石は恋の噂の持ち主だ。
きっと今でも伯爵に熱を上げる御婦人がいるのだろうな、と思わせるような微笑み。
だが、何を思ったか伯爵が口を開く前に叔父が声をあげた。
「ああ! それはいいんじゃないか? 身に着けるものというわけにはいかないから、異国で使われている実用的なものでもいいし、飾って楽しむようなものでもいいしな。うん、それがいい。
ジェシカは机やなにかに飾るようなものが小さいころから好きだったよな。
まだほんの子供の頃の誕生日にまだ早いというのに香水の瓶や宝石箱なんかを欲しがっていたのを思い出すよ」
「あれは」
叔父の言葉に思わず言いかけてやめた。
あれは、お母さまがそういうものにだけ優しい眼差しを注いでいたからだ。
お母さまが私達には決して向けることのない愛し気な仕草でそれらに触れていたから。
だから私もそういう物を持ちたかった。そうすれば、お母様に少しは近づけるような気がしたから。
でも、違った。
アンソニーと出会って、彼から贈られたものを手にしてみて初めて、本当の意味で母の気持ちを理解できたのだと思う。
あの小物は母にとってただの物じゃなくて本当に大切な思い出のある品だったのだ。
母はあれらの品々というより、きっとあれを贈ってくれた人を愛していたのだろうと。
大人になった私はそう理解するようになった。
「そうか、貴女もそういうものが好きなんだね」
フォンテーヌ伯爵は、そう言ってまた微笑んだ。
「では、そうしよう。まだこの国の誰も手にしたことのないようなものを探して贈るから、楽しみにしていてください」
私達はそのあと互いに簡単な挨拶を交わして、伯爵が屋敷を後にするのを見送った。
なんてことのない時間だったと思う。
なぜ、この時間が必要だったのかわからないような。
だけど、私の中で些細な符号が合わさっていくような感覚があった。
伯爵の瞳の色は光の加減によって黄金にも見える珍しい色あいだった。
そして母のオルゴールは金色とエメラルドグリーンが混じり合い、絡み合った見事な細工がされていた。
もしかするとあのオルゴールは伯爵が母に贈ったものだったのではないだろうか。
伯爵と母は恋人同士だったけれど、悲劇の恋人の登場で別れることになったのかもしれない。
だから母は父との政略結婚に何も望んでなかった。母の愛はずっと伯爵の元にあったから。
だけど、なぜ“今更”伯爵はネイサンを婿養子に望んだり、私に会って謝罪したいなんて言ってきたのか。
どうして叔父や父は伯爵に過剰に配慮したり、遠慮しているように見えるのか。
そして、何度も向けられた、私を通して誰かを求めているようなあの視線。
フォンテーヌ伯爵は母と別れたことを後悔したのかもしれない。
一時は悲劇の恋人を愛していたけれど、本当に愛していたのは母だったと気がついたとか?
そうだとすれば、母の気持ちも報われるのだろう。だって、母のほうは他に誰も愛さなかったのだから。
こんなことは、それこそ今更考えても仕方のないけとだけれど。
「叔父様、わたくし、幸せになりますわ。お母様のぶんまで必ず」
「ジェシカ」
叔父はかつてないほど情けない顔をしていた。
「さあ、わたくし、結婚式の準備でとても忙しいのですわ。帰りますわね。
それから、今日は叔父様のお願いを聞いて時間をとったのですから、伯爵家からとは別に個人的に結婚のお祝いを頂けると思ってよろしいですわよね?
あとで欲しい物をリストにして届けさせますからそれらをすべて叔父様からの贈り物として用意していただきたいわ。
もちろん、全てきちんと揃えてくれなくては駄目よ。品物が届くのを楽しみにしてますわね」
私は叔父の屋敷を後にし、家路を急いだ。
アンソニーから、伯爵と会ったら帰り道に公爵家に寄って欲しいと言われていた。
早く彼に会いたかった。会って彼に触れ、彼のぬくもりを感じたい。
そして、伝えるのだ。
私を愛してくれてありがとう、と。
ずっと、ずっといつまでも、貴方と一緒にいたい、と。
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