【本編完結】【R18】愛さないで

桃色ぜりー

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悪魔と呼ばれた戦利品

第35話 五分の魂 1

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 戦からアージェスが無事に帰ってきた。
 ルティシアはそれだけで嬉しく、アージェスの所有物でいられるならそれで良かった。
 けれど、ルティシアが王妃に選ばれたことで、家臣らの怒りを露わにした視線は一層厳しくなった。
 王命もあり、不満を直接ぶつけてくる者はいなかったが、風のようにどこからともなく、不満の声は聞こえてきた。

「宰相閣下のご令嬢をはじめ、名だたる名家の貴婦人がいらっしゃるというのに」
「陛下はもう側近方の話すらお聞きになられぬそうだ」
「悪魔め、陛下のお心を掴むとは忌々しい」
「あの女の食事に毒でも盛ってやれ」
「そうだ。あんな女、死んでしまえばいい」

 物語の結末は、幸福でなければならない。
 国をまたも救った凛々しく雄雄しい英雄は、美しいお姫様と結婚し、末永く幸せになるものだ。
 醜い悪魔が寄り添う結末などありはしない。
 誰も望まない。
 多くの家臣らから愛される国王の結婚が、誰にも祝福されないものになってしまう。
 そんな結婚が幸せであるはずがない。
 
「まだ、起きているのか?」

 寝台の毛布の中、ルティシアはアージェスの毛布を、彼だと思っていじり続けていた。 
 不意にすぐ近くから声をかけられて、無骨な手が頬を撫でた。
 彼はすぐ隣にいて、ルティシアに腕枕をしてくれている。
 自分などにはもったいない優しさだ。
 身じろぐと、アージェスが質問を変えた。

「何をそんなに考えている?」

 以前の陛下からは考えられないほど柔和な口調。
 王宮に帰還してからというもの、彼はルティシアをまるでガラス細工のように大切に扱っていた。
 寝台を共にしても、ルティシアの肌に触れようとはしてこない。
 その代わりに、腕に納めて離そうとしなかった。

「何も考えていません」

「それならいいが、……何か気に病んでいることがあれば話してくれないか?」

 婚約を解消して、御家臣が勧められる婦人をお選びください。

 話したところで、王を怒らせてしまう。
 戦前もそれでこっぴどく怒りをかい、挙句何度も抱かれた。ルティシアにとってアージェスに抱かれることは決して嫌なことではない。
 寧ろ悦びだった。
 辛いのは、子種を授かることだ。
 ルティシアが懐妊することを、王の性生活を管理する侍女長官が恐れているのだ。口には決して出さないが、ルティシアが王に抱かれた残骸のシーツを見るたび、国家の一大事ぐらいに恐々としていた。
 それはすなわち家臣らの本音を意味し、拒絶されているルティシアには、激しく精神を抉るほどの居心地の悪さだった。
 けれどルティシアは、アージェスに分かってもらえるように伝える術もなく、彼は他の婦人の事を少しでも彼女が口にすると、怒って口を塞いでしまう。
 全く話にならない。
 それでも気の弱いルティシアにしては、精一杯反論し、抵抗してきた。懐妊していなかったことは、彼女にとっても、家臣らにとっても幸いに他ならなかった。
 
 ベルドール人の大半が褐色の髪と目を持つ中、異なった色を持っていても、ルティシアはベルドール人だ。愛国心もあれば、誇りもある。
 王が、アージェスだと思えばなおのこと。
 国のため、愛する我が王の栄光のためにありたい。決して、足枷になどになりたくない。

「何もございません」

 愛する人の傍にいられる幸せを噛み締めて、ルティシアは微笑んだ。

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