【完結】兄弟愛ー吉良上野介の孫二人ー異聞ー

月歌(ツキウタ)

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本編

第二十七話 山吹

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第十五話 山吹

山吹が咲き始めたと、庭師が口にしたのは、朝のことだった。

上杉藩江戸屋敷の庭の片隅、竹垣のそばに連なる黄の花。
枝先にいくつも蕾を抱えて、陽に透けて揺れている。

「……もう、そんな時分か」

吉憲は欄干に手をかけ、しばしその景色を見つめていた。

松の廊下での刃傷沙汰が起きてから、屋敷の空気は静かなまま、どこかぴりついていた。

人々は平静を装っていたが、誰の胸にもわずかなざわめきがあるのがわかる。

父・綱憲つなのりも、政務を淡々とこなしてはいたものの、祖父・義央よしひさの名が出るたびに、僅かにまなざしが揺れるのを、吉憲は見逃さなかった。

そんな折、義周よしひさからの文が届く。

朝餉のあと、文箱の上に、丁寧に折り畳まれた手紙が置かれていた。
白紙を畳紙に包み、小さな重ね紙でとじられている。

見慣れた、けれど幼さの残る筆跡。
墨の香が、指先にかすかに移る。

吉憲はその場で開かず、書院の奥にある一間へと足を運んだ。
障子を閉め、静かに文を広げる。

字のひとつひとつをなぞるように目で追いながら、弟の声が脳裏に蘇る。

「……祖父上の背が、影のように揺れて見えた……か」

ぽつりと呟いた言葉が、部屋の空気をわずかに震わせた。

(義周……お前は、祖父上のどこを見て、何を思った?)

文の結びに、季節の言葉が添えられていた。

"兄上の屋敷の庭には、もう山吹が咲きましたか。"



吉憲は、障子を少し開けて外を見た。
陽に照らされた黄の花が、風に揺れている。

吉憲は筆をとり、文を綴り始めた。




義周へ

手紙、読んだ。

そちらの暮らしぶりが、いくらか想像できた気がした。
……祖父上と話したのだな。

世間では、あの御方の名は連日、口の端にのぼっている。
多くは、あまり芳しい話ではない。

正直に言えば、俺自身も、祖父上に親しみを覚えたことはない。
近づき難い人だと思っていたし、今もその印象は拭えない。

けれど、お前の文からは、祖父上の背中を見て、何かを感じ取っていることが伝わってきた。

それが――少し、羨ましかった。

俺には、あの人が何を考えているのか分からない。
だが、お前は、何かを信じて見上げているのだろう。

……勝手なことを言ったな。

山吹の花は、もう咲いている。
枝先にひとつ、小さな花を添える。

花は咲いていても、心は晴れない。……会いたいよ、義周。

いつかまた、ふたりで花を愛でよう。

                              吉憲




筆を置き、吉憲は立ち上がった。
庭へ出て、慎重に咲いたばかりの山吹の花をひと枝、折る。

香を忍ばせた包みに、文とともに添える。
言葉よりも、花のほうが伝えてくれる想いもあるかもしれない――そう願いながら。



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