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第1話 つまんねーことしてんじゃねーよ
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安藤夕姫は高校一年生の目立たない女の子だった。背丈は小さく細身で、ミディアムロングの髪はキレイに切り揃えられていた。しかし性格は陽気とは言えず、クラスでまともに会話ができる友達は誰もいなかった。いや、それどころか、夕姫はひどいいじめを受けていた。
最初は、クラスの中心グループ数人からだった。ゴミを投げつけられたり、机に落書きされたり、トイレに行っているあいだに教科書やノートがゴミ箱に捨てられていたりした。そして中心グループの目を恐れてか、徐々に他のクラスメイトも夕姫のことを無視するようになっていった。
二学期が始まるころには、いじめはさらにエスカレートした。靴箱の中の上履きに画鋲が入れられていたり、トイレに連れていかれて個室に閉じ込められ、上から水をかけられたりした。
それでも、夕姫は耐えていた。いじめに下手に反応してもアイツらが喜ぶだけだと思い、なにも言わず耐えていた。次第に夕姫は、いじめを受けてもなにも感じなくなっていった。
* * *
ある日の休み時間、クラスの中心グループの一人が、教室で一番うしろの席に座っている夕姫をからかってやろうと思い、コンパスの針を夕姫に向けた。他のクラスメイトは、思い思いの休み時間を過ごしながら、それとなくその光景を黙って観察していた。そして、その中心グループの一人が狙いを定め、夕姫に向かってコンパスを投げようとしたそのとき、傍らから一人の男子がその腕をつかんだ。
「つまんねーことしてんじゃねーよ」
ふと、夕姫は声の聞こえたほうを見た。彩木奏雅。クラスで一番ヤンキー風の見た目の男子だ。髪も、茶髪どころか金髪である。背も高く、いかにもな不良、という感じの男子だ。そんな彼が、もう一人の男子の腕をつかんでいる。つかまれたほうの名前は確か、高取……だったか。そして、高取の手には、こちらに向けてコンパスが握られていた。それを見た夕姫は、ついさっきまで自分が置かれていた状況を瞬時に理解した。と同時に、奏雅の行動に驚いて目を丸くした。
「なんだァ彩木、どういうつもりだ」
「別に。つまんねーからつまんねーって言ってるだけだ」
「んだとコラァ!」
高取はそのまま手に持ったコンパスを勢いよく奏雅に向けた。教室のどこかから女子の悲鳴が上がった。しかし、次の瞬間、高取の右腕は奏雅によって見事に極められていた。
「いてててててててっ!!」
「……ふん」
高取が懲りたと見るや、奏雅は手を離した。そして、奏雅はそのまま無言で教室を出ていった。
「なんなんだ、アイツ……」
高取が困惑したように言った。その後、高取を含む中心グループはいつものようにこそこそと何かを喋っていた。クラス中が事の成り行きを見守っていたが、ほどなくして教室はいつものざわめきを取り戻した。
夕姫は、終始呆気にとられていた。
* * *
次の日から、奏雅もいじめの対象となった。
夕姫が朝登校すると、夕姫の机とともに奏雅の机が教室のうしろのほうでひっくり返されていた。教室の前のほうでは、例の中心グループがにやにやと笑っていた。
(アイツら……!)
夕姫は、いじめられることには慣れていた。しかし、今回は自分だけではない。しかももとを辿れば、自分を助けた人間が、同じような目に合っているのである。自分のせいで……。夕姫の心には、今までにない感情が湧き上がろうとしていた。しかし、それをぶつけるような勇気はなかった。夕姫はいつものように目を伏せ、倒された自分の机をもとに戻そうとした。
そのとき、奏雅が教室に入ってきた。奏雅は教室内の異変を感じるやいなや立ち止まり、倒された二つの机と、中心グループの連中を交互に睨みつけた。教室内に昨日と同じ一触即発の空気が生まれた。
しかし、奏雅は中心グループの連中から目を切ると、即座に夕姫が直そうとしていた夕姫の机をもとに戻した。そして、自分の机を夕姫の机から少し間隔を空けて隣に置いた。そして自分の席に座った。
夕姫はまたも呆気にとられてその光景を見ていたが、席に座った奏雅と一瞬目が合った。すると、奏雅はまるでなにごともなかったかのように、
「おはよ」
と、夕姫に言った。奏雅は微笑を浮かべているように見えた。夕姫はどんな反応をしていいかわからず、黙って自分の席に座った。例の中心グループが、なんだつまんねーの、という顔で舌打ちするのが聞こえた。
奏雅がなにを考えているのか、夕姫にはわからなかった。
(つづく)
最初は、クラスの中心グループ数人からだった。ゴミを投げつけられたり、机に落書きされたり、トイレに行っているあいだに教科書やノートがゴミ箱に捨てられていたりした。そして中心グループの目を恐れてか、徐々に他のクラスメイトも夕姫のことを無視するようになっていった。
二学期が始まるころには、いじめはさらにエスカレートした。靴箱の中の上履きに画鋲が入れられていたり、トイレに連れていかれて個室に閉じ込められ、上から水をかけられたりした。
それでも、夕姫は耐えていた。いじめに下手に反応してもアイツらが喜ぶだけだと思い、なにも言わず耐えていた。次第に夕姫は、いじめを受けてもなにも感じなくなっていった。
* * *
ある日の休み時間、クラスの中心グループの一人が、教室で一番うしろの席に座っている夕姫をからかってやろうと思い、コンパスの針を夕姫に向けた。他のクラスメイトは、思い思いの休み時間を過ごしながら、それとなくその光景を黙って観察していた。そして、その中心グループの一人が狙いを定め、夕姫に向かってコンパスを投げようとしたそのとき、傍らから一人の男子がその腕をつかんだ。
「つまんねーことしてんじゃねーよ」
ふと、夕姫は声の聞こえたほうを見た。彩木奏雅。クラスで一番ヤンキー風の見た目の男子だ。髪も、茶髪どころか金髪である。背も高く、いかにもな不良、という感じの男子だ。そんな彼が、もう一人の男子の腕をつかんでいる。つかまれたほうの名前は確か、高取……だったか。そして、高取の手には、こちらに向けてコンパスが握られていた。それを見た夕姫は、ついさっきまで自分が置かれていた状況を瞬時に理解した。と同時に、奏雅の行動に驚いて目を丸くした。
「なんだァ彩木、どういうつもりだ」
「別に。つまんねーからつまんねーって言ってるだけだ」
「んだとコラァ!」
高取はそのまま手に持ったコンパスを勢いよく奏雅に向けた。教室のどこかから女子の悲鳴が上がった。しかし、次の瞬間、高取の右腕は奏雅によって見事に極められていた。
「いてててててててっ!!」
「……ふん」
高取が懲りたと見るや、奏雅は手を離した。そして、奏雅はそのまま無言で教室を出ていった。
「なんなんだ、アイツ……」
高取が困惑したように言った。その後、高取を含む中心グループはいつものようにこそこそと何かを喋っていた。クラス中が事の成り行きを見守っていたが、ほどなくして教室はいつものざわめきを取り戻した。
夕姫は、終始呆気にとられていた。
* * *
次の日から、奏雅もいじめの対象となった。
夕姫が朝登校すると、夕姫の机とともに奏雅の机が教室のうしろのほうでひっくり返されていた。教室の前のほうでは、例の中心グループがにやにやと笑っていた。
(アイツら……!)
夕姫は、いじめられることには慣れていた。しかし、今回は自分だけではない。しかももとを辿れば、自分を助けた人間が、同じような目に合っているのである。自分のせいで……。夕姫の心には、今までにない感情が湧き上がろうとしていた。しかし、それをぶつけるような勇気はなかった。夕姫はいつものように目を伏せ、倒された自分の机をもとに戻そうとした。
そのとき、奏雅が教室に入ってきた。奏雅は教室内の異変を感じるやいなや立ち止まり、倒された二つの机と、中心グループの連中を交互に睨みつけた。教室内に昨日と同じ一触即発の空気が生まれた。
しかし、奏雅は中心グループの連中から目を切ると、即座に夕姫が直そうとしていた夕姫の机をもとに戻した。そして、自分の机を夕姫の机から少し間隔を空けて隣に置いた。そして自分の席に座った。
夕姫はまたも呆気にとられてその光景を見ていたが、席に座った奏雅と一瞬目が合った。すると、奏雅はまるでなにごともなかったかのように、
「おはよ」
と、夕姫に言った。奏雅は微笑を浮かべているように見えた。夕姫はどんな反応をしていいかわからず、黙って自分の席に座った。例の中心グループが、なんだつまんねーの、という顔で舌打ちするのが聞こえた。
奏雅がなにを考えているのか、夕姫にはわからなかった。
(つづく)
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