悲隠島の真実

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エピソード3:隠者

後悔

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―――

 大物政治家の息子というのは他人が思うよりも何倍も大変で辛くて、そして虚しいものだ。

 物心ついた時から父親は既に衆議院議員で、若いながらも頭角を表していた。小学生の中学年になると法務省だかの副大臣に選ばれてたまに顔がテレビに映ったりしていた。国会中継でもカメラにぬかれる事が多く、近所の人や同級生からはあの服部茂吉の息子という目で見られていた。

 服部力哉としての個人よりも服部茂吉の息子としての人生を送る事を余儀なくされた僕は、成績優秀・品行方正、そして人の上に立つ人間として正しく振る舞わなければならなかった。死ぬ気で勉強して変に思われないように服装にも気を使い、言葉遣いも丁寧に威圧感を与えないように優しく接する。それが当たり前の世界だった。

 最初は父親が誇りだった。ああいう人になりたいと思っていた。でも地位が上がるにつれ、父は傲慢になっていった。気に入らない事があるとすぐに怒鳴り散らして母や僕に当たる。いつも命令口調で少しでも成績が下がると家に入れてもくれなかった。そんな父が段々嫌いになっていき、口も聞かなくなり、家に帰る事もほとんど無くなった。悪い仲間とつるんで遊び回って完全に不良になった。そうなると僕に注がれていた羨望や憧れの視線は見下す目に変わっていった。

『服部茂吉の息子は父親に似ず、役立たずだ。』そうレッテルを貼られた。それでも良かった。やっと開放されたと思った。でも父の影は何処までも僕を追いかけてきた。被選挙権を得られる25歳になった途端呼び出され、跡を継ぐ事を強要された。拒否権はなかった。結局僕は『服部茂吉の息子』なのだと思い知らされた。

 父の秘書をしながら議員になる準備をしていた頃、ストレス解消の為に電車で痴漢をするようになった。犯罪だという事はわかっていた。でも一度あのスリルと恍惚感を味わうと止められなかった。被害者の女性は恐怖と恥ずかしさで僕を突き出す事は出来ない。それをいい事に行為はエスカレートしていった。

 何度目の痴漢行為だっただろう。ターゲットになったのが楢咲陽子だった。綺麗な顔立ちとスタイルのいい、良いところのお嬢様然とした彼女は僕の好みだった。僕のせいで怯えて何も言えずにいる彼女に歪んだ感情を持つのに時間はかからなかった。寝ても覚めても彼女の事が頭から離れない。仕事中もずっと考えて集中出来ない。でもこれまで女性と付き合った事のない僕に、普通に彼女と接触して交際を申し込む事など出来なかった。だから痴漢を続ける事が僕なりの愛情表現だったのだ。

 しかしそれも終りを迎えた。横から入ってきた無粋な奴に捕まったからだ。でもここで『服部茂吉の息子』の肩書きが初めて役に立った。僕は無罪放免になり、裁判にも勝った。だけどもう二度と彼女に会う事はなかった。

 僕が彼女を傷つけた。その時になってようやく自分の過ちに気づいたのだ。彼女は裁判により、嘘つきだというレッテルを貼られた。役立たずのレッテルを貼られて悔しかった気持ちが甦ってきた瞬間、取り返しのつかない事をしたのだと思った。

 もう一度会いたい。会って謝りたい。でも連絡の取りようがなかった。だから死んだと知った時、後を追おうと何度思っただろう。だけど小身者の僕には出来なかった。

 招待状が来た時、もしかして陽子は生きていて僕に会いたいと思っているのではないかと思った。だからここに来た。でも彼女はやっぱりいなかった。

 虚しい。いつか感じてた感情が溢れてくる。そう、僕の人生は虚しいんだ。どんなに足掻いても変えられない。それが『服部茂吉の息子』の人生だ。

「でも死にたくない!僕は……」
 自分の部屋で頭を抱える。この島にやって来た人達が順番に殺されている。そして次は僕の番だ。僕は僕の罪を痛い程わかっている。それでも死ぬのは怖い。

『トントントン』

 突然のノックの音に飛び上がる。犯人だろうか。いや、絶対にドアは開けないぞ。僕は植本さんや坂井さんとは違うんだ。死んだら陽子に会えるのかも知れないと思った事はある。それでも、それでも僕は……

「絶対にドアは開けない!僕の事は諦めて行ってくれ!」
「……」
 ドアの外にいる何者かが何か喋っている。僕はゆっくりドアに近づいて耳をすませた。
「……え?」
 思いがけない言葉に絶句する。だらんと下がった手に力がこもった。



―――

――6日目


 何だか嫌な予感がして服部さんの部屋に行った僕が見た光景は、やっぱりと言うべきか惨状だった。例のごとく頭を暖炉に突っ込んだ遺体がそこにあった。

「服部さん……」
「どうしてこんな事に……」
 小泉さんと星美さんも口に手を当てて沈痛な面持ちだ。大和刑事はいつものように手袋をして部屋のあちこちを調べている。ドアの鍵穴を覗いていたかと思ったら勢いよく立ち上がった。
「こじ開けた跡はないな。服部さんが自ら犯人を入れている。」
「用心深そうな人だったけどね。昨日も鍵かけて絶対に誰も入れないって言ってたのに。」
「確かに、そうでしたな。」
 白藤さんが若干呆れた感じで言うと、相原さんも頷いた。

「あ、タロットカード。」
 これもお約束どおり、机の上にタロットが置いてある。僕は近づいていって覗き込んだ。すかさず星見さんも隣に来る。
「力のカードね。逆位置だわ。意味は無力、力不足、諦め、優柔不断、落胆。大物政治家の息子っていうのも大変だったのかもね。上に被さっているのは塔のカード。正位置ね。災害、災難、事故、崩壊、ショック。何かショックな事でも起きたのかしら?」
「さぁ?それにしてもどうして犯人は部屋に入れたんでしょう。この状況で夜中に訪ねてきた人を誰であれ、部屋に入れるのは自殺行為だって服部さんだってわかってたはずです。例え僕でも入れてくれなかったと思いますよ。なのに……」
 僕は顎に手を当てて考える。服部さんの気持ちになってみたけど、答えは見つからなかった。

「とにかくこの部屋も鍵をかけましょう。小泉さん、お願いします。」
「はい。」
 皆が部屋を出て小泉さんが鍵をかけるところを廊下で待っている。その時、白藤さんが声を発した。
「一人いるじゃない。部屋に入れる人。」
「え?誰ですか?」
 僕が聞くと白藤さんはニヤリと笑った。

「貴方ですね、小泉さん?」
 ガチャンという鍵がかかる音が静かな空間にこだました。

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