悲隠島の真実

りん

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エピソード2:吊るされた男

吊るされた男

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―――

「何言ってるんですか?僕が陽子?僕は……」
「ほら、メガネを取ったらそっくり。」
「それは、姉弟だから……」
 慌ててメガネを取り返そうと腕を伸ばすが、白藤さんはさっとメガネを持った手を上げて僕を避けた。

「あなたがこの島にこの館を建て、私達を呼んだ。自分がされた事への復讐の為にね。」
「で、でも陽子は本当に死んだ。ちゃんとニュースにもなったし新聞にも載った。現場にはたくさんの人がいて、目撃者もいる。なのにどうして僕が陽子だと?」
「それは……」
「要するに確実な証拠はない訳ね。恋人が死んで頭どうにかなっちゃったんじゃないの?」
 星美さんが馬鹿にしたように笑う。白藤さんはグッと唇を噛むと僕にメガネを返した。僕はポケットからハンカチを取り出して汚れを拭うとメガネを掛けた。視界がクリアになってホッとする。

「もしあの時陽子が死んでなかったらって思ったのよ。生きてたらあの子そっくりのあなたが陽子って事になるじゃない?陽子は身長もあなたくらいだったし髪を切れば男の子でとおる。」
「だからって彼が楢咲陽子だと決めつけるのはなぁ。」
「呆れたね。」
 大和刑事がため息混じりに言い、服部さんが鼻で笑った。相原さんはさっきからずっと黙っている。小泉さんは何処か心ここにあらずといった感じでソワソワしていた。

「どうしたんですか?小泉さん。」
「え、えぇ。新谷さんが亡くなったという事はまたタロットカードが何処かにあるのではないかと思いまして。あの木の周囲にはざっと見た限りなかったものですからもしかして部屋にあるのではないかと。」
「そうだな。じゃあ皆で行きますか。」
 大和刑事が皆を見回しながら言うと、全員が戸惑いながらも頷いた。物置部屋を出て廊下を歩く。

「大丈夫ですか?白藤さん。」
「大丈夫よ。ほっといて。」
 後ろを歩きながら白藤さんに声をかけると冷たい声が返ってくる。僕は気まずい気持ちになりながら彼女の方を盗み見た。

 恋人が亡くなって混乱していたとはいえ、僕を陽子だと断定するとは予想外過ぎて本当にびっくりした。僕は何故か垂れてきた汗を拭いた。

「白藤さん、入ってもいいですか?」
「私が先に入るわ。」
 大和刑事を押しのけて白藤さんが自分の部屋に入っていく。その後をぞろぞろと続いた。

「今までの例からすると机の上に置いてあるだろう。ほら、あった。」
 相原さんが目ざとく机の上にあったタロットカードを指差す。そこに皆が集まった。
「恋人のカードに吊るされた男、ね。さっきの光景そのままね。恋人は正位置ね。恋愛、情熱、結婚、ときめく心、調和。吊るされた男は逆位置だわ。」
「これが逆位置、ですか?」
 僕が吊るされた男のカードを指差すと、星美さんは頷いた。
 吊るされた男のカードは頭を上にしている。パッと見た限りこの位置が正位置だと思ったけど違うのだろうか。

「このカードはね、足を縛られて木に逆さ吊りにされている男の絵柄なの。だから逆さまになっているのが正位置。だからこれは逆位置って訳。意味は報われない苦悩、徒労、投げやり。新谷さんの行動にあってるわね。」
「こんな酷い事して……許せない!確かに孝人は陽子に悪い事したわよ。今だから言うけど、あいつは私と付き合っていながら陽子に手を出した。だけど結局陽子の方から別れを切り出したのよ。陽子だって本気だったのかどうか怪しいもんだわ。それなのにこんな所に呼びつけてこんな目に……」
「何被害者ぶってるのよ!」
 星美さんの金切り声が部屋に響く。白藤さん以外の全員が肩を震わせた。

「貴女からの虐めに耐え切れなくなって陽子は自分から身を引いたのよ。確かに最初はあの男から言い寄られて迷惑していた。でも段々好きになっていって、でも彼女がいるって知って悩んでいた。そしてその彼女から虐められて……それでも耐えていたのはあいつが本気で好きだったから。信じていたから。あいつの方から彼女にもう虐めは止めろと言ってくれるって思ってたから。でもあいつは陽子を助けてはくれなかった。だから別れたのよ!」
「白藤さんが楢咲さんを虐めてた?」
「そうよ!こいつは陰湿なやり方で陽子を追い詰めていった。でも我慢強い陽子はじっと耐えていた。私がその事を知ったのも、陽子が屋上に続く階段で人知れず泣いていたのを偶然見たからで。最初ははぐらかされたけど何度も聞いたら答えてくれた。それを聞いた私はあんたに問い詰めようとした。でも陽子が止めたから……」
 そこで星美さんはガックリと膝をついた。

「だけど無理矢理にでも虐めを止めさせれば良かった。私は知っていながら放置したのよ。陽子があの男と別れを決意するまで知らないフリをしてしまった。私がここに呼ばれた理由、陽子に殺される理由はこれよ。陽子は本当は私に助けを求めていた。なのに私は……」
「星美さん……」
 僕がそっと肩に手を置くと、彼女は僕の手を握った。

「ホント、そっくりね。その慰め方。私が落ち込んだ時、いつもこうやって肩に手を置いて『大丈夫』って言ってくれた。懐かしい。」
「……」
「ふん!何よ!人の彼氏奪っといてただで済むと思ってたの?嫌がらせの一つや二つやられたってしょうがないんじゃない?」
「開き直り?どこまで性根が腐ってるの?」
「まぁまぁ、二人ともそこまで。」
 大和刑事が二人を止める。それでも白藤さんと星美さんは睨み合っていた。

「凄いね、女の戦いは。それにしても君、恋人が殺されたっていうのに悲しんでないんだね。普通は泣いたり落ち込んだりするもんだけど。」
 服部さんが呆れた感じで言うと白藤さんは星美さんから視線を逸らして窓の方を向いた。

「別に悲しくない訳じゃない。でも犯人の思う壺にはなりたくないのよ。」
「思う壺?」
「犯人は孝人が死んだら私が嘆き悲しんで、その挙げ句楠木さんみたいに自殺でもすれば手間が省けると思っているんじゃない?でもそんな事はさせない。私はそんなひ弱な人間じゃない。私の事をどんな風に狙うのか。見ものだわ。」
「君の性格はわかった。これじゃ犯人は苦労するな。」
 大和刑事がため息混じりに言う。僕もそう思った。この人は一見綺麗で良いところのお嬢様っていう感じだけど、中身は結構過激な考えの持ち主だ。

「はぁ~……疲れたわ。休みたいから出て行ってくれない?あ、小泉さん。昼食忘れないでね。」
「かしこまりました。」
 小泉さんが額の汗を拭きながら返事をする。僕達は頷き合って白藤さんの部屋を出た。

「凄かったですね。ハラハラしましたよ。本当に大丈夫ですか?星美さん。」
「うん、ありがとう。私は厨房に戻るわ。じゃ。」
「では私も。」
 小泉さんと星美さんが厨房に戻って行く。手持ち無沙汰になった僕達は顔を見合わせた。

「そういえば坂井さんがいませんね。どうしたんだろう?」
「こういう時真っ先に行動を起こす人なのにね。」
「部屋に行ってみようか?」
「そうですな。」
 僕が言うと服部さんと大和刑事、そして相原さんまでが同意した。


 そして4人で連れ立って坂井さんの部屋に向かったのだった。


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