悲隠島の真実

りん

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エピソード3:隠者

告白

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―――

「坂井さん、どうして……」
 坂井さんの部屋のドアを開けた瞬間、4人共足を止めて絶句する。そこには斉木さんと植本さんの部屋が再現されていた。

 頭を暖炉に突っ込んで俯せになった体に複数の刺し傷と頭には殴られた跡。顔は焼け爛れて見るも無惨だった。つい昨日まで親しく話していた人がこんな状態になっている事が酷く悲しかった。涙が込み上げてくる。
 ここに来て最初に言葉を交わした人がこの人だった。自己紹介をして、笑顔をみせてくれて……何処か懐かしい雰囲気を纏うこの人が僕は好きだった。何でこんな目に合わないといけないんだろう。

「部屋には鍵をかけてとずっと言ってた人が簡単に犯人を入れたのか?」
 大和刑事がブツブツ言いながら遺体を見ている。僕もそこに疑問を持った。

 坂井さんは犯人に襲われないように部屋に一人でいる時は必ず鍵をかけろとしつこく言っていた。それなのにこうして犯人に殺されてしまった。どういう事なのか。

「ここにボイスレコーダーがあるよ。坂井さんか犯人が残したものじゃない?」
 服部さんがベッドの上にあったボイスレコーダーを手に取る。僕達は服部さんの元に駆け寄った。大和刑事がスイッチを押す。すると坂井さんの声が流れた。

『告白します。私は罪を犯しました。実は私は昔、楢咲陽子さんの母親と政略結婚をさせられそうになりました。私の父親である緒車製薬の社長と楢咲財閥の会長の間で交わされた約束で、まだ若く権力もまともな勢力もない私は言いなりになるしかありませんでした。私は陽子さんの母・楢咲智恵子に会い、交際を始めました。智恵子もまだ若く大学を卒業したばかりでした。世間知らずで金持ちのお嬢さんらしく我儘で傲慢で、それでも綺麗な人でした。最初は嫌々でしたが段々惹かれていく自分がいました。そんな時、私の父親からある事を頼まれました。智恵子を騙して楢咲商事の株の10%の権利を私に譲るように持ちかけてくれと。将来結婚して婿になるのだからそのくらい簡単に了承するだろうと。私は智恵子を騙して株の10%を得る事に成功しました。すると父は即座に婚約破棄を申し入れました。楢咲会長は当然激怒しましたが、父がマスコミに婚約破棄は楢咲財閥の一方的なものでこちらに非はない事。株の件も智恵子が勝手にした事だと暴露しました。その結果、楢咲財閥の株価は急激に下落。徐々に没落していきました。もちろん緒車製薬も無傷という訳にはいかなかったが、その時から坂井製薬と密約を結んでいた為破産は免れました。陽子さんがお金を必要としていた時に智恵子からの援助を迷惑を掛けるからと頑なに拒んだのは、そういった事情があったからです。もしあの時智恵子が自由にできるお金があって陽子さんを助ける事が出来たなら、キャバクラでバイトをする事もなかったし早乙女さんに見つかる事もなかった。植本さんに懺悔する事もなかったから皇さんから罵声を浴びる事もなかった。全ての原因は私にあります。植本さんのように覚悟を決めるのは正直怖かった。それでも私は、私のところに犯人が来たらドアを開けようと思います。皆さん、騙すような事をして申し訳ありませんでした。この生命をもって罪を償います。』

「……そんな事が……」
 僕の口から絞り出したような声が漏れる。他の人達も流石に言葉が出ないようだ。
 相原さんがスイッチをオフにして元のようにベッドに置く。その時、廊下が騒がしくなって白藤さんと星美さんと小泉さんが現れた。

「もう昼になるわよ。何してる……キャッ!」
「さ、坂井さん……」
「姿が見えないと思ったらまさか……」
 白藤さんが坂井さんの遺体を見て短い悲鳴を上げ、星美さんと小泉さんが口に手を当てる。僕達は黙って首を振った。

「これで、半分になっちゃった。」
 ボソッと星見さんが呟く。それを受け、それぞれ探るような目をお互いに向けていた。

 この中に犯人がいる。それはもう揺るがない事実になっていた。おそらく単独犯だろう。誰だ?どうしてこんな残酷な事を繰り返す?この館に集めて罪を暴露し、己の愚かさを自覚させるだけで良かったのではないか?口には出さないけれどそれぞれ苦しんでいたではないか。それを次々に順番通りに殺して、残った者にプレッシャーを与える事の何が面白いのか。僕は段々犯人に怒りを覚えてきた。

 僕は陽子を誰よりもわかっている。ここにいる人達が陽子に何をしたのか全て知っている。それでも、僕は許す事を選んだ。憎かったけど陽子は復讐を望んでなんかなかったから。僕が陽の光を浴びて自由に元気に自分らしく生きる事を願っていると思ったから。なのに……

「出てきて下さい……」
「流月くん?」
「誰なんですか?こんな酷い事をして何が楽しいんですか?犯人がいるなら今すぐ認めて下さい!」
 心配そうな顔で近づいてきた星美さんがびっくりした顔をする。ハッと口を抑えた。考えていた事が思わず口をついて出てしまった。そっと皆を見ると呆気にとられた顔をして僕を見ていた。

「まぁ、君の言いたい事はわかるよ。僕も同じ気持ちだし。でもここは一旦冷静になろう。とりあえず部屋には鍵をかけてダイニングで昼飯でも食べよう。準備が出来たんですよね?」
「え、えぇ。」
 大和刑事が小泉さんに聞くと彼は頷いた。溜め息をついて部屋を出た服部さんを先頭に僕達は坂井さんの部屋を出た。閉まっていくドア越しに坂井さんの足が見えた。

「白藤さんはどうしますか?」
 小泉さんが白藤さんに声をかける。白藤さんはちょっと考える素振りをすると、肩を竦めた。

「行くわ。」
「じゃあ行きましょう。」
 ぞろぞろと廊下を歩いていく。少しは頭が冷えたがまだ怒りの火種は消えていなかった。


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