政略結婚の作法

夜宮

文字の大きさ
12 / 17
悪女になるはずだった

01. 転生しました

 私の名はエリー=ラザフォード。

 ラザフォード公爵家の次女として生まれた。

 私達の母親は上位貴族の女性としては珍しく子供達にこまめに愛情を示してくれる人だったので、ごく小さな頃には姉も私も無邪気でいられた。

 だが、ある時から母は体調を崩すことが多くなり、娘達を愛していないわけではないが、人間関係の構築に不器用なところもあってか公爵としての厳しさのほうが先に立つ父親との間を取り持ってくれることができなくなっていたので、次第に家族の仲は冷えていった。

 私の姉は所謂天才で、幼いころからその才は大人たちが舌を巻くほどだった。そのため家のことを第一に考える合理的な父により爵位を継げない女性であるのに実質的に公爵家の跡継ぎと目されていた。

 母の具合が悪いことから目をそらしたかったのもあるのだろう、姉を教育するという目標を定めた父は屋敷にいるときは姉の教育にかかりきりになり、姉はなまじ何でも出来るほど優秀だったがために父の言うがままにそれを受け入れ続け、私は、いつしか自分をいらないもののように感じるようになっていった。

 そんなある日、私は夢を見た。

 その夢は妙に現実的だが、一方でとても現実とは思えないような奇妙なものだった。

 夢では既に成人した私であろうと思われる人物が、同じ年頃の令嬢に様々な嫌がらせをする場面やその令嬢を庇う私の婚約者であるところのこの国の第二王子の姿、最終的にはその婚約者に捨てられて嘆く姿などがまるで一編の物語のように流れ過ぎていった。

 そして目覚めた私は、その夢がこれから起こる現実だとわかった。

 私はその物語を知っていた。私は“前世”でその物語を読んだことがあったからだ。

 物語の世界に生れ直すなんて荒唐無稽な話だが、現に私はこうして生まれ変わってしまった。

 優秀な姉にコンプレックスを持ち、親からの愛情を感じられず、その代替として婚約者からの愛情を求めて突き進む女の気持が、今のありのままの私には非常にしっくりときた。

 この物語のことを知る世界の私と今の私。どちらも間違いなく私であることがすんなりと納得できたのだ。

 しかし、物語のエリーが婚約者となった王子に恋心と激しい執着心を持ち、結果としてまともな公爵令嬢としては破滅するというのは頂けないなと思った。

 私は姉に対する嫉妬心も父に対する不満も納得できたが、まだ出会ってもいない第二王子に対する思いには共感できず、ただ恐怖を感じた。

 しかも、物語について冷静に考えるとエリーってそんなに悪いことしてるかな? と思わなくもないような状況で王子達から糾弾されるというのが納得がいかなかった。

 王子は鬱陶しい婚約者を放って、初心で純真な下級貴族の令嬢に現を抜かしているのだ。いや、アンタ、人を糾弾できるような立場じゃないよね? と普通に思うよね、コレ。

 まあ、たしかに? 物語のエリーは王子の恋人に嫌がらせをするよ。

 立場の弱い相手に酷い言葉を投げつけたり、時には手をあげたりする。

 もちろん、前世の感覚ではそんなことをするのはいけないことだ。

 今世であっても、推奨される行いではない。

 でも、エリーは公爵令嬢で、王子は彼女の正式な婚約者だもの。この状況下において、相手の子爵令嬢が叱責されたりぶたれたりするのって、それほどのことか? となる。

 エリーは自分の立場を守ろうとしてるだけだしね。ただなんとなく気に入らないから子爵令嬢を虐めてるわけではなく、そうされても仕方のないことを逆に子爵令嬢のくせにやらかしてるのはどーなるの? と言いたい。

 んで、真実の愛かなんか知らんが、結局のところ、王子は公爵令嬢であるエリーよりも立場が上だからエリーを糾弾できたわけだよね? それってエリーが子爵令嬢にしたことと何が違うの? 違わないよね。

 だがしかし、今世では身分は絶対だ。

 前世の感覚では理不尽なこともぐっと我慢するしか無い。そう、相手の身分によってはね。

 つまり、私ことエリーは王子の権力から自分を守る必要があるってこと。

 可及的速やかにになんらかの手を打つ必要がある。

 まずは何処から修正をかけるべきだろうか。

 幸い、王子との婚約の時期ははまだ先だ。
 これについてはとにかく抵抗するしかない。父親が娘達のことを実はちゃんと愛していているのなら、状況さえ整えば王子との婚約は無しにできるはず。

 となると、父親との関係というか、家族の問題を解決すべきだな。

 物語の中の私は家族のことが好きだからこそ満たされない思いを抱えてしまい、それを王子にぶつけて失敗する。

 今の私の中にも、秘かにその歪んだ愛情は息づいていると思うのだ。

 きっと、物語のこと以外は朧げな記憶しかない前世でも、私は恋愛とかよりも家族愛を求めていたのではないかなと思う。

 私が今世の私に生まれ変わったのは、元を正せば王子とヒロインのちゃちな恋愛云々ではなく、偶々知ったこの物語の中で悪役だったエリーが、悪事を働いてしまったものの、最終的には家族の愛情を確認できたことで救われたところが気に入っていたからではないだろうか?

 この物語は全体的に登場人物たちに優しい世界となっていた。

 ヒロインの令嬢はエリーに虐められこそするが、子爵令嬢であるにもかかわらず、伯爵家の養女になって比較的すんなりと王子の妃になれるし、王子のほうもまわりの力で難なく王太子の座をものにするのだが、ヒロインの敵役であるエリーも家族のとりなしによって王子たちに糾弾がされたのちにはちゃんと救われる。

 だから、ヒロインたちが結婚する頃には社交界からは遠ざかっているものの良い人の元へ嫁いで穏やかに暮らしているということになっていた。

「あの方も幸せだと聞いて嬉しい」
「あんなことがあったのに、そう言うなんて君は優しいな」

 みたいなヒロインとヒーローのやり取りがあり、ヒロインの善性が強調される場面でさらりと触れられたエリーのその後の話は前世の私を満足させた。

 そして、それは今の私にとって朗報だ。

 万一、修正に失敗したとしても最終的には穏やかな暮らしが待っているというのはいい。幾分気持ちを軽くする。

 でも、できることなら失敗はしたくないというのが未来を知る人間の本心だろう。

 結末がわかっているのに、失敗したいなんて誰も思わない。

 だから、エリーは王子とは婚約しない。
 他の誰かと婚約すれば万事解決じゃない?

 さしあたっては家族の不干渉の原因となる母親の体調をなんとかしよう。そうしよう。

あなたにおすすめの小説

大いなる賭け

夜宮
恋愛
ケイトは悩んでいた。 のるかそるか、それが問題だった。

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

閉じ込められた未亡人は、当主となった義息と契約する。

黒蜜きな粉
恋愛
借金の肩代わりとして後妻に入った私は、 妻と呼ばれながら屋敷の離れで「いないもの」として暮らしていた。 ある雪の日、夫が事故死したと告げられる。 だが、葬儀に出ることすら許されず、私は部屋に閉じ込められた。 新たに当主となった継子は言う。 外へ出れば君は利用され奪われる、と。 それが保護であり、同時に支配なのだと理解したとき、 私はその庇護を条件付きの契約に変えることを選ぶ。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る

基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」 若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。 実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。 一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。 巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。 ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。 けれど。 「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」 結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。 ※復縁、元サヤ無しです。 ※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました ※えろありです ※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ) ※タイトル変更→旧題:黒い結婚

上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど
恋愛
 アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。  文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。  彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。  貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。  メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。

閨から始まる拗らせ公爵の初恋

ボンボンP
恋愛
私、セシル・ルース・アロウイ伯爵令嬢は19歳で嫁ぐことになった。 何と相手は12歳年上の公爵様で再々婚の相手として⋯ 明日は結婚式なんだけど…夢の中で前世の私を見てしまった。 目が覚めても夢の中の前世は私の記憶としてしっかり残っていた。 流行りの転生というものなのか? でも私は乙女ゲームもライトノベルもほぼ接してこなかったのに! *マークは性表現があります ■マークは20年程前の過去話です side storyは本編 ■話の続きです。公爵家の話になります。 誤字が多くて、少し気になる箇所もあり現在少しずつ直しています。2025/7

入れ替わりのプリンセス

夜宮
恋愛
 気が付くと花蓮(カレン)は前世で読んだ物語「ただ一人の君へ~僕だけのプリンセス~」の世界に転生していた!  転生先のカレンは婚約者であるヒーローが愛するヒロインを殺害しようとした罪で断罪される悪役令嬢。  でも、花蓮の推しはヒーローとヒロインの恋の当て馬役の騎士だった。  結局、ヒロインは推しの当て馬役を選ばないのだから自分の身の安全を確保しつつ、推しがヒロインと出会わずにすむようにしたらどうだろう?    そのためには、推しがヒロインと出会うきっかけとなる物語の開始前の出来事を全力で変えるのだ!  私が推しの大切な人を守る!    だが、この時のカレンにはわかっていなかった。  カレンのこの決断が物語の行く末を大きく変えてしまうことを。  カレンは我知らずに物語のヒロインを挿げ替えてしまったのだった。