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虫の音
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◆◆◆◆◆
庭に虫の音が響いていた。
夏の終わりの夜気は、すこし冷たく、けれど心地よい。
縁側に腰を下ろしていた吉憲の隣に、義周が音もなく座る。
いつの間にか用意していたのか、湯飲みを差し出された。
「……ありがとう」
そう言って受け取った手を、義周がそっと包む。
「兄上の手、冷えてます」
「風が出てきたからな。……お前は平気か?」
「平気です。でも、兄上が冷えてるのは、あまりよくない」
そのまま、義周は吉憲の左手を膝に乗せた。
なぞるように指先に触れ、何度も温めるように撫でていく。
「……子供じゃあるまいに。大げさだ」
「じゃあ、子供のころから、ずっとこうして触れたかった私の気持ちは?」
低く、冗談めかした声。
けれど、吉憲は笑えなかった。
掌に伝わる熱が、あまりにも真っすぐで。
「兄上は……いっつもそうやって、私を“弟”に戻そうとする」
「……そういうものであろう」
「そういう“もの”を越えたくなる夜も、ありますよ」
言葉の途中、義周の左手が、吉憲の襟元に触れる。
指先が迷いなく、衣の端をすっと引いた。
「義周、やめろ」
「――やめません。今夜だけは」
熱を込めた声とともに、義周は手を離さなかった。
むしろ、優しく、慎重に、主君である兄の衣を脱がせていく。
「ずっと想っていました。兄上が何を着ていても、私は中を想像してしまう。
……どこまで触れていいのか、どこまでなら兄上は拒まないのか」
「お前は、何を……」
「左手だけで、兄上を蕩かせられたら、私の勝ちですよね?」
口づけは、首筋に。
遠慮がちな唇が、やがて形を変え、吸い付き、熱を与えていく。
「……っ、義周……っ」
「声が震えました。……もっと、聞かせてください」
左手だけで崩されていく、矜持と格式。
それでも吉憲は、なぜか逃げなかった。
――もう、随分前から。
この弟に触れられることを、心のどこかで望んでいたから。
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庭に虫の音が響いていた。
夏の終わりの夜気は、すこし冷たく、けれど心地よい。
縁側に腰を下ろしていた吉憲の隣に、義周が音もなく座る。
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「……ありがとう」
そう言って受け取った手を、義周がそっと包む。
「兄上の手、冷えてます」
「風が出てきたからな。……お前は平気か?」
「平気です。でも、兄上が冷えてるのは、あまりよくない」
そのまま、義周は吉憲の左手を膝に乗せた。
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「……子供じゃあるまいに。大げさだ」
「じゃあ、子供のころから、ずっとこうして触れたかった私の気持ちは?」
低く、冗談めかした声。
けれど、吉憲は笑えなかった。
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「そういう“もの”を越えたくなる夜も、ありますよ」
言葉の途中、義周の左手が、吉憲の襟元に触れる。
指先が迷いなく、衣の端をすっと引いた。
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「お前は、何を……」
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「……っ、義周……っ」
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それでも吉憲は、なぜか逃げなかった。
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