番ではないと言われた王妃の行く末

にのまえ

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番ではないと言われた王妃の行く末

「君は僕の番ではない」
「君を愛することはない」
「いい加減、待つのはやめろ」
「番じゃないと、何度言えばわかる!」
「その言葉を言うな!」

 そのたび、心は深く抉られ。
 私の心は悲鳴をあげた。

 ⭐︎

 ここは、緑豊かな獣人の国エスラエル。
 森を渡る風が王都を抜け、王宮の白壁をそっと撫でていく、穏やかな午後。

 私はエスラエル国の王妃、白銀の髪と薄水色の瞳を持つスノー・エスラエル。そして、オオカミ族の王。黒髪に赤い瞳、精悍な獣の耳と尾を持つ、ローレンス・エスラエル。彼の“番”として選ばれ、獣人ではないが王妃となって三年が経っていた。

 本日、お茶の時間に私は彼の好物のクッキーを焼いた。いつものとおり彼に受け取ってもらえず、書類の受け渡しで会話なく終わってしまうかもしれない。

 それでも彼に会える、ほんのわずかな時間だから。たとえ、少しだけのやり取りでも、私はそれだけで十分だった。

 弾む心を抑え、笑顔を浮かべ、ノックしようと彼の執務室の前に立った。

「お待ちください、スノー王妃。陛下は今、大切なお話を……」

 私の猫獣人族メイドが制したけど、すでに扉の前にいた私に中の会話が聞こえた。

「……カズア、レイアー嬢が妊娠した。だから責任をとり、彼女を側妃に迎えようと思っている」

(え? 彼のいまのお気に入り、同じオオカミ族で、公職令嬢レイアー・ヤーバル様が懐妊した?)

「なんと、レイアー嬢が懐妊とはおめでとうございます。それで王妃スノー様には? 彼女は陛下の“番”ではありませんか」

「番? あの人は違う。彼女は僕の番ではない」

 何度も聞いてきた言葉だけど。今日の、いまの私は、胸の奥で何かがガラガラと音を立てて崩れた。これ以上は話を聞きたくなくて、私はそっと執務室の扉から離れ、自室へと足早に戻った。

 メイドに一人になりたいと伝えて、部屋で一人私は椅子に座り頬を濡らす。

 結婚をして三年間、舞踏会、お茶会で彼にエスコートされなくても。私は、私の力を使いこの国の民を癒し、執務をこなした。彼に王妃と、番として扱われなくても……この三年間は私なりに努力してきた。

 その努力も、認められていなかった。

(そうですわよね。結婚して、三年も経つけど、私達は白い結婚ですもの)

 今でも、あの日の夢を見る。それは結婚式後の夜。一晩中、待っていても彼は夫婦の寝室に来なかった。

 翌日「君を抱くことはない」と告げられ、悲しくて涙を流したけど、それでも私は彼が好きだった。

 いつしか振り向いてもらうために、彼のために出来ることを頑張るしかない。それが私のすべてだった。

 ⭐︎

 私と彼、ローレンス・エスラエル陛下との出会いは、エスラエル国とスーズラン国の協定祝宴。その舞踏会で、私は初めて見る獣人の王の彼に一目で恋に落ちた。

(なんて、素敵なの)

 凛々しくて、素敵な人。
 なんと嬉しいことに、私の胸に“番印”が浮かび、番だけが持つ癒やしの力も宿った。

 まさか、人間の私が獣人族の王と番になるなんてと、大勢の国の者に言われたが。私は宿った力を使い、彼の国、エスラエル国の民を癒やし続けた。私をあなたの番だと、認めてと願い。

(だけど、三年経っても何一つ変わらなかった)

 さっき執務室での話を私に聞かれて、執務から去る足音を、オオカミ族で耳のいい彼が聞いたはず。

 なのに。

“弁明にも来ない”
“会いにも来ない”

 それが、彼の答えなのだと悟った。
 私は“番”となったが、獣人の彼にとっては重荷でしかなかった。ならば、これから生まれてくる子のためにも離縁しよう。

 だけど、問題がある。番の私が元の国へ戻るとなれば、番として受けた癒しの力はなくなる。それはいいとして、問題は彼だ。これもまた番が離れれば力を失う。

 それを知った、彼の兄弟達が黙っていないだろう。彼を蹴落とそうと、一瞬でこの国は戦火におちいる。大勢の国民も犠牲になるだろう。

 だから、彼も離縁はしてくれない。

(でも大丈夫よ。私がこの国を離れなければいい。ある程度の距離なら番の力は維持される。なら彼も喜んで、離縁も受け入れてくれるはず)

 だって、彼が愛するレイアー様との間に子供ができたのですもの。この国の嫌われ者で、邪魔な私は彼と離縁し、慰謝料を受け取り、国の端でひっそり薬屋を開きましょう。

 もう三年間、来ない彼を待つのも、彼だけを想うのも、もう疲れ果ててしまった。

 ⭐︎

 離縁すると決めたのだけど。まだ愛する彼に会う勇気がなく、離縁の話はできずにいた。

 それから一か月後、、彼に珍しく夕食に誘われた。以前の私なら喜んでドレスなどの準備をしただろうが、いまは飾る気もなく、飾り気のない紺のドレスをメイドに着させてもらい、ただ礼をして食事の席についた。

 前までは私ばかりが嬉しくて、私だけが話す夕食。だけど今日は黙って席についた私に、彼が珍しく声をかけた。

「……王妃、どうした? かなり痩せたな。どこか、具合が悪いのか?」

(え? 痩せた? ああ、私……痩せたのね、ちっとも気付かなかったわ)

「そうですか? 気づきませんでしたわ」
 
 そう伝えると、私の顔を見た彼の目が一瞬だけ揺れたが彼は何も言わない。興味のない私に言うことなどないのだから。

 沈黙のまま食事が進み、彼は終わると席を立ち、執務へ戻ろうとした。その姿を見て、いま止めなくてはと声をかけた。

「お待ちください、ローレンス陛下。私から、お話があります」

「話? 王妃、話とはなんだ?」

 冷たい目がこちらを向く、私は息を吸い、口だけで微笑み頭を下げる。

「陛下、レイアー様のご懐妊、おめでとうございます。それと、私たち離縁いたしましょう」

 と告げると、彼の眉間に皺が寄る。力の事もあるからなのか、私から離縁を切り出されたことが、よほど癇に障ったらしい。

 冷たい目から、怒りの目に変わり、彼の低い声が食堂に響く。

「なに? 王妃、離縁だと?」

 いくら彼に睨まれても、私は気付かないふりをして話を続けた。

「えぇ。三年経っても“白い結婚”のまま。そんな中で、他の令嬢との間に子ができたのなら……その方を王妃としてお迎えになった方が、国のためにも良いでしょう。いつまでも嫌われ者の王妃を置くより、賢明な判断です」

 そう告げ、もう一度、淑女の仮面で微笑んだ。

 三年間、あなたの事が本当に好きだったから、番ではない、好きではない、何を言われても耐えられた。けど、あなたは違う人と子供を作った。この胸に浮かんだ番印は、あなたには煩わしいだけの印。

「王妃、離縁は無理だ。国のため、離縁はできない。王妃はこれからも。この国の王妃だ。ここを離れることは許さない」

 私のことは番と認めてくださらないけど、さずかった力だけは失いたくない。そんな怖い顔をしなくても安心して、私には考えがある。

 彼の目を静かに見つめて口を開く。

「陛下、それなら大丈夫ですわ。私はこの国から出ないとお約束いたします。そして、生まれたあなたとレイアー様の子供に番ができるまで、国の端でひっそり暮らします」

 息を呑む彼を見て話を続けた。

「私が国を離れなければ、この煩わしい番印も有効に働くのでしょう? でもそれは生まれた子に番が出来るまで。あなたにとって、いい話でしょう?」

「……そうだが。王妃は、それでいいのか」

 それでいい? 彼の言うことがわからず首を傾げる。

「この話、陛下は嬉しいでしょう? あなたと結婚して三年経っても、名前すら呼ばれない“王妃”、嫌われ者の王妃ですもの。陛下、食後にすぐ離縁の書類を整えて送ってください。すぐ書類を書き、準備ができ次第、私はここを去ります」

 そう伝えて、私は一礼をして食堂を後にした。

 ⭐︎

 静かに食堂の扉が閉まるまで、僕は彼女の背中を見ていた。

「離縁……か」

 あの日の足音、きっと彼女に会話を聞かれたのだな。だが僕は彼女に会いにもいかず、弁明もしていない。

 それが原因だろう。
 あれ以来、彼女は会いにも来ず、笑顔は消えた。僕の名前を呼び、あんなに鬱陶しく話しかけてきたのに……。

 三年間、彼女を“番”と認めず。初夜にも行かず。「愛することはない」と告げ。彼女を王妃として扱わず。最低限の言葉だけを交わしてきた。

 そして、他の令嬢との間に子を作った。

 離縁を切り出されても当然だ。まあ、彼女と離縁しても、ある距離なら番いの効力は保たれる。なら、一人になる彼女のために、国の端の別荘を譲り多額の慰謝料も払おう。

 僕は執務室に戻り、離縁の書類を整え王妃に送った。彼女の気が変わり、嫌だと言ったら離縁はやめようと思っていたが、王妃の判が押された書類がすぐ返ってきた。

「やはり、離縁は本気だったのだな」

 彼女がそう決めたのなら、それに従うしかない。番と認めず、三年も放置していたんだから。

 この日、僕たちは離縁する事となった。

 ⭐︎

 離縁の書類を書いた翌日、私は出て行く準備を始めた。しばらくして自分のものを入れたカバンが三つでき、部屋を見渡して頷く。
 
「もう、持っていくものはないわ」

 彼から贈られた宝石もドレスも、すべて置いていく。荷物を入れたカバンをメイドに運んでもらい、エスラエル陛下が手配した馬車に乗り、数名の騎士が護衛についた。

「では、行きましょう」

 見送る人もなく、私も振り返らず城を後にする。
 
 国の端に向かうには丸一日かかる。早朝から出発し、お昼を過ぎたあたり、馬車の揺れが眠気を誘った瞬間。

 大きな音と共に、脇道から何者かが飛び出し、私が乗る馬車の進路を塞いだ。護衛騎士たちが剣を抜き、馬がいななき、馬車が激しく揺れた。

「何があったの? どうしたのですか?」

「王妃、賊です! 伏せてください王妃殿下! 決して馬車から、降りてはなりません!」

 叫ぶ騎士の声に応じて身を低くしたとき、目に入った。少し離れた場所に止まっている、見覚えのある紋章。

 あれはレイアー嬢の実家、ヤーバル公爵家の紋章。

 なぜ公爵がここに?
 まさか皆に、レイアー嬢に離縁の話を陛下はしていない? なら、城を離れた私を見て陛下の子を宿したと誤解した?

 いいえ、慎重に考えればあり得ない話だ。
 だが、陛下の子を宿した彼女は焦った。

(早く真実を伝えなくては)

 しかし、馬車の外では剣がぶつかり合う音が響き。騎士たちの叫びと賊の怒号が聞こえる。

(……怖い。でもこのままだと多くの人が傷つく。迷っている時間はないわ)

 私は震える手を握りしめ、息を吸い、馬車の扉を開けて「争いをやめなさい――!」と叫ぼうとしたが。

 それを狙っていたのか。
 どこからか放たれた矢が、音もなく胸に突き刺さる。急激な痛みに、唸り声を上げた。

「グッ……ッ、グウッ……ァァァ!」

 痛い、胸の奥から焼けるような痛みが走る。
 だが、いま、倒れている場合じゃない。激痛の中、私は立ち上がり、声を張り上げた。
 
「レイアー様……聞いているかしら? 大丈夫よ。陛下とあなたの子はこの国の王になる。私は……陛下と離縁したの。……わ、私はあなたの敵にはならない……! だから、これ以上犠牲を出す前に止めて!」

 必死の、私の声が届いたのか。
 戦う騎士、賊たちの動きがぴたりと止まった。しかし、動きが、戦いが止まっただけだ。

 私の目の前には倒れ伏す者、血に染まる者。浅い呼吸を繰り返す重傷者。その者たちの、助けを求める声が聞こえる。

(はやく、この人達を助けなくては)

 私が倒れたら、命が尽きたら、傷を負った誰も助からない。早く私のキズを治して、彼らを治さないと。

 その考えた私の耳に、誰かの声が届く。
 私はその声に「えぇそうね、そうしましょう」と頷く。

「『――エリアヒール!』」

 広域回復魔法を、私以外の傷付いた騎士達、賊たちに唱える。そう、胸に矢のキズを負った私にはこれが最後の力。

 唱えたあと私は吐血して倒れる。傷が治った騎士たち唖然として「どうしてだ?」「なぜ? ご自身を先に治さない?」と叫び、駆け寄る音が聞こえる。

 だけど、私の体は重く、目は開かない。
 あんなに激痛だった、胸に受けた矢の痛みも感じない。

(そう、もうすぐ私は死ぬのね)

 陛下は嬉しいでしょう? やっと、あなたの、やっかいな番の片割れが消える。でもね、私の命の炎が燃え尽きるとき、あなたに最高な復讐ができる。

 だけど、あなたがおっしゃっていた「王妃は番じゃない」の言葉。それが本当なら、私が死んでも、あなたには何も起こらないでしょうね。

 でも、もし、私があなたの番だったらそうはいかない。引き裂かれるような激痛が走り、あなたは力を失う。

(今頃、激痛でのたうち回っているかしら?)

 だって、あなたの番が消えるのですもの。
 ちゃんと、レイアー嬢に説明しなかってのも、いけないの。

 陛下に復讐を果たし、私の人生は終わったはずだった。

 ⭐︎

 ……ん? なに? まばゆい光?

 まぶたを上げると、純白のタキシードを着た彼と、純白のウェディングドレスの私がいる。ここら三年前に見た、エスラエル国の教会……多くの参加者たち。

(どうして? 私はいま死んだはず……これは夢? よりにもよって……こんな、嫌な夢は見たくない)

 祭壇の前に立つ神父の「病める時も 健やかなる時も富める時も 貧しき時も夫として、つがいとして愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」

 誓いの言葉まで聞こえる。

「……」

「どうした?」

「え、あ……。お気になさらず……」

 私が何も言わないからか。
 神父はまた、誓いの言葉を聞いてくる。

「スノー嬢、ローレンス陛下を夫として、つがいとして愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」

 これは現実⁉︎

 い、嫌よ、私はもう二度と傷つきたくない。
 一人で過ごす、寂しい夜も過ごしたくない。
 悲しくて、胸が痛くなるほど涙を流したくもない。

 三年間、どんなに努力しても、多くの仕事をこなしても、あなたに番として認められなかった。

 そのせいで、周囲の冷たい視線、陰口をたたかれた。

「いや、いやよ! 私はあんな日々を送りたくないですわ。もう、三年も耐えられない!」

 頭を振り、現実を受け止められず叫ぶ。
 涙で視界が揺れ、意識が崩れ落ちそうなとき。

「スノー!」

 はじめて彼が私の名を呼び、崩れ落ちそうになった私の身体を支えた。前なら嬉しくて涙を流したが、今は嫌でしかない。

「……いや、私に触らないでください」

 頭の中はくちゃくちゃ。

 どうして、今になって、そんなふうに名前を呼ぶの? どうして私に近づくの? どうして私を抱きしめるの? 
 
 すべてが、遅すぎる。 
 私はあなたが嫌い、大嫌い。

 こんな世界、大嫌い!

 手に力を込めて、抱きしめていた彼を突き飛ばして、出口へとスカートを持ち走った。後ろで私を呼ぶ彼の声にも反応せず、足を止めず、壁際にいる騎士から剣を奪い取った。

 そして、迷いもなく自分の胸へと突き立てる。

 周りの悲鳴、怒号、陛下の開かれた目。
 二度と、あなたとは一緒にならない。

 彼との、番なんて最悪。……けれど、また眩い光で目を開けると、私はまた誓いを交わす直前の、あの日の結婚式へ戻ってきた。

「いやぁ!」

 何度、死んでもこの日に戻ってくる、私は死ねず。気付くと、神父の誓いの言葉が聞こえる。

「新婦スノー嬢、あなたはここにいる番、ローレンス陛下を病める時も、健やかなる時も富める時も、貧しき時も夫として愛し敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「いい加減にしてよ!」

 私は手に待っていた真っ白なブーケを、地面に叩きつける。

「いやよ、誓わない! あなただって私を番だと認めないのでしょう? だったら……お願い、もう嫌なの。どうか死なせて……」

「スノー、落ち着け。僕達は番だよ」

 嘘ようそ、そんな言葉信じない、
 あなたは番じゃないと言い、私をないがしろにするの。

 なのに何度も、何度も、その言葉で私を縛らないで。もう、番なんていう言葉は聞きたくないの。
  
 神様、お願い終わらせてください。
 そう願ったのに。

「新婦スノー……」

 あぁ私の願いは、神にさえも届かない。

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