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純真な恋人
06. 手にしたもの
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アニエスがぼんやりと見ている窓の外には、いつしか美しい庭を楽しそうに走り回る子供と、その子を慈しむように見守るクロードの姿があった。
クロードはその子供に溢れるほどの愛情を注いでいるようだ。
彼は子供とその母親をたぶんとても愛しているのだろう。
母親になったといっても、アニエスがクロードの息子であるレオンと触れ合う機会はほとんどなかった。
子供と交流したいというアニエスの希望は優しく拒否された。一顧だにされなかったと言ってもよい。
それでも諦め切れなかったアニエスは何度か屋敷の使用人やクロード本人を捕まえて申し出たり、偶然にでもレオンに会えるようにと屋敷を彷徨いたりしてみたが、エドワードからそのことを咎められてしまっては仕方が無かった。
歩けるくらいに育った頃から、姿を見ることくらいはできるようになったが、そのころには、アニエスの方にも他人の子供を可愛がろうという気持は無くなっていた。
聞くともなしに聞こえてきた話によると、レオンは完璧な乳母や教育係の手で大切に育てられているそうで、とても利発な子なのだという。
だからか、レオンは年上の王太子妃の子供たちにも気に入られてよく城にも遊びに行く。
アニエスはそのことをエドワードに問いかけたことがあった。
アニエスは既にエドワードと会うことに制限などなく、頻繁に彼に会い、共に過ごしているがエドワードの子供の王子たちと会うことはない。
王太子妃の産んだ愛する人の子に会いたいなどとは思っていなかったが、それとは別に、表向きはクロードとアニエスの子であるはずのレオンが王子たちと親しくするというのが気になったからだ。
「……レオンは将来、王子たちの側近になるんだ。ヴェルトナー伯爵家は元々そういう家柄だからね」
エドワードはそれ以上、その話はしたくないというようにアニエスを抱きしめた。
「私達はお互いを得ることができた。それで充分じゃないか? 私達の愛は守られたんだ。他の人間がどんな思いを抱き、何を得たのかなんてことは関係ない。私達は私達のことだけを考えればいい」
「ええそうね、きっとそう……」
そう答えながらもアニエスは違和感を感じずにはいられなかった。
何かがおかしい。
自分だけが知らされていない、何か重大な秘密があるのではないか。
アニエスにはどうすることもできない秘密が。
アニエスは窓の外で遊ぶレオンの姿をみた。
庭を元気に走り回り、幸せそうに笑っている子供はクロードによく似ていた。だが、それと同時に、大きくなるにつれ母親の面影を感じさせるようになってきたのではないか?
最近、王太子妃は体調を崩しているそうで公の場にはでていない。書類仕事などは体調をみて行えるそうで不都合はないということだが、人前にでることはなかった。
クロードからは近々、もう一人子供が出来るから外出は控えるように言われている。
弟か妹ができるという話はレオンにも伝えられているようで、とても喜んでいるようだ。
じっとレオンを見ていると、なぜかアニエスが何度も憐れんだ誰かの姿が思い出された。
エドワードの隣で微笑む冷静な目をした高貴な女性の姿が。
まさか、そんなことが? とアニエスは震える声で思わず呟いた。
レオンがクロードに望まれて生まれた子であることは見ていればわかる。では、その母親はクロードが結ばれなかったという人ではないのか?
身分違いで結ばれなかったはずの……
アニエスは知らず、震えていた。
まさか、その人は政略結婚をし、愛してもいない相手の子供を産むという義務を果たした上で自らの愛情のままにレオンを授かったとでも?
アニエスは恐ろしいものをみたように窓辺から飛び退き、彼らから目を逸らすと、震える手で自身を抱きしめた。
アニエスは確かに望んだものを手に入れた。
残念ながら手に入れられなかったものもあったが、一番大切なものは手に入れたのだ。だからエドワードが言うように自分とエドワードの間にある愛だけを見ていればいい。
元よりアニエスはエドワードと出会ってからというものずっとそうしてきたのだから難しいことではない。
アニエスはエドワードと自分以外の他の誰のことも真剣に考えていなかった。気まぐれにクロードのことを考えたことはあっても結婚前から政略結婚の相手に蔑ろにされた王太子妃のこともなにもかも。
だから、誰かが何かをまんまと全てを手に入れたとして、そんなことは関係ない。
ずっと憐れに思っている相手が、一人では何もできないアニエスに恋人との関係をお膳立てしてくれたことを今まで通り感謝すればいいだけ。
ただ、それだけのことだ。
アニエスはいつしか必死になって繰り返しそう自分に言い聞かせるのだった。
クロードはその子供に溢れるほどの愛情を注いでいるようだ。
彼は子供とその母親をたぶんとても愛しているのだろう。
母親になったといっても、アニエスがクロードの息子であるレオンと触れ合う機会はほとんどなかった。
子供と交流したいというアニエスの希望は優しく拒否された。一顧だにされなかったと言ってもよい。
それでも諦め切れなかったアニエスは何度か屋敷の使用人やクロード本人を捕まえて申し出たり、偶然にでもレオンに会えるようにと屋敷を彷徨いたりしてみたが、エドワードからそのことを咎められてしまっては仕方が無かった。
歩けるくらいに育った頃から、姿を見ることくらいはできるようになったが、そのころには、アニエスの方にも他人の子供を可愛がろうという気持は無くなっていた。
聞くともなしに聞こえてきた話によると、レオンは完璧な乳母や教育係の手で大切に育てられているそうで、とても利発な子なのだという。
だからか、レオンは年上の王太子妃の子供たちにも気に入られてよく城にも遊びに行く。
アニエスはそのことをエドワードに問いかけたことがあった。
アニエスは既にエドワードと会うことに制限などなく、頻繁に彼に会い、共に過ごしているがエドワードの子供の王子たちと会うことはない。
王太子妃の産んだ愛する人の子に会いたいなどとは思っていなかったが、それとは別に、表向きはクロードとアニエスの子であるはずのレオンが王子たちと親しくするというのが気になったからだ。
「……レオンは将来、王子たちの側近になるんだ。ヴェルトナー伯爵家は元々そういう家柄だからね」
エドワードはそれ以上、その話はしたくないというようにアニエスを抱きしめた。
「私達はお互いを得ることができた。それで充分じゃないか? 私達の愛は守られたんだ。他の人間がどんな思いを抱き、何を得たのかなんてことは関係ない。私達は私達のことだけを考えればいい」
「ええそうね、きっとそう……」
そう答えながらもアニエスは違和感を感じずにはいられなかった。
何かがおかしい。
自分だけが知らされていない、何か重大な秘密があるのではないか。
アニエスにはどうすることもできない秘密が。
アニエスは窓の外で遊ぶレオンの姿をみた。
庭を元気に走り回り、幸せそうに笑っている子供はクロードによく似ていた。だが、それと同時に、大きくなるにつれ母親の面影を感じさせるようになってきたのではないか?
最近、王太子妃は体調を崩しているそうで公の場にはでていない。書類仕事などは体調をみて行えるそうで不都合はないということだが、人前にでることはなかった。
クロードからは近々、もう一人子供が出来るから外出は控えるように言われている。
弟か妹ができるという話はレオンにも伝えられているようで、とても喜んでいるようだ。
じっとレオンを見ていると、なぜかアニエスが何度も憐れんだ誰かの姿が思い出された。
エドワードの隣で微笑む冷静な目をした高貴な女性の姿が。
まさか、そんなことが? とアニエスは震える声で思わず呟いた。
レオンがクロードに望まれて生まれた子であることは見ていればわかる。では、その母親はクロードが結ばれなかったという人ではないのか?
身分違いで結ばれなかったはずの……
アニエスは知らず、震えていた。
まさか、その人は政略結婚をし、愛してもいない相手の子供を産むという義務を果たした上で自らの愛情のままにレオンを授かったとでも?
アニエスは恐ろしいものをみたように窓辺から飛び退き、彼らから目を逸らすと、震える手で自身を抱きしめた。
アニエスは確かに望んだものを手に入れた。
残念ながら手に入れられなかったものもあったが、一番大切なものは手に入れたのだ。だからエドワードが言うように自分とエドワードの間にある愛だけを見ていればいい。
元よりアニエスはエドワードと出会ってからというものずっとそうしてきたのだから難しいことではない。
アニエスはエドワードと自分以外の他の誰のことも真剣に考えていなかった。気まぐれにクロードのことを考えたことはあっても結婚前から政略結婚の相手に蔑ろにされた王太子妃のこともなにもかも。
だから、誰かが何かをまんまと全てを手に入れたとして、そんなことは関係ない。
ずっと憐れに思っている相手が、一人では何もできないアニエスに恋人との関係をお膳立てしてくれたことを今まで通り感謝すればいいだけ。
ただ、それだけのことだ。
アニエスはいつしか必死になって繰り返しそう自分に言い聞かせるのだった。
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