寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ

文字の大きさ
55 / 99

五十四

しおりを挟む
 ナサのいきなりの行動に、わたしは腕の中で困惑している。ほんとうに言いたくなければ、言わなくていいと思っていたから。

「ごめん、リーヤ。オレはリーヤが無垢だと知ってるなんて、言えるかよ」

「む、無垢⁉︎」
「あ、いや……なんで、オレは」

 ツルッと口を滑らせて言ってしまったのか焦るナサと、無垢って、あの無垢? わたしが結婚をしていたことはみんな知っている……それとは別に未経験だとも知っている。

 このことは両親以外、誰にも伝えていないのに。


「な、なんで、ナサはこの事を知ってるの!」

「あ、いや……すまん」

「すまん、じゃないわ。なんで知っているのか理由を教えて」

 腕の中から見上げると、ナサは申し訳ない表情を浮かべて、ポツポツ言葉を探しながら話しだす。

「コレは、オレ達……獣人にしからない事で、その、リーヤから……リーヤからいい香りがするんだ。お前からは、いっさい結婚していた相手の匂いがしない!!」

「へっ?」

 相手の匂い?

「あのさ、人間も結婚って好きあった番同士がするんだろ? だったら"オレのものだって"主張する相手の匂いが必ず、するはずなんだ。だけど、初めてリーヤと会ったとき……離縁をしたばかりにしては、ほんの、さわり程度の男の香りしかしなかった」

「⁉︎」

 相手の香りが……さわり程度しかしないと、ナサの言っていることは当たっている。結婚していた二年の間は、彼にだけ都合のいい夫婦関係だった。

 ナサに知られた恥ずかしさと、当時のやるせない気持ちが蘇り、わたしの頬を涙が濡らす。


「あ、クソッ! リーヤ、泣くなオレが悪かった……離縁も何か理由があったんだろ? もう、言わないから」


 焦った声とナサの指が頬を滑り、流れる涙をぬぐう。

「ナサのバカ、バカ……バカ! わたしじゃない他の女性に、こんなことを言ったら失礼になるわ。絶対に言っちゃダメなんだから」

「い、言うかよ。他の奴なんて興味ない。リーヤだから香りが気になったんだ。リーヤ以外に香りが気になるヤツなんていねぇ」  

「えっ、」

(わたしだから香りが気になるって、ナサ。それって、わたしのこと好きだって言ってるのと同じ?)

 ドクンドクンと鼓動が高鳴る。

「あ、あのさ、リーヤ」

 ナサらしくない震えた声と、ギュッと腕に力がこもる。

「アサトに言われていたんだ、オレとリーヤは違うって。嫌だったらダンス練習も辞めて近寄らないから、リーヤ、今までの通りで良いんだ。……だから、オレを嫌わないでくれ」

 そんなか細い声で言わないで、

「ダンス練習は辞めないし、嫌わない……かなり、恥ずかしくて、照れるだけ」

 腕の中で見上げてキッと睨むと、ナサは瞳を大きくして、そのあといつもの様に笑った。

「シッシシ、良かった」

「良くない、わたしは恥ずかしい。もう、怒った。ナサの嫌いなものばかり朝食に作るから、覚悟してね!」

「うーん、それに関しては覚悟はいらないな。リーヤが作るものならなんでも美味いぞ」

 その言葉にドキンと、鼓動がさらに跳ねる。

「それは嘘、この前、ハンバーグを焦がしたとき、オムライスの卵が破れたとき……? あ、あれっ『焦げるな』『卵、下手くそ』と、笑っていたけど……残さず食べてくれた」

「だろう?」

 何よ、嬉しそうに笑っちゃって。
 コッチばかりドキドキする。

「決めた、ダンス練習のときに、ナサの足をいつも以上に踏むわ」

「おい、子供みたいなこと言うなよ。まぁ、リーヤが踏んでも、痛くないから別にいいけどさ」

 だって。

「あー、コーヒー飲もっと」
「オレにもいれてくれる?」

「うん。すぐにいれるから、座って待っていて」


 




「あの、ナサ。ハッキリと聞くけど……わ、わたしから、どんな香りがするの?」

 コーヒーをいれ終わり、向かい合って座っ後にナサに聞いた。ナサはサラッと、

「どんな香りって、甘い、オレの好きな香り」

「はぁい、甘い、ナサの好きな香り? そ、そうなんだよかった、変な香りじゃなくて」

(もう、ナサが好きだとか言うから……頬が熱い)

「シッシシ。それより、行く時間だな」

「えっ?」

 リビングの時計を見て、ナサはコーヒーを一気に飲んだ。

「ほんとうだわ。準備してミリア亭に行かなくちゃ。ナサ、使ったカップとお皿はそのまま置いておいて、着替えてくるから待っていて」

 と、寝室で着替えて、近くのエプロン取る。
 その下に見えたカゴ。

「ダメ、見ちゃ、ナサ、見ちゃダメ!」
「な、なんだ?」

 わたしはスッカリ忘れていたのだ。
 できたら渡そうと思って、刺繍しているハンカチの入ったカゴを、エプロンでかくしたことを……

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

「出来損ないの妖精姫」と侮辱され続けた私。〜「一生お護りします」と誓った専属護衛騎士は、後悔する〜

高瀬船
恋愛
「出来損ないの妖精姫と、どうして俺は……」そんな悲痛な声が、部屋の中から聞こえた。 「愚かな過去の自分を呪いたい」そう呟くのは、自分の専属護衛騎士で、最も信頼し、最も愛していた人。 かつては愛おしげに細められていた目は、今は私を蔑むように細められ、かつては甘やかな声で私の名前を呼んでいてくれた声は、今は侮辱を込めて私の事を「妖精姫」と呼ぶ。 でも、かつては信頼し合い、契約を結んだ人だから。 私は、自分の専属護衛騎士を最後まで信じたい。 だけど、四年に一度開催される祭典の日。 その日、私は専属護衛騎士のフォスターに完全に見限られてしまう。 18歳にもなって、成長しない子供のような見た目、衰えていく魔力と魔法の腕。 もう、うんざりだ、と言われてフォスターは私の義妹、エルローディアの専属護衛騎士になりたい、と口にした。 絶望の淵に立たされた私に、幼馴染の彼が救いの手を伸ばしてくれた。 「ウェンディ・ホプリエル嬢。俺と専属護衛騎士の契約を結んで欲しい」 かつては、私を信頼し、私を愛してくれていた前専属護衛騎士。 その彼、フォスターは幼馴染と契約を結び直した私が起こす数々の奇跡に、深く後悔をしたのだった。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

処理中です...