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秘密の花園
第28話 悲しき母の切望 4
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「ロベルト様は次男です。では、ご長男が今どちらにおられるか、ご検討はつきますか?」
セレスのおどけた質問に、ルティシアの脳裏に聞こえてくる。
『……僕は、シャーリー・アルドリスと申します。父は、この春陛下より正規軍総司令官に任じられたセレス・アルドリスです』
「王宮……シャーリーですか?」
「ご名答っ。以前、お住まいの庭に、迷い込まれた時に、一度お会いになられたそうですね」
「ええ」
妊娠前のことだから、もう一年近く前になるが、数少ない訪問者だ。よく覚えている。
「とても立派で、お父上のあなたのことを誇らしく話してくれました」
「すみません」
ルティシアはこうして我が子の話ができること自体が幸せで、自然に口元が綻んだ。
「いいえ」
シャーリー。優しそうな子だった。
ルティシアの真紅の瞳を見ても美しいと言ってくれた。
思い出すだけで、そして囲まれた人たちに胸がいっぱいになる。
王宮にいるであろう長男に想いを馳せ、今一度会いたくなる。
「もう少しお話をさせていただきたいのですが宜しいですか?」
穏やかな口調は明るい。悪い話ではなさそうだ。
「はい。お聞かせください」
子供達のことだろうか。あるいは王のこと。どちらにしても、今なら受け入れられる気がした。
セレスは、エミーナに子供達を連れて退室させた。ルティシアの傍にはファーミアがついている。
改まったセレスを前に、ルティシアは緊張する。
悪いお話ではありませんので、と彼は前置きした。
「王宮のことです。少し前の話になります。ルティシア様もご存知かと思われますが、陛下は長年お世継ぎを設けられずにいらっしゃいました。四十になられ、再び東西の隣国間で不穏な動きが出始めております。宮廷の重臣達は焦るあまり、陛下のご寵愛の篤いルティシア様に最後の望みを賭けて側妃にと選定していたのです」
ルティシアは王妃マリアの訪問を思い出し、血の気が足元へと引いていくのが分かった。
ファーミアがルティシアの手をしっかり握り、セレスはそれに気づいたようで、落ち着かせるように穏やかに話を続ける。
「無論、身勝手な選定に陛下は激昂され、即座に却下されました。しかし、マリア様が既にルティシア様の御懐妊をお知りになられ、周知の事実になっていたのです。陛下はあなた様を御守りになるため、引き換えに、シャーリー様を始め、こちらにおられるお三方をご子息とお認めになられました」
ドクドクと鼓動が早鐘を打ち、手が震えだす。
「……息子が見つかったと、一月ほど前に陛下よりお手紙を頂きました」
「はい、あなた様とのお子のことです。……陛下とあなた様との間で、『男児がお生まれになっても王位継承権を認めない』というお約束については、私も窺っております。ですがどうか、陛下のご決断をお許しください。他にお世継ぎを設けられず、陛下は苦境に立たされておられました。国の為には致し方のないことなのです」
「……約束などではありません。……陛下が……わたくしのことをお考えくださってのことです」
そう、分かっていたのだ。
陛下がそんなことを望んでいないことを。
暗く悲しげな声は、言いたくて言っているようには聞こえなかった。けれどそのときのルティシアは、これ以上王宮と関わることを恐れて、気づかない振りをしていたのだ。
「わたくしが己の命を盾にする暴挙に、陛下はそう仰られずにはいられなかったのです。そもそも陛下のお子ですから、わたくしなどが口出しして良いことではなかったのです。しかし、……こんな母から生まれたあの子達が不憫で、陛下にもご家臣方にも申し訳なく思っております」
唇を噛んでドレスの裾をぎゅっと握り締めていると、セレスから疲れたような溜息が聞こえてくる。
「何を仰っておられるのです。陛下やエミーナ、ファーミアとて、あなた様に何度も口酸っぱくお話していたかと思いますが、あなた様は少し他の婦人と目と髪の色が違うだけの普通のご婦人ですよ。そんなことは王宮の誰もが承知の上。ただ、お父上が反逆者であっただけに、娘を王に嫁がせたい大臣らの画策であのような誹謗中傷が蔓延していたのです。しかし、陛下は、あなた様とのお子を認知なさることと引き換えに、あなた様の名誉を回復されました。もう王宮には誰一人あなた様に暴言を吐く者はおりません。殿下のお母君と大臣達も認めております」
「わ、私がっ……」
王宮の食事の間に入るたび、まるで針の筵に立たされているような厳しい目で睨まれた。
何故お前が陛下の隣にいるのだといわんばかりに。
今思い出しても、身震いするような恐ろしい威圧だった。
それが消えたというのだろうか。
「そうです。誰一人いないと思われたアージェス王のお世継ぎ候補が、一人どころか四人もおられるとなれば、なおさらです。国内の安定に加え、諸外国との様々な問題も好転し、円滑な議論が進んでおります。それもこれもあなた様が、王子殿下をお生みくださっていたからに他なりません。あなた様がこの国の窮地をお救いくださったのです。誰も何も言いませんが、私を含め皆が、あなた様に大変感謝していることでしょう」
にわかには信じられない話だ。
「陛下が、あなた様と殿下方、共に同じ場所で暮らせる日が来ることを、どれほど心から願っておられることか。私が良く存じ上げております。一家臣、いいえ、アージェスの友としてお願いさせて下さい。アージェスが真に必要としているのはあなたです。無事に出産なさった後は、どうかアージェスの元に戻ってやっていただけませんか」
嘆願するセレスに、感情が追いつかないルティシアはすぐに答えられなかった。
セレスのおどけた質問に、ルティシアの脳裏に聞こえてくる。
『……僕は、シャーリー・アルドリスと申します。父は、この春陛下より正規軍総司令官に任じられたセレス・アルドリスです』
「王宮……シャーリーですか?」
「ご名答っ。以前、お住まいの庭に、迷い込まれた時に、一度お会いになられたそうですね」
「ええ」
妊娠前のことだから、もう一年近く前になるが、数少ない訪問者だ。よく覚えている。
「とても立派で、お父上のあなたのことを誇らしく話してくれました」
「すみません」
ルティシアはこうして我が子の話ができること自体が幸せで、自然に口元が綻んだ。
「いいえ」
シャーリー。優しそうな子だった。
ルティシアの真紅の瞳を見ても美しいと言ってくれた。
思い出すだけで、そして囲まれた人たちに胸がいっぱいになる。
王宮にいるであろう長男に想いを馳せ、今一度会いたくなる。
「もう少しお話をさせていただきたいのですが宜しいですか?」
穏やかな口調は明るい。悪い話ではなさそうだ。
「はい。お聞かせください」
子供達のことだろうか。あるいは王のこと。どちらにしても、今なら受け入れられる気がした。
セレスは、エミーナに子供達を連れて退室させた。ルティシアの傍にはファーミアがついている。
改まったセレスを前に、ルティシアは緊張する。
悪いお話ではありませんので、と彼は前置きした。
「王宮のことです。少し前の話になります。ルティシア様もご存知かと思われますが、陛下は長年お世継ぎを設けられずにいらっしゃいました。四十になられ、再び東西の隣国間で不穏な動きが出始めております。宮廷の重臣達は焦るあまり、陛下のご寵愛の篤いルティシア様に最後の望みを賭けて側妃にと選定していたのです」
ルティシアは王妃マリアの訪問を思い出し、血の気が足元へと引いていくのが分かった。
ファーミアがルティシアの手をしっかり握り、セレスはそれに気づいたようで、落ち着かせるように穏やかに話を続ける。
「無論、身勝手な選定に陛下は激昂され、即座に却下されました。しかし、マリア様が既にルティシア様の御懐妊をお知りになられ、周知の事実になっていたのです。陛下はあなた様を御守りになるため、引き換えに、シャーリー様を始め、こちらにおられるお三方をご子息とお認めになられました」
ドクドクと鼓動が早鐘を打ち、手が震えだす。
「……息子が見つかったと、一月ほど前に陛下よりお手紙を頂きました」
「はい、あなた様とのお子のことです。……陛下とあなた様との間で、『男児がお生まれになっても王位継承権を認めない』というお約束については、私も窺っております。ですがどうか、陛下のご決断をお許しください。他にお世継ぎを設けられず、陛下は苦境に立たされておられました。国の為には致し方のないことなのです」
「……約束などではありません。……陛下が……わたくしのことをお考えくださってのことです」
そう、分かっていたのだ。
陛下がそんなことを望んでいないことを。
暗く悲しげな声は、言いたくて言っているようには聞こえなかった。けれどそのときのルティシアは、これ以上王宮と関わることを恐れて、気づかない振りをしていたのだ。
「わたくしが己の命を盾にする暴挙に、陛下はそう仰られずにはいられなかったのです。そもそも陛下のお子ですから、わたくしなどが口出しして良いことではなかったのです。しかし、……こんな母から生まれたあの子達が不憫で、陛下にもご家臣方にも申し訳なく思っております」
唇を噛んでドレスの裾をぎゅっと握り締めていると、セレスから疲れたような溜息が聞こえてくる。
「何を仰っておられるのです。陛下やエミーナ、ファーミアとて、あなた様に何度も口酸っぱくお話していたかと思いますが、あなた様は少し他の婦人と目と髪の色が違うだけの普通のご婦人ですよ。そんなことは王宮の誰もが承知の上。ただ、お父上が反逆者であっただけに、娘を王に嫁がせたい大臣らの画策であのような誹謗中傷が蔓延していたのです。しかし、陛下は、あなた様とのお子を認知なさることと引き換えに、あなた様の名誉を回復されました。もう王宮には誰一人あなた様に暴言を吐く者はおりません。殿下のお母君と大臣達も認めております」
「わ、私がっ……」
王宮の食事の間に入るたび、まるで針の筵に立たされているような厳しい目で睨まれた。
何故お前が陛下の隣にいるのだといわんばかりに。
今思い出しても、身震いするような恐ろしい威圧だった。
それが消えたというのだろうか。
「そうです。誰一人いないと思われたアージェス王のお世継ぎ候補が、一人どころか四人もおられるとなれば、なおさらです。国内の安定に加え、諸外国との様々な問題も好転し、円滑な議論が進んでおります。それもこれもあなた様が、王子殿下をお生みくださっていたからに他なりません。あなた様がこの国の窮地をお救いくださったのです。誰も何も言いませんが、私を含め皆が、あなた様に大変感謝していることでしょう」
にわかには信じられない話だ。
「陛下が、あなた様と殿下方、共に同じ場所で暮らせる日が来ることを、どれほど心から願っておられることか。私が良く存じ上げております。一家臣、いいえ、アージェスの友としてお願いさせて下さい。アージェスが真に必要としているのはあなたです。無事に出産なさった後は、どうかアージェスの元に戻ってやっていただけませんか」
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