独占欲〜番が欲しいアイツと、実らない恋をした俺の話。〜

飛鷹

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10話

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 でもルーカスは俺にその機会すら与えず、家族を切り捨てようとしている。
 俺を守ろうとした結果の行動とはいえ、俺はそんなの嫌だ。だから、どうしたらルーカスが家族を手放さずに済むのか考えた。

「ルーカス。お前が俺を選んでくれたのは凄く嬉しい。でも、この郷にいる間だけでもいいから、お前の家族に俺を知ってもらう努力をする時間をくれないか?」

 傲慢な考えだけど、その努力の結果がダメでもルーカスは絶対に俺を選んでくれる。それが分かっているからこそ、俺もルーカスのために足掻いてみたいと思うんだ。 
 ルーカスは口を開く事なく、穴が開きそうなくらい俺を見つめてくる。その銀の瞳を見つめ返し、ヤツの返答を待った。

 冷たさを増した夜風が、俺とルーカスの間を吹き抜ける。
 住居用の家々が立ち並ぶこの辺りの道は、家族が集まった居間から洩れ出る明かりでほんのりと温かく照らし出されていたけれど、俺達の間は吹き抜ける風のせいか寒々しく感じられた。

「俺は……お前に嫌な思いをさせたくない。傷つけたくないんだ」

 漸く口を開いたルーカスの声は、苦く細く、まるで絞り出すようなものだった。

「お前の考える嫌な思いってなんだ?」
「さっきみたいに、孤児だからって微妙な雰囲気になったり、理不尽な言葉を言われたり、さ。お前はそんな扱いを受けるべき人間じゃない。お前が許しても、俺が許したくない」

 考え考え言葉を紡ぐルーカスを、俺はじっと見守る。そんな俺の視線から逃れるように視線を逸らしたルーカスは、少し顔を俯かせた。

「お前が孤児だろうが関係ねぇ。お前が番だってのもあるけど、俺にはノアの存在そのものが大事なんだ」

 ちらりと、ルーカスは視線を後方の夜道に流す。

「なのに、俺の身内がお前を受け入れ事に躊躇するとは思わなかった。俺の番だって知ってたくせに……」

 深い後悔が滲む声に、俺は小さく頷いてみせた。

「そっか」

 俺は手を伸ばし、ルーカスの男らしく整った顔を掌で包み込む。

「お前、自分自身にも怒ってたのか」
「――っ」
「だってそうだろ? 家族が自分の『番』を無条件で受け入れてくれるって思ってたから、ルーカスは俺をここに連れてきたんだ。でも違った。自分の考えがそこまで及ばなくて、俺が傷ついたって思ってるんだろ?」

 その言葉に、ルーカスがぐっと奥歯を嚙み締めたのが分かる。俺は頬に当てていた掌をヤツの後頭部に回して、ぐいっと引き寄せると額と額を合わせた。

「俺はこんな事じゃ傷つかねぇよ」
「でも……」
「でも、じゃない。孤児上がりを舐めんな。今までの人生で、こんな事、腐るほど体験してきた。もっと酷い扱いを受けたことだってある。でもそれくらいで折れるヤワな性格じゃ、孤児はこの世界では生きていけないんだよ」
「…………」

 間近で覗き込む銀の瞳には、ふてぶてしく笑う俺の姿が映っている。

「俺が傷つくとしたら、それはお前が俺の所に戻ってこない事、俺を置いて何処かに行ってしまう事だけだ。俺に嫌な思いをさせたくないって言うなら、お前はずっと俺の側にいろよ。そうしたら、俺はどんな事も大丈夫なんだからさ」
「ノア……」

 ゆらりとルーカスの瞳が揺れる。ここまで言えば、もうコイツも俺に対して変に気を使うこともないだろう。
 そんな事を考えていた俺を、ルーカスはふわりと柔く両腕で抱きしめてきた。

「俺は絶対ノアを置いていかない。なにがあっても、俺が戻る場所はノアの所だから」

 耳元で囁きながら、冷たい夜風から守るように俺を包み込んでくる。夜風に当たって冷えた体に、その抱擁は凄く暖かく感じられた。


俺を家まで送り届けると、ルーカスはヤクーに跨り、何度も後ろを振り返りながら郷の東側にあるという池に向かって行った。

「蛇型の魔物か」

 俺は荷物を置いていたダイニングの椅子に座り、闇に塗りつぶされた窓に目を向けた。
 魔物とはいっても蛇は蛇。しっかりと蓄えてから冬眠につくから、冬眠直前の今の状態は随分肥えているはずだ。それなら動きも鈍く、討伐に伴う危険度も下がる。

「でも夜だし、今から討伐だと帰ってくるのは遅くても朝方くらいかな」

 朝晩が冷え込む季節だから、戻ってきたルーカスの身体も芯から冷えているはず。

「何か温まるものでも作っておこう」

 俺は遠征の荷物を詰め込んだバッグを開けて中を覗き込んだ。ここに着いて早々にルーカスの実家に行ったものだから、なにも準備できていないし、受け取るはずだった食料も置いてきてしまっていた。今使えるものは、遠征のために準備していた携帯食だけだ。

「干し肉と、乾燥野菜、ジャガイモ……」

 使えそうな物をいくつか引っ張り出してテーブルに並べる。

「あ、小麦粉が少し残ってる。ミルクはないけど、これならシチューが作れるな」

 温かなシチューなら、冷えた身体を暖めるのにぴったりだ。そう考えた俺は材料を持ってキッチンへと移動すると、棚に鍋がある事を確認して早速作り始めた。

 ジャガイモを炒めて、水と干し肉、乾燥野菜を加える。暫く煮込んで柔らかくなったところで、コンソメと塩、コショウで味を整えた。一度火を止めて水溶き小麦粉を加えると、再び過熱してトロミを付けていく。
 トロトロに煮込まれ美味しそうな匂いが漂ってきたところで火を止めて、俺は一つ欠伸を洩らした。

「これで良しっと。流石に今日は疲れたな。ルーカスには悪いけど、先に寝るか」

 風呂にも入りたかったけど、眠気が襲ってきている今、準備するのも面倒臭い。
 湯に浸けて絞ったタオルで軽く身体を拭いて寝支度を整えると、俺は寝室を探してダイニングの奥に続く扉を開けた。

 そこは広い居間となっていて、毛足の長い絨毯が敷かれていた。直ぐに使えるように準備された暖炉、座り心地の良さそうなソファ、その上にふかふかのクッションが設置され、居心地が良いように完璧に整えられている。

 居間の右側に窪みがあり、近付いて見てみると上に続く階段が隠れていた。その階段を上って二階に行くと、上がった先に一つの扉があり、開けてみるとそこが寝室となっていた。

 中には広いベッドが一つ。

 清潔な寝具が準備されていて、すぐにでも休めるようになっている。くるりと見渡してみれば、ここには置き型のストーブが準備してあった。
 火を起こしてストーブに点火すると、じわりと周りの空気が暖かくなってくる。

「ここまで準備して貰ってるなんて、アイツ、本当に家族に愛されてるよな」

 くすっと笑いが洩れる。暫く揺らめく火を眺めていた俺は、出てきた欠伸を噛み殺してベッドへ移動した。

「明日ルーカスが戻ったら、これからアイツの家族とどう対応するか話し合わないとな」

 独りごちると、俺は柔らかな枕に頭を付けて目を閉じた。
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