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第3話 お姫様気取りなワケ?
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次の日から、奏雅は本当に夕姫と一緒に帰るようになった。夕姫はその状況にまだ多少の戸惑いがあったが、奏雅と一緒にいれば確かに連中が嫌がらせをしてくることは少なかった。そのことに、夕姫は多少の安堵もしていた。
ただ、夕姫と奏雅が会話を交わすことはほとんどなかった。別れ際、奏雅が「じゃあ」と言い、夕姫が頷く。それだけだった。
夕姫は家に帰るなり、自室のベッドに横たわった。そして、少しのあいだ考えた。
(……いじめが減ってくれるのは、それはもちろん、うれしい。でも、そのせいであの人まで嫌がらせを受けるのは、やっぱりどう考えてもおかしいよ……。)
(私は、別に、平気、なのに……。)
夕姫は、いまだに奏雅の真意が図れずにいた。
* * *
ある日のこと、その日は珍しく中心グループからの嫌がらせがなにもなかった。しかし、連中は休み時間中ずっと、いつものようにこそこそとなにかを喋っていた。時折、夕姫と奏雅のほうに目配せをしながら。またなにか企んでいるのだろうか。夕姫は、薄気味悪さを感じていた。一方奏雅は、休み時間も授業中もずっと寝ているようだった。
その日の放課後、夕姫は昇降口の隅で奏雅が来るのを待っていた。奏雅は、帰りのホームルームが終わっても机に突っ伏したまま眠っていた。それで夕姫は、わざわざ起こすのも悪い、と思い、そうして奏雅がやってくるのを待っているのだった。
そんな夕姫の前に、一人の女子生徒が息を切らして走ってきた。例の中心グループの一人で、関島という生徒だった。夕姫はまたなにかされるかもと思い、反射的に身構えた。しかし、関島の発した言葉は、夕姫にとって予想外のものだった。
「安藤っ! アイツ、彩木……! ヤバいよ、アイツ!」
夕姫の心臓が、大きくドクンと鳴った。
* * *
奏雅が目を覚ますと、教室にはもう誰もいなかった。
「やべ……。寝過ぎた」
すぐに、夕姫のことが心配になった。と同時に、こんなふうに他人のことが気になるなんて初めてだな、と奏雅は思った。自分で自分をおかしく感じたが、悪い気はしなかった。
(アイツは、俺のことをどう思ってるんだろな……。)
奏雅は少し考えてみたが、夕姫がなにを考えているかはわかりそうもなかった。
“……私なら、大丈夫、だから”
この前の川原での夕姫の言葉を思い出した。
(……やっぱり、どう考えても、大丈夫じゃねーよな……。あれだけのことされて、なんであんな……。……っと。こんなことしてる場合じゃねーや。行かねーと……。)
奏雅がそう思って立ち上がったそのときだった。教室に一人の男子生徒が飛び込んできた。同じクラスの沖だった。奏雅とはそうたいして付き合いはないが、かと言って例の中心グループとつるんでいる生徒でもなかった。そして、沖は叫ぶように言った。
「彩木くん! 大変だ! 四階のトイレで、安藤さんが……!」
奏雅の目つきが、一瞬にして険しくなった。
「四階のどのトイレだ!?」
「西側の……男子の!」
そう聞くやいなや、奏雅は走り出した。
(しまった……っ! 俺はなにをしてるんだ……! こんなんじゃ、また……!)
「……あそこかっ!」
奏雅は沖の言っていた四階の男子トイレに飛び込んだ。
「安藤っ!」
しかし返事はなかった。いや、それどころか人影すらなかった。
「……?」
奏雅は個室をひとつひとつ確かめた。掃除用具入れの中も見た。しかし、誰もいなかった。
「どういうことだ……?」
そのときだった。
――ガチャン!
そう音を立ててトイレの入り口の扉が閉められた。奏雅が気づいたときにはもう遅かった。
「おいっ! 開けろっ!」
奏雅は扉を開けようとしたが、開かない。おそらく外側で棒かなにかで閂をしてあるのだろう。扉はびくともしなかった。
「おいっ! 沖っ! てめえっっ!」
奏雅の声は虚しく響くだけだった。
「…………くそっ……」
* * *
夕姫は、校舎裏に向かって走っていた。関島によると、そこで、奏雅がアイツらに囲まれて、いわゆる「袋」にされているらしい。しかし、奏雅もやられっぱなしではなく反撃し、大乱闘になっているという。
(……だから、だから言ったのに! 私なら大丈夫だ、って……! 私なんかに関わるから、こんなことに……! ……止めなきゃ、なにがあっても……。勇気を出して……!)
「そこ! 右!」
うしろから、関島の声が聞こえた。その指示通り、角を右に曲がると、すぐ目の前に例の中心グループが集まっていた。夕姫は驚いて立ち止まり、あたりを見回した。しかし、奏雅の姿はどこにもなかった。
狼狽して夕姫はうしろを振り向いた。そこには、無邪気に笑う関島の姿があった。
「アハハッ……! ……ねぇ安藤ちゃん、安藤ちゃんが最近あんまり遊んでくれないからウチら寂しかったんだよ? でも安藤ちゃんも悪いんだよ? 彩木に守ってもらったりなんかして……。なに? お姫様気取りなワケ? キモ……。バッカみたい」
関島は一気にそう言った。言い終わるころには、さっきまでの笑顔は消えていた。
夕姫は心の底から震え上がった。眼の奥に絶望の色が浮かんだ。
(つづく)
ただ、夕姫と奏雅が会話を交わすことはほとんどなかった。別れ際、奏雅が「じゃあ」と言い、夕姫が頷く。それだけだった。
夕姫は家に帰るなり、自室のベッドに横たわった。そして、少しのあいだ考えた。
(……いじめが減ってくれるのは、それはもちろん、うれしい。でも、そのせいであの人まで嫌がらせを受けるのは、やっぱりどう考えてもおかしいよ……。)
(私は、別に、平気、なのに……。)
夕姫は、いまだに奏雅の真意が図れずにいた。
* * *
ある日のこと、その日は珍しく中心グループからの嫌がらせがなにもなかった。しかし、連中は休み時間中ずっと、いつものようにこそこそとなにかを喋っていた。時折、夕姫と奏雅のほうに目配せをしながら。またなにか企んでいるのだろうか。夕姫は、薄気味悪さを感じていた。一方奏雅は、休み時間も授業中もずっと寝ているようだった。
その日の放課後、夕姫は昇降口の隅で奏雅が来るのを待っていた。奏雅は、帰りのホームルームが終わっても机に突っ伏したまま眠っていた。それで夕姫は、わざわざ起こすのも悪い、と思い、そうして奏雅がやってくるのを待っているのだった。
そんな夕姫の前に、一人の女子生徒が息を切らして走ってきた。例の中心グループの一人で、関島という生徒だった。夕姫はまたなにかされるかもと思い、反射的に身構えた。しかし、関島の発した言葉は、夕姫にとって予想外のものだった。
「安藤っ! アイツ、彩木……! ヤバいよ、アイツ!」
夕姫の心臓が、大きくドクンと鳴った。
* * *
奏雅が目を覚ますと、教室にはもう誰もいなかった。
「やべ……。寝過ぎた」
すぐに、夕姫のことが心配になった。と同時に、こんなふうに他人のことが気になるなんて初めてだな、と奏雅は思った。自分で自分をおかしく感じたが、悪い気はしなかった。
(アイツは、俺のことをどう思ってるんだろな……。)
奏雅は少し考えてみたが、夕姫がなにを考えているかはわかりそうもなかった。
“……私なら、大丈夫、だから”
この前の川原での夕姫の言葉を思い出した。
(……やっぱり、どう考えても、大丈夫じゃねーよな……。あれだけのことされて、なんであんな……。……っと。こんなことしてる場合じゃねーや。行かねーと……。)
奏雅がそう思って立ち上がったそのときだった。教室に一人の男子生徒が飛び込んできた。同じクラスの沖だった。奏雅とはそうたいして付き合いはないが、かと言って例の中心グループとつるんでいる生徒でもなかった。そして、沖は叫ぶように言った。
「彩木くん! 大変だ! 四階のトイレで、安藤さんが……!」
奏雅の目つきが、一瞬にして険しくなった。
「四階のどのトイレだ!?」
「西側の……男子の!」
そう聞くやいなや、奏雅は走り出した。
(しまった……っ! 俺はなにをしてるんだ……! こんなんじゃ、また……!)
「……あそこかっ!」
奏雅は沖の言っていた四階の男子トイレに飛び込んだ。
「安藤っ!」
しかし返事はなかった。いや、それどころか人影すらなかった。
「……?」
奏雅は個室をひとつひとつ確かめた。掃除用具入れの中も見た。しかし、誰もいなかった。
「どういうことだ……?」
そのときだった。
――ガチャン!
そう音を立ててトイレの入り口の扉が閉められた。奏雅が気づいたときにはもう遅かった。
「おいっ! 開けろっ!」
奏雅は扉を開けようとしたが、開かない。おそらく外側で棒かなにかで閂をしてあるのだろう。扉はびくともしなかった。
「おいっ! 沖っ! てめえっっ!」
奏雅の声は虚しく響くだけだった。
「…………くそっ……」
* * *
夕姫は、校舎裏に向かって走っていた。関島によると、そこで、奏雅がアイツらに囲まれて、いわゆる「袋」にされているらしい。しかし、奏雅もやられっぱなしではなく反撃し、大乱闘になっているという。
(……だから、だから言ったのに! 私なら大丈夫だ、って……! 私なんかに関わるから、こんなことに……! ……止めなきゃ、なにがあっても……。勇気を出して……!)
「そこ! 右!」
うしろから、関島の声が聞こえた。その指示通り、角を右に曲がると、すぐ目の前に例の中心グループが集まっていた。夕姫は驚いて立ち止まり、あたりを見回した。しかし、奏雅の姿はどこにもなかった。
狼狽して夕姫はうしろを振り向いた。そこには、無邪気に笑う関島の姿があった。
「アハハッ……! ……ねぇ安藤ちゃん、安藤ちゃんが最近あんまり遊んでくれないからウチら寂しかったんだよ? でも安藤ちゃんも悪いんだよ? 彩木に守ってもらったりなんかして……。なに? お姫様気取りなワケ? キモ……。バッカみたい」
関島は一気にそう言った。言い終わるころには、さっきまでの笑顔は消えていた。
夕姫は心の底から震え上がった。眼の奥に絶望の色が浮かんだ。
(つづく)
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