毒に抗って九回巻き戻った令嬢は、十回目こそ幸せになりたい。

にのまえ

文字の大きさ
2 / 7

1話

しおりを挟む
 誰かに「戻ってこい!」と囁かれた気がして、私はぱちりと目を覚まし、はっと息をした。そして視線の先を見て「またか」と、ため息をつく。

 私はベッドをそっと降り、近くの鏡の前へと歩み寄った。その鏡に映る波打つオレンジ色の髪と澄んだ青い瞳、そしてまだ幼さの残る顔の七歳の私。

「……また、戻った」

 名前は公爵令嬢ルルーナ・ダルダニオン。
 いま、十度目の人生が始まった。

 私の最初の死から幾度となく、毒に侵され命を落としてきた。そのたび七歳の頃まで巻き戻る理由も、その意味もいまだに分からない。

 ――ただ、もう一度最初から、始めなくてはならない。

 ⭐︎

 一度目の人生で私はローリング伯爵家の長子、カサロ・ローリングに恋をした。彼との出会いは七歳の私の誕生日会だった。黒髪の彼に一瞬で心を奪われ、気づけば私は、まっすぐ彼のもとへ歩み寄っていた。

 私を見て、彼は柔らかく微笑んだ。
 その表情に、五歳の頃、王城で出会い一目惚れした黒髪の男の子の面影を、私は勝手に重ねてしまった。

 ――違う人だと、わかっていたはずなのに彼を愛してしまった。

『カサロ様。好きです、愛しています』
『ルルーナ嬢、僕も愛しているよ』

 彼を愛せば愛するほど、カサロ様が初恋のあの子に重なっていく。私はどんどん愛に溺れ、持てるものすべてを彼に差し出した。

 そして迎えた学園を卒業し、結婚式を控えた午後のお茶会。カサロが持ってきてくれたクッキーを、私は何の疑いもなく口にした。

 次の瞬間、胸が焼けつくように苦しくなる。

『グッ、あぁ苦しい……た、助けて、カサロ、さ、様……』

 だが伸ばした手は取られることなく、床に崩れ落ちる私を見て彼は笑った。『はぁ、やっと効いたか』このときのカサロの目は、いつもの優しいものではなかった。

 まったく感情のない冷たい視線。

『カサロ様……? どうして……?』

『もう、お前は死ぬから教えてやるよ。君が初恋の人に勘違いしてくれて、実にやりやすかった。ハハ……今までありがとう』

 耳鳴りの中でも、その言葉だけははっきりと聞こえた。

『君のおかげで、君の両親は僕を息子だと言って、公爵家のすべてをくれた。もらったら、用済み、消えてもらうよ』

 え、うそ。

『地位と金があるって、本当に便利だね。全部、バカな君のおかげだ。そのおかげで、僕たちは幸せになれる』

 倒れた私を冷たく見下ろし、目を細めて笑うカサロ。そして、その腕に寄り添うように立っていたのは彼の幼馴染、男爵家のリボンだった。

(もしかして、二人は恋仲?)

 彼の裏切りを知り、私はそのまま命を落とした。……それで終わりのはずだった、のに。

 誰かの呼ぶ声に、私は目を覚ました。

『うそ、どうして……?』

 すぐにメイドを呼び、状況と日付を確かめる。私の歳は七歳で、カサロを婚約者に選んだ誕生会の翌日。

(さっき、死んだはずなのに)

 死の感触が、まだ身体に残っている。
 けれど、この時点で両親に「婚約を破棄したい」と告げる勇気は、私にはなかった。

 だが、彼を愛すればすべてを奪われ、私は殺される。

「嫌っ!!」

 私は慌てて屋敷を飛び出し、公爵家近くの森に逃げ込んだ。だがその森で迷い、さまよい、三日三晩歩き続けたが。とうとう空腹に耐えきれず、手近に生えていたキノコを口にする。

 それが毒キノコだと気づいたのは、吐き気とともに意識が薄れていく、その最中だった。

 これが、バカな私の二度目の死。
 
 ⭐︎

 これで、終わったと思ったのに『どうして……? また、戻ったの?』目を覚ますと、私は七歳に戻っていた。

 今度は慎重にと、三度目の人生では、慎重に、慎重に行動した。

 カサロと男爵令嬢リボンの、二人には近づかない。彼の言葉に一切耳を貸さないと決めた。

 その選択は、正しいはず。

 そのまま私は無事に学園を卒業し、結婚の話も「体調が優れない」という理由で、先延ばしにした。

 彼から距離を保てば、生き延びられる。
 そう、信じた。

 しかし、十九歳の誕生日を一週間後に控えた日に、配達人から手渡された水色の花束。何気なく受け取り、添えられたカードを見た瞬間、視界が霞んだ。これはカサロから贈られた花だった。

 油断していた。
 次の瞬間、意識は闇に沈んだ。

 これが、三度目の死。

 四度目は、十五歳。
 学園に入学するはずの年、体調不良を理由に領地で休養することにしたが、領地へ向かう馬車の中。馬車の中に潜んでいた毒蛇、ジャージャーに噛まれ命を落とした。

 カサロから、離れたい。
 もう、死にたくない。

 いくつもの作戦を練り、彼から逃げたが。
 五度目、六度目、七度目、八度目。私は十八歳の誕生日を迎える前か、あるいはその途中で必ず毒によって命を落とし、結局七歳へと巻き戻った。

 足掻けば足掻くほど、すべてが、おかしな方向へ歪んでいく。何度目の生で、お父様にこの婚約は間違いだと訴えた。けれど、返ってくる答えはいつも同じだった。
 
『婚約の書類はすでに王家へ送られていて、取り消しはできない』

 それでも、諦めきれなかった。

 九度目。ついに私は、カサロとリボンの浮気の証拠を掴み、婚約を破棄した。

 これでようやく毒から逃れ、生きられる。
 そう信じて、屋敷のテラスでお茶を飲んでいた、そのとき。喉を、焼き尽くすような感覚。

 ――うそ、また毒? 専属メイドが淹れたお茶に? どうして? なぜ? だと、疑問を抱いたまま私は命を落とした。

 ずっと、自分の死の原因はカサロだと思っていたのに、彼と婚約を破棄しても私は毒で死に、七歳へと巻き戻る。

 死からの逃げ道はどこにもなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、偽りの愛に縋る彼らに、私は告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!

夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」 婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。 それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。 死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。 ​……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。 ​「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」 そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……? ​「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」 ​不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。 死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。

華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。 王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。 王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

公爵令嬢ローズは悪役か?

瑞多美音
恋愛
「婚約を解消してくれ。貴方もわかっているだろう?」 公爵令嬢のローズは皇太子であるテオドール殿下に婚約解消を申し込まれた。 隣に令嬢をくっつけていなければそれなりの対応をしただろう。しかし、馬鹿にされて黙っているローズではない。目には目を歯には歯を。  「うちの影、優秀でしてよ?」 転ばぬ先の杖……ならぬ影。 婚約解消と貴族と平民と……どこでどう繋がっているかなんて誰にもわからないという話。 独自設定を含みます。

処理中です...