【本編完結】【R18】愛さないで

桃色ぜりー

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秘密の花園

第29話 王族の務め

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「交換留学とは考えたものだ」
「要するに人質ではありませぬか」
「向こうは第三王子を寄越してくるようですから、タルタロゼルの新王の本気度が窺えますな」
「こちらもそれ相応となりますと、第一王女のヴァイオレット姫が適任かと存じます」

 王子と王女では同じ人間でも、国の駒としては格に差が出る。
 意見を出し切った重臣らが采配を求めて王を待つ。
 アージェスは溜息をついた。

「人質などいざとなれば真っ先に切り捨てられる。国もまた、王族一人の為に判断を誤ることもできまい」

「極論をお仰られても始まりますまい。和睦によって開かれる国交は両国に繁栄をもたらし、友好を深めればそれだけ戦の回避につながります。タルタロゼルの野心家の先王が倒れ、保守的な王が立った今が好機なのです」

「分かっている。分かっているがな……」

 白熱する議会が押して正午を越し、健康的な腹が空腹を訴えて鳴る。

「昼飯が先だな」

 同じ面々で食事の間へ移動し、頭の痛い話が飛び交う。
 愛がないとはいえ自分の娘だ。育った国を離れ、他国の野望渦巻く宮廷に送り込むのは忍びない。
 食事を終えたアージェスは、後宮にある第一王女の居室へ向かった。
 扉か僅かに開いている。部屋に近づくと中から声が聞こえてきた。

「母上、私怖い」

 近くにいた近衛が、気がついて中に声をかけようとするのを、アージェスは無言で制した。
 
「大丈夫よ。これは友好の為なのだから。あなたはタルタロゼルと我が国の架け橋となるのですよ。王女に生まれたからには、この国の為、お父上様の為、立派に務めを果たさねばなりません。それがあなたに与えられた役目なのです」

「はい、母上」

「ヴァイオレット、一つ約束をしましょう。万に一つあなたが命を落とすことになれば、その時は、この母も命を絶ちます。あなた一人で逝かせたりなどしない」

「ははうえっ」

 部屋の中では泣き崩れる娘を、王妃のマリアも泣きながら抱きしめていた。
 

 アージェスは部屋の前から音もなく離れると、訓練場に向かった。
 広場では、屈強な騎士らに混ざって、シャーリーが汗を流していた。
 中断させて呼び寄せた息子に切り出す。 

「弟達のことを聞かせてくれ」


 その日の夕刻。粗方の執務を片付けたアージェスは、執務室から露台に出て城下をぼんやりと俯瞰していた。そこへ、近頃はめっきり表に出てこなくなった王妃マリアが訪ねてきた。

「どういうことですの?」

「なにがだ?」

「おとぼけにならないでくださいませっ。何ゆえ、……何ゆえ、ヴァイオレットからお役目を取り上げになられましたの? それほどまでに、わたくしどもはあなた様のご信頼を失ってしまいましたの?」

 耐えかねたように、声を詰まらせてその場に泣き崩れた。
 午後の議会で、アージェスは決断を下していた。

『タルタロゼルへは、第二王子のロベルトを行かせる』

 宰相のパステルは無表情のまま沈黙を保ち続けていた。

『だ、第二王子をですかっ⁉』

 長年王に子息がいないと信じ、焦燥に駆られていた大臣らは、王に四人も男児がいたことに、それほど喜びを示してはいないようであった。しかし、誰もが安堵を浮かべていたのをアージェスは盗み見ていた。
 そこへ外交問題が入れば、王子の母の素性などもはや取るに足りぬ瑣末なことになる。一つでも駒が多いにこしたことはなく、それが姫ではなく王子ともなればその価値は上がる。

『向こうが第三王子を出してくるんだ。相応の駒など他にはあるまい。こちらの第三王子はまだ七つだ。幼すぎて彼の国の情報も得られんだろう。ロベルトは冒険好きの暴れ馬らしいからちょうどよい』

 可愛い子には旅をさせよ。

 体のいい言い訳だ。
 息子からすれば、父親から二度も捨てられることに他ならない。
 俺はさぞ恨まれることだろうよ。
 だがロベルト以上に適任者はいない。

 我が子一人の犠牲で、この国の平穏が約束される。国を、万民を守らねばならぬアージェスは非情にならざるを得ないのだ。
 セレスを見やると、何故言う前に一言相談してくれなかったのか、と言いたげに、恨めしげに睨まれた。息子の養父である親友は情の深い男だ。だからこそ相談しなかった。誰に相談しようが答えは決まっていたのだ。養父までもが一緒になって決めたとなれば、ロベルトのショックも大きくなる。そうならぬように、せめて養父のセレスだけは味方でいてやって欲しいと願わずにはいられなかった。

 異論を唱える者は誰もいなかった。

 マリアは早々に決議を聞いたのだろう。
 露台に立ったままでいたアージェスは、室内に戻り、床に座り込んだマリアの肩を抱いて立ち上がらせた。
 落ち着かせるように長椅子に座らせ、背中を撫でてやる。

「言っておくが、俺は私情など一切挟んではいない。挟んでいたら寧ろ、無理を通してでもヴァイオレットを差し出しただろう」

 そう言ったものの、泣いて母に縋る娘の姿を思い出し、苦笑する。

「いや、挟んだのだろうな」

 涙を止めて落ち着きを取り戻したマリアが顔を上げた。

「お前からすれば不快だろうが、十四のヴァイオレットが泣いてお前に縋るのを見て、俺は昔のことを思い出したんだ。戦利品の中からルティシアを見つけて、首輪をつけたときのことを。自分の娘が他国で疎外され、蛮族どもに強姦されたらと思うと我慢ならなかった」

 己の子がいるというのは、それだけで嬉しいものだ。今になってその喜びを噛み締めていた。かけがえのない我が子、そして母親達。下々から見れば、国主は国の頂点に君臨し、全てが手に入るように見えるだろう。だがそうではない。王ほど不自由なものはない。
 自由に愛する者を愛せず、辛うじて設けた我が子も、次々と国の為にモノのように駒として捧げねばならない。
 女一人満足に守れず、設けた我が子も守れない。

 これほど不幸な職業はあるまいよ。
 
「陛下っ、ヴァイオレットのことを案じて下さったのですね」

 王妃はまた涙を溢れさせて両手で顔を覆った。

「何もしてやってはいないが、これでも親のつもりだからな。俺は多分、ヴァイオレットだけではなく、他の娘達も政治の駒には使えんだろう」

「ですが、第二王子はまだ十歳と聞き及んでおります」

 誰かが犠牲にならねばならぬのだ。

 『ヴァイオレット、一つ約束をしましょう。万に一つあなたが命を落とすことになれば、その時は、この母も命を絶ちます。あなた一人で逝かせたりなどしない』

 後宮でマリアが娘に約束していたことが、アージェスを本気にさせた。
 息子を他国へ送る。
 だがその代わり、人質となるロベルトが危機に曝されることがなきよう、身命を賭して両国の友好を保ってみせると決めた。

「獅子の子落としよ。まして我が国は大国に挟まれた国。王子たるもの強くあらねばならん。ついでに他国へ行って、大いに見聞を広げてくればよい」

 身を切るように胸が痛む。
 獅子の親もさぞ辛かろうよ。
 だが逆境から這い上がってくるとき、息子は一回りも二回りも強く逞しく成長していることだろう。

 何も言えない様子で、マリアはまた涙を流して深々と頭を垂れた。

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