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秘密の花園
第27話 悲しき母の切望 3
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翌朝、朝食後、ルティシアは談話室で寛いでいた。そこへセレスやってきて、廊下には部屋に向かって複数の足音が聞こえてきた。
子供たちは散り散りになっているであろうと想像していた。当然こちらから会いに行くものと考えていた。セレスはわずかな時間で子供たちを連れてきたのか、再会はあまりにも唐突だった。
高く響く小さな足音が部屋に近づく。
鼓動が高鳴り、膝に置いた手でドレスの裾を掴んだ。
部屋の扉が叩かれエミーナが開いた。
現れたのは、ロベルトとリシャウェル、マルクスの三人だった。
「え?」
先刻まで食事室で会話をしていただけに、ルティシアは息が止まりそうになった。
「リシャウェルです、母上」
「兄のロベルトです」
「マルクスだよ」
年長のロベルトが名乗るとルティシアに近づき、頬に口づけた。
「……あ、あなた達が?」
「正真正銘、あなたがお生みになられたお子たちです」
セレスが断言した。
「僕、証拠を持ってるよ。はーい」
マルクスがそう言ってなにやら布をルティシアの手に持たせる。
「母上、僕も持ってますよ」
「僕もだよ」
リシャウェルとロベルトが、布が置かれた手に、同じような大きさの布をそれぞれが乗せてくる。
「うわぁ、やめてよっ。僕のがどれかわからなくなるじゃない」
「裏側を見れば大丈夫だよ。マルクスのは口ばしのところに青い糸が飛び出してるやつだろ。僕のは足のところの糸が浮いてるやつだよ。リシャウェルのは羽のところに大きな結び目ができてる」
「わあ、本当だ」
「へぇ、同じじゃないんだぁ」
そこには、刺繍された青い鳥が描かれている。
「あ、青い鳥……」
「そうだよ。母上が僕達の幸せをお月様にお願いしてくれたんでしょう?」
「ど、どうして……」
ルティシアは子供を身篭るたびに、青い鳥を刺繍しては、月明かりの降り注ぐ庭に埋めてきた。
「申し訳ありません、ルティシア様。私が掘り返して、陛下にお渡ししていたのです」
ファーミアが泣いて謝罪した。
「へ……へい……か……に」
ファーミアは初めて出会ったときからルティシアを見ても嫌な顔をせず、快く傍にいてくれた。いつだってルティシアの味方でいてくれた。そのファーミアに王には黙っていて欲しいと頼んでいたのだ。土に埋めるルティシアに、ファーミアはせっかく刺繍したのにもったいないと言って、不満そうにしていた。だがまさか、一度埋めたものを密かに掘り返していたとは。
しかも、それを陛下に渡し、陛下が子供達の手に持たせるとは。
どうしてそんなことを……。
ファーミアも、アージェス様も。
ただ、幸せになってもらいたい一心で刺繍した。
「ごめんなさい。そんなことしかできなくて、なのに今更母親だなんて……ごめんなさいっ。許してもらおうなんて思っていないの。恨まれてもいいから、どうしても、どうしてもあなた達に会いたくて、会いたくて。ごめんなさい」
「母上……」
「泣かないで母上」
「ははうえ」
俯いて声と手を震わせ、涙を流すルティシアに、三人の息子達がひしと抱きついてくる。
ああ、こんな母なのに……。
触れ合う温もりと確かな存在。
身を引き裂かれるような思いで、何度も何度も、不幸にするからと己に言い聞かせて手放した日が蘇ってくる。
泣き濡れるルティシアは、申し訳なさで頭を下げられる限り下げた。
「……ごめんなさい。こんな母でごめんなさい」
「母上っ、母上っ」
母を労わるように三人の子供達が呼ぶ。
「僕達なら大丈夫だよ」
そう言ってロベルトがルティシアの身体を起こさせると、頬に口づけた。
「仲直りの印だよ。許してあげるから母上も僕のほっぺにキスして」
ルティシアの手を掴むと、自分の頬に宛てる。
強引なところが父親に似ていて、ルティシアの頬が思わず緩む。
促されて、ルティシアはロベルトの頬に口づけた。
僕も僕もとせがまれて、リシャウェルとマルクスの頬にも口づけた。
これで許されるとは思っていないけれど、それでも明るく無邪気な子供達に苦しい胸の内が和らいでいく。
それにしても、まさかこんなにも身近にいるとは思いもしなかった。
「孤児院に入れられなかったのですか?」
「親友の子を孤児院になど入れられません。例え、怒りをかい、裏切り者とそしられたとしても、私にはそんな薄情なことはできなかった」
ルティシアは両手で顔を覆った。
奇跡だ。こんな奇跡はない。
「ああ、お二人に育ててもらえていたなんて、なんてこの子達は幸せなのかしら。なんと、なんとお礼を言ったらいいのか」
エミーナが歩み寄ってルティシアを抱きしめる。
「あなたの気持ちは充分伝わっているわよ。私もこの子達をあなたに会わせられる日が来て、どんなに嬉しいか。信じていたのよ。あなたがいつか自分から言い出してくれるのを。でもこれだけは言わせて、この子達の幸せは、本当の親であるあなたの元にいることなのよ。大丈夫。今からでも遅くない。この子達の幸せを願ったあなたはこの子達の立派な母上よ。胸を張って。今度は必ず、この子達があなたを守ってくれるから」
「うん、任せてよ。僕が母上を守ってあげる」
「僕も、僕も」
ロベルトが言うと、リシャウェルとマルクスも応えた。
子供たちは散り散りになっているであろうと想像していた。当然こちらから会いに行くものと考えていた。セレスはわずかな時間で子供たちを連れてきたのか、再会はあまりにも唐突だった。
高く響く小さな足音が部屋に近づく。
鼓動が高鳴り、膝に置いた手でドレスの裾を掴んだ。
部屋の扉が叩かれエミーナが開いた。
現れたのは、ロベルトとリシャウェル、マルクスの三人だった。
「え?」
先刻まで食事室で会話をしていただけに、ルティシアは息が止まりそうになった。
「リシャウェルです、母上」
「兄のロベルトです」
「マルクスだよ」
年長のロベルトが名乗るとルティシアに近づき、頬に口づけた。
「……あ、あなた達が?」
「正真正銘、あなたがお生みになられたお子たちです」
セレスが断言した。
「僕、証拠を持ってるよ。はーい」
マルクスがそう言ってなにやら布をルティシアの手に持たせる。
「母上、僕も持ってますよ」
「僕もだよ」
リシャウェルとロベルトが、布が置かれた手に、同じような大きさの布をそれぞれが乗せてくる。
「うわぁ、やめてよっ。僕のがどれかわからなくなるじゃない」
「裏側を見れば大丈夫だよ。マルクスのは口ばしのところに青い糸が飛び出してるやつだろ。僕のは足のところの糸が浮いてるやつだよ。リシャウェルのは羽のところに大きな結び目ができてる」
「わあ、本当だ」
「へぇ、同じじゃないんだぁ」
そこには、刺繍された青い鳥が描かれている。
「あ、青い鳥……」
「そうだよ。母上が僕達の幸せをお月様にお願いしてくれたんでしょう?」
「ど、どうして……」
ルティシアは子供を身篭るたびに、青い鳥を刺繍しては、月明かりの降り注ぐ庭に埋めてきた。
「申し訳ありません、ルティシア様。私が掘り返して、陛下にお渡ししていたのです」
ファーミアが泣いて謝罪した。
「へ……へい……か……に」
ファーミアは初めて出会ったときからルティシアを見ても嫌な顔をせず、快く傍にいてくれた。いつだってルティシアの味方でいてくれた。そのファーミアに王には黙っていて欲しいと頼んでいたのだ。土に埋めるルティシアに、ファーミアはせっかく刺繍したのにもったいないと言って、不満そうにしていた。だがまさか、一度埋めたものを密かに掘り返していたとは。
しかも、それを陛下に渡し、陛下が子供達の手に持たせるとは。
どうしてそんなことを……。
ファーミアも、アージェス様も。
ただ、幸せになってもらいたい一心で刺繍した。
「ごめんなさい。そんなことしかできなくて、なのに今更母親だなんて……ごめんなさいっ。許してもらおうなんて思っていないの。恨まれてもいいから、どうしても、どうしてもあなた達に会いたくて、会いたくて。ごめんなさい」
「母上……」
「泣かないで母上」
「ははうえ」
俯いて声と手を震わせ、涙を流すルティシアに、三人の息子達がひしと抱きついてくる。
ああ、こんな母なのに……。
触れ合う温もりと確かな存在。
身を引き裂かれるような思いで、何度も何度も、不幸にするからと己に言い聞かせて手放した日が蘇ってくる。
泣き濡れるルティシアは、申し訳なさで頭を下げられる限り下げた。
「……ごめんなさい。こんな母でごめんなさい」
「母上っ、母上っ」
母を労わるように三人の子供達が呼ぶ。
「僕達なら大丈夫だよ」
そう言ってロベルトがルティシアの身体を起こさせると、頬に口づけた。
「仲直りの印だよ。許してあげるから母上も僕のほっぺにキスして」
ルティシアの手を掴むと、自分の頬に宛てる。
強引なところが父親に似ていて、ルティシアの頬が思わず緩む。
促されて、ルティシアはロベルトの頬に口づけた。
僕も僕もとせがまれて、リシャウェルとマルクスの頬にも口づけた。
これで許されるとは思っていないけれど、それでも明るく無邪気な子供達に苦しい胸の内が和らいでいく。
それにしても、まさかこんなにも身近にいるとは思いもしなかった。
「孤児院に入れられなかったのですか?」
「親友の子を孤児院になど入れられません。例え、怒りをかい、裏切り者とそしられたとしても、私にはそんな薄情なことはできなかった」
ルティシアは両手で顔を覆った。
奇跡だ。こんな奇跡はない。
「ああ、お二人に育ててもらえていたなんて、なんてこの子達は幸せなのかしら。なんと、なんとお礼を言ったらいいのか」
エミーナが歩み寄ってルティシアを抱きしめる。
「あなたの気持ちは充分伝わっているわよ。私もこの子達をあなたに会わせられる日が来て、どんなに嬉しいか。信じていたのよ。あなたがいつか自分から言い出してくれるのを。でもこれだけは言わせて、この子達の幸せは、本当の親であるあなたの元にいることなのよ。大丈夫。今からでも遅くない。この子達の幸せを願ったあなたはこの子達の立派な母上よ。胸を張って。今度は必ず、この子達があなたを守ってくれるから」
「うん、任せてよ。僕が母上を守ってあげる」
「僕も、僕も」
ロベルトが言うと、リシャウェルとマルクスも応えた。
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