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第27話 弘樹と要

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◆◆◆◆◆


何度も想像していたんだ。

きっと弘樹さんは、俺を褒めてくれるって。俺を抱きしめてくれて、背中を優しく撫でてくれる。そう思ってた。

『要・・よくやった』

耳元で弘樹さんが囁いてくれる姿を、何度も想像していた。なのに、現実の弘樹さんは、酷くよそよそしい。

どうして?

弘樹さん。俺はまだ足りないのかな?俺まだ弘樹さんの期待に応えていない?

俺どうすればいいの?どうすれば、俺は弘樹さんに認めてもらえる?

弘樹さん、俺は『父親殺し』になったよ。弘樹さんと同じ『父親殺し』は俺だけ。弘樹さんの気持ちを理解できるのも・・俺だけなんだ。

だからなのかな?

弘樹さんは、もっと俺に気持ちを理解しろって言ってるのかな?俺は頑張って弘樹さんの気持ちを理解する。がんばって理解するね。

だって、俺は弘樹さんのことが好きだから。大好きだから。


◇◇◇◇◇


息苦しい。

正美に散々言われて、要のお見舞いに来た。だが、一通り挨拶が終わると、要に掛けるべき言葉が見つからなくなる。上半身を起こしベットに座る要が、俺を大きな目で見つめていた。

こいつは、何を考えているのだろう?

居心地悪くなって身じろぎすると、俺の座る椅子がぎしりと鳴った。そんな小さな音に、要がびくりと体を震わせ反応する。

とにかく、黙っていても仕方ない。俺は無理やり笑顔を作り口を開いた。

「怪我の具合は、もうずいぶん良い様だね?顔色が良くて安心したよ」

「もうすぐ退院できるって、先生が言ってた。あの・・弘樹さん。今日はお見舞いに来てくれてありがとう」

「いや・・もっと早く来たかったが、色々事情があってね。要君、悪い」

俺が頭を下げると、要は慌てて手を振った。

「そんな!それより、迷惑掛けませんでしたか?殺人犯の俺と知り合いだなんて、警察内で弘樹さんの立場が悪くなったりしていないか心配で・・」

俺は驚いて要を見つめた。要がそんな心配をしているとは思わなかった。俯き呟くように言った要のことが、急に身近に感じられた。俺はそっと、要の肩に手を伸ばした。

優しく肩に触れると、要ははっとして俺を見つめ顔を赤める。

「そんな心配は要らない、要くん。俺は出世街道とは縁のない、しがない警察官だ。だから、多少立場が悪くなっても問題ない。情けない事だけどね」

俺がおどけて笑うと、要もつられてふわりと笑った。中二になって少し大人びたとはいえ、まだその笑顔も仕草も幼い。

俺は何を戸惑っていたのだろう?

俺の望みを押し付け、操り人形にしてしまった要。俺がしてあげられる事は少ない。この幼い少年の傷ついた心を、少しでも癒してあげる事ぐらいだろう。

俺は肩においた手を、そっと要の頬にずらし優しく撫でた。柔らかい肌だ。

「それより、要。自分の事を『殺人犯』なんて言っては駄目だ。お前は正当防衛だったんだから。父親に酷い目に遭わされて、要はそれから逃げる為に必死に抵抗した。要に罪はないよ」

要が顔を赤め俺を見つめる。

「でも、俺は人殺しだよ。親父を何回も刺して殺しちゃったんだから」

要の大きな目から、ぽろりと涙が溢れた。その雫が頬を伝い、俺の手に染み込む。俺は切ない気分になって、椅子から立ち上がると、要を抱きしめていた。

「違う・・悪いのは、君を追い詰めた周りの大人達だ。君を虐待した父親。虐待を知りつつ、知らないふりをした周りの大人達。そして、お前を利用した・・俺だ」

要が目を大きく開いて俺を見つめる。

「なんで!弘樹さんは悪くないよ!だって、弘樹さんだけだよ!俺の境遇に気がついて、助けてくれたのは!」

俺は要を抱きしめながら首を振った。

「違う。俺も、卑怯な大人の一人だ。分かってるだろ、要?俺はお前を利用したんだ。お前に父親殺しをさせるように、俺は仕向けた。自分や弟を小林から守りたい一心で、少年法で守られるだろうお前に父親を殺すように促した。俺の罪は大きい」

「違うよ、弘樹さん!俺は自分の意思で、殺人を犯した!」
「そうじゃない。要・・お前は俺に操られただけなんだ。ごめんな、要。お前にに罪はない。俺に全部責任がある。だから、罪の意識に苛まれる必要はないんだ。俺を責めてくれ、要。俺を恨んでくれ、要」

俺はそっと要の背中を撫でた。彼の背中が僅かに震える。要は両手を動かし、俺にしがみ付いてきた。

「恨んだり・・できるわけないよ。だって・・俺、俺!」

「俺は酷い男なんだ。要が精神的に弱っているのにつけこみ、お前を抱いた。そして、俺は要を言いなりにさせた。俺は、酷い男だ」
「違うよ・・違う!弘樹さんは、酷くなんかない!俺は嬉しかったから。弘樹さんと一つになれて、抱かれて嬉しかったから!」

不意に、要が俺に顔を寄せ唇を奪う。

「んっ・・」

しっとりとした要の舌が、ゆっくりと咥内に侵入する。幼いたどたどしい舌が、俺の何かを刺激する。いつの間にか、俺はそれに応じていた。

要を抱きしめ、俺は舌を絡めあっていた。水音が個室に響く。何かの物音がして、それをきっかけに俺は唇を離した。要が唾液を零しながら、俺を見つめていた。

「弘樹さん。俺は、弘樹さんと同じになりたかったんだ。弘樹さんと、一つになりたかった」

「一つに?」
「父親殺し」

俺はぎくりとして要を見つめた。要がふわりと微笑む。

「俺は弘樹さんと同じになれたかな?
親父を殺したから、同じになれたよね?俺だけだよ・・弘樹さんの心を理解できるのは。罪悪感も、苦しみも。そして、達成感も・・」

「達成感?」

「俺は少しも後悔してないよ。親父を殺して良かったって思ってる。ねえ、弘樹さんも感じたでしょ?父親を殺した時の達成感を?」

達成感?俺が感じたのは・・

「達成感は覚えていないな。ただ、勃起していたな。父親が焼け死ぬのを見ながら、俺は興奮していた」

「勃起??」

要が変な声を上げた。俺は酷い話をしているはずなのに、おかしな気分になって笑い出していた。

「可笑しいだろ?はっきり言って、変態だよ・・俺は」

要はしばらく不思議そうな顔をしていたが、徐々に笑顔を見せる。

「弘樹さんは理解不能だ」

「ああ、理解なんてしなくていいよ。こんな壊れた俺の事なんて・・もう放っておけよ、要。お前はこれから幸せを掴めばいいんだ。もうお前を苛む人間は、いなくなったんだからな」

要が目を瞑って俺にしがみ付く。

「弘樹さんを理解する。どんなに難しくても理解する。そうじゃないと、弘樹さんが一人になっちゃうから。俺が、理解するよ。弘樹さんの心の底まで。理解して一つになって解け合うんだ」

操り人形にした少年が、俺にまだ執着を見せている。俺に依存しようとしている。これは、厄介だ。

それでも、しばらくはこの執着と依存に、つき合うべきだろう。この少年を上手くコントロールしながら、幸せに導いてあげないと。

父親殺しの罪を彼に背負わせたのは、俺なのだから。


◇◇◇◇◇


もっと、もっと・・俺は弘樹さんを理解しないと。一つになるんだ。溶け合って、絡み合って。

俺は弘樹さんになる。

ねえ、弘樹さん。俺は、次に何をすればいい?何をすれば、弘樹さんは喜ぶのかな?

弘樹さんを幸せにしたい。

俺は弘樹さんのためなら、何でもするよ?だから、俺に見せて。弘樹さんの心の底を。そこにある願望を。

俺が邪魔なものを排除していくから安心して。弘樹さん。大好きだよ。

大好きだから・・俺は何でもできる。


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