悲隠島の真実

文字の大きさ
13 / 29
エピソード2:吊るされた男

二枚のカード

しおりを挟む

―――

――3日目


『皆さん、起きて下さい!皆さん、起きて下さい!』
「んぅ~……今何時?」
 天上の声に起こされて、寝ぼけたままの頭で時計を見た。朝の6時。

「今度は何!?」
 僕は慌てて着替えながら部屋の外に出た。廊下を行くと3号室の前に人が集まっている。帝叔母さんの部屋だ。

「何があったんですか?まさか帝叔母さんの身に何か……」
 前にいた人の脇をすり抜けて部屋の中を見ると言葉を切った。呆然と立ち尽くす。

 帝叔母さんは机の前の椅子にこちらを背にして座っていた。それだけ見たらただ座っていると思うだろうが、異常だったのは左手がだらんと垂れ下がっていてそこに赤黒い血のようなものがこびりついていた事だった。その下の絨毯には点々と跡がついている。

「叔母さん!」
「駄目だ、流月くん!」
 思わず近寄ろうとした僕を坂井さんが止める。僕は息を切らしながら坂井さんの方を見た。
「……亡くなってるんですか?」
「今大和刑事が見てくれている。」
 坂井さんの視線の先を見ると大和刑事が叔母さんの横にしゃがみ込んでいた。しばらく様子を見た後、大和刑事は立ち上がった。

「残念ながら死んでいます。死後硬直の具合から見て昨日の夜の8時から10時の間ってところですかね。」
「それでは昨日我々が自分達の部屋に帰った頃から2時間くらいの間、という事ですな。」
 相原さんが言うと大和刑事は頷いた。

「しかしおかしいですね。楠木さんは昨日あれだけ取り乱して次は自分だと怯えていたのに、犯人を部屋に招き入れたって事ですか?しかもこの体勢……よっぽど親しい間柄でないと背中を見せるなんて事はしないと思うけど。」
 服部さんが僕の方を意味ありげに見る。僕は慌てて首を振った。

「僕は叔母さんの部屋になんて来てませんよ!」
「まぁ、待って下さい。楠木さんは殺されたんではないよ。」
「え?どういう事ですか?」
「見れる人だけ見て下さい。左手首に躊躇い傷がある。これは自殺の死体によくある傷で、自殺しようと決心してもいざその時になると躊躇って、傷が何重にも重なるんだよ。で、これが致命傷の傷ね。あとそこに剃刀が落ちている。」
 恐る恐る叔母さんの左手首を見ると、大和刑事の言う様に傷が何重にも重なっていた。その中で一際長くて深い傷があってそこに血が固まってついていた。そして絨毯の赤黒い跡の上に剃刀が落ちていた。

「じゃあ叔母さんは自殺だと……?」
「そう見るのが妥当だろう。」
「そんな……」
「成程。この犯人は楠木さんの事をよくわかっているようだ。二人を殺す事で楠木さんが自殺するように追い詰めたのだろう。」
「でも自殺しなかったらどうするつもりだったの?」
 相原さんの言葉を白藤さんが否定する。それでも相原さんは首を振った。

「いや、限りなく高い確率で楠木さんは自殺していた。昨日のあの怯えようは異常だった。本人は可愛がっていたと言ってたが、それは多分嘘だろう。まぁ小さい時は可愛がっていただろうが、楢崎さんに恨まれている覚えはあったと思う。」
「ねぇ、流月くんだっけ?何かないの?陽子が叔母さんを恨む理由。」
 星美さんに見つめられて僕は言葉に詰まった。少し逡巡した後、僕は顔を上げた。

「実は帝叔母さんは……姉を虐待していました。」
「え?」
「何だって?」
 皆が揃って声を上げる。僕は一つ深呼吸をすると続けた。

「姉は僕が言うのもなんですが綺麗な人でした。帝叔母さんの旦那さんが手を出そうとする程に。」
「何と!」
 植本さんが絶句する。他の人達も唖然とした顔をしていた。
「帝叔母さんは姉を呼び出して頬を叩きました。すぐに我に返ってその時は謝って済んだのですが、その後も叔母さんの旦那さんが事あるごとに姉を狙ったのでその度に暴力を……」
「酷い……」
 星美さんが顔を覆う。坂井さんがギリッと唇を噛んだ。

「それでも姉は叔母さんを信じていました。いつかやめてくれるだろうと。だけど虐待は続きました。……次第に陽子は叔母さんを避けるようになり、高校を卒業した後は連絡を絶ちました。」
「そうだったんだね。それを負い目に感じていた楠木さんは贖罪の意味も込めて自殺したのか。」
 大和刑事がしみじみ言うと、何人かが協調したように頷いた。

「ん?あれは?」
 静けさがその場を支配しかけた時、植本さんが不意に言った。皆がそれに反応して植本さんの方を見る。
「机の上に何か置かれている。あれは、タロットカード?」
「あ、本当だ。これは女帝のカードね。二枚ある。前の二人の時のように重なってるわ。」
「自分で自分を殺した、という事を示してるんじゃない?よくわかんないけど。」
 服部さんが面倒くさそうに言う。
「確かにそう取れるね。楠木さんが置いたのかな?」
「さぁ?叔母さんがタロットカードを持ち歩いてるなんて聞いた事ないけど。」
 坂井さんの問いに僕が答える。すると相原さんが口を開いた。

「犯人が我々の隙を突いて置いたのかも知れん。そうなると、この中に犯人がいるという事になるがな。」
「ちょっと変な事言わないでくださいよ。犯人は姿のわからない招待主でしょ?」
 新谷さんが情けない声で言うと相原さんは鼻で笑った。
「ここまでくるとそうとも言っていられないのではないか?犯人はこの中にいて、我々の様子を見て腹の中で嘲笑っている。」
「じゃああと五日間、この中の誰が犯人かわからないままここにいろって言うんですか?」
「そうなるな。」
 冷静な相原さんの返しに新谷さんの体がブルブルと震え始める。白藤さんが無言で肩を撫でた。

「とにかくこの部屋も閉鎖します。皆さん、出て下さい。」
 大和刑事のもうお馴染みとなったセリフに、皆が従って廊下に出る。ガチャンという鍵のかかった音が意外に大きく響いた。

「もうダイニングに集まるのは嫌だ。俺は部屋に戻る!」
「ちょっと孝人!……私も部屋に行くわ。皆さんはご自由にどうぞ。」
 新谷さんと白藤さんが自分達の部屋に向かう。戸惑った空気が流れたが植本さんがパンと手を打った。

「今日はそれぞれ自由に過ごそう。襲われないように部屋には鍵をかけて、あまり出歩かないほうがいい。」
「……ご食事は如何致しましょう?」
「じゃあ朝食は抜きにして昼食は12時になったらそれぞれの部屋に運んでくれませんか?お手数おかけしますが。」
 小泉さんに申し訳無さそうに言う坂井さん。誰も異を唱えなかったので、小泉さんと星美さんは無言で頷いた。

「でもずっと部屋に籠もったままでは無事が確認できません。午後六時になったら一旦ダイニングに集まりませんか?」
「それも一理あるな。それではそうしよう。」
 大和刑事が縋るような目つきでそう言うと、相原さんが同意する。それもそうだと思って僕も同意の意味で頷いた。服部さんは渋々と言った感じで顎をしゃくり、植本さんと坂井さんは微笑んだ。

「それじゃあ後で。」
 坂井さんの一言で皆が別れる。僕は一抹の不安を抱えながら自分の部屋へと向かった。


.
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

処理中です...