愛とオルゴール

夜宮

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愛とオルゴール

(間話)ザカリー 2

 あの男は私を苛立たせる天才だ。

 あの馬鹿な両親を止められる立場にいたのはあいつだけだったのに、見て見ぬふりをした挙句に最終的にはこちらを悪者にするとは恐れ入る。

 最愛の人とのあるはずだった未来を奪っておいて、押し付けられた妻が産んだ別の男の子供を可哀想だと思え?

 こちらはあわよくばと願って蒔いた餌に上手く魚が食いついた時点で厄介払いできたと思っていたら、またしても王家の介入で厄介者を押しつけられたのだということが何故理解できない。

 私はあの娘がどうなろうと何も感じないし何もするつもりはない。

 強いてあげれば、母親と同じことを、いや母親よりももっと性質の悪いことをやってのけようとしたことを聞いてそれみたことか、と思っただけだ。

 母子そろって救えない、と。

 それよりも私を動揺させたのは、奇しくもあの娘が選んだのがアンソニー=ブロアだったと言うことだというのに、あの男はアンソニーの恋人が誰なのか調べてもいないのか、はたまた聞いていても気にもしないでいられるのかわからないが、どちらにしても同じように救いようがない。

 それなのに私が持ちかけて頓挫した縁談の話までもちだすなんて、本気で一度くらい殴りつけてやれたなら少しは私の気も晴れたかもしれない。

 断れない理由があって参加した夜会で、私は彼女を見ることになった。

 あの頃の私の憎悪の対象であったはずの娘、ナターリアが他の男との間に産んだジェシカ=ロートレックを。

 ジェシカはナターリアに生き写しだった。私が出会った頃のナターリアそのものの娘。

 私はジェシカを通して再びナターリアへの純粋な愛情を取り戻したような気持ちになった。

 結果的に彼女を追い詰め、殺してしまったかも知れない愛憎の混じり合った思いとは違う幸せで満ち足りた美しい感情。

 あれは私の愛する人、私のために戻ってきた最愛の人の姿なのではないだろうか、と錯覚したくらいだ。

 だが、そんなことがあるはずがない。

 ジェシカはすぐに一人の男と踊り始めた。その男を見つめる様子はまるであの頃のナターリアが私を見ている時のようだった。

 私はその光景から目が離せなかった。幸せそうな二人の姿が忘れられなかった。

 切ないようなやるせないような、微笑ましいような、寂しいような混沌とした、しかし、ナターリアが亡くなってからはついぞ感じることのなかった、希望を抱かせるような沸き立つような感覚。

 だから、私の中にある考えが浮かんだ。

 もっと側でジェシカを見ていたい。私の娘だったかもしれないあの子を、ナターリアにそっくりな娘を飽きるまで見続けたい。

 それにはどうすればいいのだろう? そうだ、あの子には弟がいたはずだ。ナターリアが産まなければならなかったロートレック家の嫡男が。

 その子を私の義息子にするのはどうだ?

 ロートレック家には“幸いにも”もう一人息子がいるんだから。

 ジェシカは弟を訪ねてくることもあるだろうし、親族としての付き合いもあるだろう。そうだ、そうやってナターリアの子供達を私が大切に慈しみ、見守ってやるのだ。

 どうして、そうしてはいけない?

 私は理不尽に奪われた。取り戻そうとして何が悪い?

 しかし、私の熱病にかかったかのような浮かれた考えは当然ながら無理があった。

 もしも、相手があのロートレックだけならば、あるいは、私の思い通りになっていたかもしれないのだが。

「ネイサンは辛い思いをしてきた。あの子を支えているのはロートレック侯爵家を継ぐという誇りなんだよ。だから、頼む、あの子からその誇りを奪わずにいてほしい」

 かつて、弟のように思っていたダニエルからそう言われ、私はネイサンを諦めるしかなかった。私だってナターリアの息子をわざわざ不幸にしたいわけじゃない。

 何かネイサンの気持ちを変えられるようなものがあればよかったのだが、ダニエルの話を聞く限り、無理を言っても良いことにはなりそうもなかった。

 そして、ジェシカはあの時ダンスしていた青年、アンソニー=ブロアと婚約するのだという。何より本人達の気持ちは固いのだと。

 ダニエルは私がジェシカを女として望んでいるのではと疑っているようだった。

 そのことを気にやんでいるが流石に面と向かって私にそれを言うことはできなかったようだ。

 私はある条件をつけてから、疑心暗鬼になっている憐れなダニエルを解放してやった。

 ダニエルは昔から生真面目な男だった。彼は私達を引き離してナターリアをロートレックに嫁がせたことを悔やんでいて、その償いをしたいのだとも言っていたが、今更そんなことはどうでもいいことだ。

 彼のやったことはごく常識的なことだった。もちろん、当時の私は私達を取り巻く全ての者を恨んだ。今でも、王家の連中への嫌悪と復讐を誓う気持ちは薄れてはいない。

 しかし、ダニエルや彼の両親はただ、ナターリアを愛していただけなのだ。彼女が彼らを愛していたのと同じように。

 彼らとしてはあの状況で彼女を私の元へやるのには不安があって当然だった。

 そこに自己保身の気持ちがあったとして、今の私にはそのことを責める気持ちはない。

 それよりもダニエルの無言の問いかけの方が今の私にとっては問題だった。

 私はジェシカを得たいのか?

 そうだ、ともそうでないとも思う。私が愛しているのはナターリアだ。だが、ジェシカを見た私は、たぶん、無意識に彼女に惹かれた。

 それはジェシカがナターリアに生き写しだからであって、私が愛しているのは今も昔もナターリアだけなのだと言いきれれば良いのだが。

 似ている人を身代わりで愛することと似ている人に惹きつけられることの違いはどこにあるんだろう。

 私はナターリアを今も愛している。彼女の死が辛くてたまらないのと同時に、自分が少なからず彼女の死に影響を与えたに違いないと思うほど、それほどまでに彼女に愛されていたのだという甘美な思いがないとは言えないくらいに。

 これまでに彼女以外の女を欲しいと思った事はない。

 ただ、私は、あの日見たジェシカに強く惹かれた。だから引き返せない思いを抱く前にジェシカの前から消えるべきだろう。

 あの子の幸せを、娘を嫁に出す父親のような気持ちで祈ってやれるうちに。

 本当は、ナターリアが亡くなった時に一緒に逝くべきだったこの身を存えて何か良いことがあったのだろうか。

 私は時を経て二度失うことになっただけでは?

 この燻る思いを断ち切るにはいったいどうすればいいのだろうか。

 今度は私自身が略奪者になり、無理矢理にでもジェシカをこの腕に抱くという夢を現実にできれば、私の心は満足するのだろうか。

 いや、きっともう私には満ち足りるなんて感情を持つことはないのだろう。

 ならば欠けたまま、この手に二人の永遠の愛を抱えて生きていこう。

 ここではない何処かで。

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