十五年は長過ぎる

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現在

爆発寸前の想い

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―――

 あの時――


 十五年前のあの日。

 俺は自分でも驚くくらいの行動力で、ヒカルを夕飯に誘った。

 戸惑いながらもついてきたヒカルだったが、俺が小説家になりたいという話を聞いた途端人が変わったみたいになり、そこからは好きな小説家やどんな作品を読んできたかなどで話題が尽きなかった。

 そして最後に、自分も小説家になりたかった事。でも才能がなくて諦めかけている事を告白し、泣きそうな顔で黙り込んだ。

 確かにヒカルが書いた小説は稚拙な部分はあるが、それはまだ発展途上であって、これから伸びる可能性を秘めていた。俺は何度か励ましたが、意外と頑固な彼は上京してきてから一度も書かなかった。

 数年後、俺は小説家としてデビューした。嬉しかったが出来れば一緒にデビューしたかったという思いはどうしてもあった。

 そして俺は決意する。ヒカルを自分の助手兼秘書にしようと。

 傲慢と思われてしまうのではないかと心配したけど、快く了解してくれてホッとしたのを覚えている。

 身の回りの世話を全て任せている方としてはあまり大きな声では言えないが、俺の側にいる事でもう一度書きたいと思ってくれないかと密かに期待しているけれど、いまだに筆を取っている彼を見た事はない。

 もしかしたら俺自身がヒカルの足枷になっているのではないか。手放してあげた方が彼の為になるのではないか。
 そう思っても我が儘な俺は、ヒカルに側にいてもらいたいのだ。



―――

「……っの…ひ…の!おい、火野!」

 突然耳元で叫ばれてビックリして目を開ける。すると目の前には怒った顔のヒカルがいた。腰に手を当てて頬を膨らませている。

 アラフォーの男がすると痛いというかキモい仕草も、こいつだと不思議とアリかと思ってしまう。……うん。キモいのは俺か。

「何か用か。」
 何事もなかったように素っ気なく言うと、膨らんでいた頬が更に大きくなった。

「だ~か~ら~!次の休みの日に何処に行くか決まったのかって聞いてんねん。特にないんなら俺の行きたいとこにするけど、勝手に決めたら決めたで後で絶対文句言うやんか。行きたい所あるの?ないの?どっち!?」
 早口で捲し立てられて思わず仰け反る。俺は苦笑しながらヒカルの肩をポンポンと叩いた。

「俺は何処でもいいぞ。ヒカルが決めろよ。」
「いいの!?」
 一転笑顔が弾ける。相変わらず喜怒哀楽が激しい。

 この一見大人しそうな外見のせいで騙されそうになるが、こいつは結構曲者だ。俺の代わりに出版社の人やマスコミ関係の人と話している時は何匹も猫を被っているので、時々可笑しくなる事がある。

 こいつは貴方達が思っているような奴じゃないですよ、と言いたいが、本当に言ったらこてんぱんに怒られるどころか俺の仕事が全部パァになるから言わない。

 まぁ、俺だけが見れる素の顔という事で、本気で誰かに見せようとは思っていないが。


「じゃあさ、俺水族館に行きたいねん!」
「…………」
「あ!何や、その顔は!今ガキっぽいとか思ったやろ!」
「……いや、思ってない。」

『いや、一瞬思いました。』なんていう言葉を唾と一緒に飲み込む。再び怒り出したヒカルを宥めながら素早く脳みそを働かせた。


「水族館、いいじゃないか。楽しそうで。」
「……ホンマか?」
「ホンマ、ホンマ。」
「下手な関西弁止めろや。……で?水族館でええの?他に行きたい所は?」
 怒ったかと思ったら今度は不安げな顔。本当に飽きないな、こいつは。

「特に行きたい所なんてない。水族館でいいよ。それに……」
「それに?」
「ヒカルと一緒なら何処でもいい。」

 言った瞬間のヒカルのポカンとした表情に、言葉のチョイスを間違えた事に気づいた。

「あー……えっ…と……」
「そ、そうやんな。俺も火野と一緒なら何処でも楽しいよ。と、友達……なんやから。」
「おう……」

 何だか妙な雰囲気になってしまった。どうにかしてこの空気を元に戻すには何をしたら……


『お風呂が沸きました。』

 絶妙なタイミングで壁のモニターが喋った。弾かれるように立ち上がったヒカルは、もの凄い早さで風呂場に走っていった。

「火野ーー!お風呂沸いたで~!」
「いや、わかってるから……」

 ヒカルの天然にいつもの調子を取り戻した俺は、風呂に入るべく準備に取りかかった。


 たまにこういう事が起こる。

 友人だと思っていた相手、しかも自分と同じ男を好きになってもう何年も経つ。
 最初の頃は別々に暮らしていたがいつからか一緒に住み始めた。

 俺達の関係は友人で仕事のパートナー。そして家族でもある。
 そんな近い存在になっているから、ついぽろっと今みたいな事を普通に言ってしまう時があるのだ。

 ……友人なのに。友人だとしか思われていないのに。


「早く入れや!」
「いでっ!」

 何故か消しゴムが飛んできて、頭に刺さった。振り向くと鬼の形相のヒカルがそこにいた。


 出会ってから十五年。

 ヒカルに対して最初に抱いた気持ちは時が経つにつれてどんどん大きくなっていって、今ではもう爆発寸前。

 ついぽろっと本音が出てしまうくらいに危うくて、でもその危うさが楽しく思えて。


 叶わない恋なのだからせめて楽しく過ごしていきたい。

 ――そう、思っていた。



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