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第9話 デビュー?

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◆◆◆◆◆


「おい、正美。正美聞いてるんか?」
「え・・?」

一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる。でも、和樹の顔を見て、ここが職場のマンションである事を実感する。

「正美?」
「和樹・・」

今日は、和樹の漫画の新連載の打ち合わせの日だ。出版社の担当さんと僕と本人の三人でおこなっていた。まあ、僕はただのアシスタントだから、時々意見を求められれば答える程度の役割だけど。

その打ち合わせも大体済んで、そろそろお茶を入れ直そうとキッチンに入ったところだった。そこで、ぼんやりと時を過ごしてしまったみたい。

「正美、大丈夫か?」
「あ、うん」

キッチンの入り口では、和樹が心配そうに僕を見つめていた。

「何回も呼んだで?考え事か?」

「うん、ごめんね。ちょっとぼーっとしていただけだよ。すぐ、新しいお茶を出すから待ってて」

僕は慌てて紅茶の用意をすると、打ち合わせの場に戻った。席に着くと何故か、担当さんと和樹がじっと僕を見つめてきた。

「あの・・新連載の打ち合わせは、大体終わったんですよね?なにか、問題でもありましたか?」

僕が担当さんに聞くと、彼は首を振った。

「特に問題はないよ。藤村先生なら固定ファンも多いし、大ヒット間違いなしです。いやぁ。俺は、藤村先生の担当でよかったですよ!!締め切りは、きっちり守ってくれるし」

「いっつも死にそうになりながら守ってるで、締め切りは!まあ、今回もある程度ヒットすると思うで自分でも。俺の絵とストーリーは一般受けするからな。もうちょい、個性的な話を描きたいとこやけど・・商業誌やからな、漫画雑誌も売れな意味ないし」

う・・もっともなご意見。

売れない漫画雑誌も、売れない漫画家も、意味がないよな。しかも、今の僕の立場はその漫画家でもない。ただのアシスタントだ。俯きそうになった僕の肩を、和樹がふわりと抱きこむ。

「うわっ」

「それより、喜べ正美!お前、デビューできるで!」

「え・・えええ!?」

「読みきりですけど。どうですか、やってみませんか、東條さん?」

担当さんがニコニコしながら、僕に聞く。読みきり?デビュー?マジで?

「ほ、本当ですかぁーー??」

僕は半信半疑で聞いていた。担当さんが頷く。

「実は社内で少年誌の読者層のてこ入れを図ろうという企画が進んでいまして。女性ファンを取り込む紙面作りをしようじゃないかということになり、その延長線上の話なんですよ」

「女性ファン・・ですか?」

「そうです。で、最初は読みきりで読者の反応をうかがう事になりました。東條さんは、BL漫画は描いた事ありますか?」

BLーーー??

「な、ないです。まったく、経験なしです」

「そうですよねぇ。東條さんの漫画は、男女の純愛がテーマですから。でも、そこを曲げてもらって新ジャンルにチャレンジしてもらいたいんですよ。もし反応がよければ、連載もありえますし」

「れ、連載!」

僕はびっくりして、担当さんと和樹を見つめた。和樹が笑う。

「前にゆうたやろ?お前の絵とストーリーは繊細やって。まあ、少年誌にはむかへんと思ってたけど、時代がいい方に流れたちゅうわけや」

「和樹」

「がんばりや。お前は俺の専属アシやから、こっちの新連載も手伝ってもらわなあかんけど。でも、読みきり描く時間ぐらいは融通したるし。どうや、正美。がんばってみるか?」

うぁ!

僕はみるみる顔が赤くなっていくのが分かった。そして、少し涙目になってしまった。

「うれしい」
「そうか」

和樹が優しく笑って、僕の肩を叩いた。担当さんも嬉しそうに口を開く。

「実は、他にも候補に挙がっていた漫画家さんがいたんですが、藤村先生が東條さんを押したもので、あなたに決まったんですよ!先生の期待にも応えられるように、極上のBL漫画をお願いしますね!」

「僕を押してくれたの、和樹?」

和樹が照れくさそうに笑う。

「お前は実力ある。それに、お前の漫画の一番のファンは俺やからな!!」

僕はますます顔を赤くして、ぺこりと頭を下げた。描いたことのないジャンルだけど、デビューできる幸運に不安感も消え去っていた。なんとなく、僕の閉塞した未来にも、展望が見えた気がした。


◇◇◇◇◇


担当が帰った後、俺と正美は二人きりになった。いまだに夢見心地の正美は、顔を赤らめて涙目だった。

なんとなく、いや確実に・・襲いたい。欲情しそうになって、俺は必死に思いとどまった。ここで抱かせろって言ったら、デビューを餌にした先生の横暴な行為になりかねない。

そんなことをもんもんと考えていると、下半身が隆起してきた。うお、勃起してきた。俺は慌てて正美に背を向ける。

あかん、女でも抱くか。このままやと、体に悪いし。出すものは出さんと。俺は携帯を取り出して、適当に女のアドレスを呼び出す。

「電話?」

正美の声が背後から聞こえた。

「女に電話するんや。なんか、抱きたなってしもてん」

「下半身男・・」
「男の性やから、しゃあないやろ?」

俺は背を向けたままそう応えた。

「そうだよな。普通、男は女にしか興味ないよね。兄さんだってそのはずなのに、僕は馬鹿な嫉妬をしているな」

ようやく、下半身が収まってきた。少なくとも、凝視しない限りはばれないだろうと思える具合には。精神力の勝利や!俺は振り返って正美を見た。

「嫉妬ってなんや?誰に嫉妬したんや。奥さんにか?」

「違うよ。男子中学生にだよ。ちょっと事情があって、兄さんが相談に乗ってあげている子なんだけどね」

「相談?」

「親から虐待されているのを個人的に知ったから、僕の兄さんが施設に連れて行ったんだよ。今は親とはなれてその施設で暮らし始めたんだけどね。その子・・その後も、兄さんと時々会っているみたいなんだ」

俺は呆れて正美を見つめた。

「お前、中坊に嫉妬してるんか?あほやな。完全にアホや」

「アホで悪かったね!とにかく、兄さんが心配なんだよ!」

「何が心配なんや?」

「人間って、苦痛から救ってくれた人に傾倒するものだろ?その中学生も、兄さんに想いを深めないかなと思って・・心配で」

俺は首をかしげた。

「その中学生は男やろ?女やったら、まあ、あっても変でもないけど。恋愛感情なんか生まれるかな?」

「恋愛感情とも言い切れないね。多分、そうだな。執着かな・・」

俺は正美の顔を見つめて、ため息を付いた。

「兄貴に執着してるのは正美やろ?」

正美が切なげに笑う。

「そうだね。僕の感情もきっと執着の部類だと思う。昔僕を救って守ってくれた人に対する執着・・あるいは妄執かな・・」

俺はそっとため息を付いて、正美を抱き寄せた。正美がはっとして俺を見つめる。

「難しい感情はよう分からん。知る必要もないわ。要するに、お前の兄貴が中学生に手をださへんかったらいいんや。いくら言い寄られてもな。それとも、お前の兄貴はロリコンなんか?」

「ロリコン以前に、男に興味はないと思うよ?変態じゃないし」

俺は笑って正美を強く抱きしめた。

「ほんなら、俺は変態やな。正美、やろか?」

正美が眉を顰める。

「女を呼び出すのが面倒になったんだろ?まったく、おおちゃく者だな和樹は」

「ええやん。お前は兄貴の身代わりに、俺に抱かれる訳やろ?お互い様やと思うけど違うか、正美?」

正美が俺の胸に顔を押し当てる。

「どうして、兄さんに・・こうしちゃ駄目なのかな。昔みたいに・・」

正美の声が震えていた。男子中学生に嫉妬する一途な馬鹿に、俺は欲情しているのだから、俺も相当のアホやな。
すでに下半身は、復活していた。

とにかく・・

「堪ったものは、体外に出すのが人間の摂理や」

「アホだな」

俺は笑って正美を寝室に促した。


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