独占欲〜番が欲しいアイツと、実らない恋をした俺の話。〜

飛鷹

文字の大きさ
9 / 15

9話

しおりを挟む
 ルーカスの家族に会うって事で緊張していた俺は、楽しげに近況報告をする彼らを眺めながら、聞き役に徹していた。
 そうこうするうちに時間は経ち、ティアーナに夕食を勧められ、有り難く頂く事になった。

 広く丸いテーブルを、ティアーナ、ダンザ、ライ、俺、そしてルーカスとで囲みながら穏やかな時間を過ごしていると、玄関のベルの音が響いてきた。

「ルーカス、君に急ぎの用事だって」

 ライが席を立ち玄関に赴いたが、程なくして戻りそう声を掛けてきた。

「誰?」
「名主の使いだって」
「分かった」

 一つ頷くと、ルーカスは玄関の方へと向かった。
 何事かとルーカスの後ろ姿を見送っていると、カタリと音を立て隣の席に腰を下ろしたライがのんびりと口を開いた。

「多分、魔物駆除の依頼だと思うよ」
「魔物駆除?」

 俺がライの方に顔を向けると、彼は俺を安心させるようににこりと微笑んだ。

「うん。基本的に獣族の郷には冒険者ギルドが存在しないんだ。大事な番やパートナー、子供がいる郷に、よく分からない人間を入れたくないって理由でね。だから、魔物が出没した時には、今、この郷に滞在を許可されている冒険者に依頼を出すんだ」
「ああ、成る程」

 確かにこの郷に入る時に、俺もルーカスも門の所で身分証明としてギルドカードを提示した。
 もっとも、本来ルーカスの場合はこの郷出身だから、家主であるダンザの名前を出せば郷には入れたそうだが、冒険者であればギルドカードをと提示を求められたのだ。
 その時はなんでだろうと思っていたけど、こういう時のためだったのかと納得する。

「わりぃ、討伐の依頼が入った」

 玄関から戻ってきたルーカスは俺が座る椅子の背凭れに手を着くと、申し訳なさそうな顔をして、ちゅっと俺の額に唇を落してきた。

「今からか?」
「ああ。郷の東側にある池で、蛇型の魔物が発見されたらしい。冬眠する前に片づけないと、ヤツら春になる頃にはめちゃくちゃデカくなるから」

 最近、朝晩が冷え込むようになっていた。もう冬も目の前で、その蛇型の魔物もいつ冬眠してもおかしくない。その前に片付けて欲しいのだろう。

「俺も行く」

 ルーカスは強いし大丈夫だと思うけれど、陽も暮れたこの時間帯の討伐が危険な事には変わりない。
 立ち上がろうとする俺の肩に手を置いて押し留めると、ルーカスは首を振った。

「いや、俺だけで行く。丁度その場に居合わせたハウツが確認したらしいけど、この蛇くらいなら俺一人でも大丈夫だろうってさ。それに池の周りには灯りがないから、ノアには危険だ」

 Sランクのルーカスにそう言われると、人族の俺には反論ができない。確かに俺は夜目も効かないし、土地勘もないのだ。無理に付いていっても、足手まといに成りかねない。
 それに魔物の専門家であるハウツが、ルーカスだけで大丈夫と判断したのなら、そう心配する必要もないのかもしれない。
 渋々頷いた俺の耳に、少し戸惑うような声が聞こえてきた。

「ノア君は……冒険者なの? もしかして、孤児、なのかしら?」

 顔を向けると、ティアーナが不安そうな目で俺を見ていた。
 なんと返事をしようか悩んでいる間に、慌てて立ち上がったタンザが厳しい声を上げる。

「母さん、ノアに失礼だ」
「でも……。人族の冒険者は、その……孤児が殆どだって。ハウツ君のところの話も聞いたばかりだし。私は……心配なのよ。孤児上りの人は、どうしても愛情に乏しいと聞くから……」

 ここで何故ハウツの名前が出るのかは分からないけど、一気に場の空気が悪くなったのを感じて、俺は気まずくなって無言で立ち上がった。
 俺の背後に黙って立っていたルーカスを見上げると、ヤツは酷く冷たい目で自分の家族を見つめている。その目つきに嫌な予感を覚えた俺は、ルーカスの気を逸らすためにトンと胸元を指の背で軽く叩いた。

「ルーカス、そろそろ俺は戻るよ。お前はこのまま討伐に行くんだろ?」
「……ああ。でもノアを送ってから向かうから、一緒に出るぞ」

 そう言うと俺の肩に腕を回し、歩くように促してきた。そして振り返りながら、吐き捨てるように言ったのだ。

「もう、ここには来ねぇ」
「っ! ルーカス!」

 思わず声を荒げた俺に、ルーカスは冷たい瞳のまま唇を歪めるように笑った。

「獣人にとっての運命の番は、己の命そのものだ。見つけた以上、手に入れないと生きていけないし、失くしてしまえば狂うしか道はねぇ。身内より番の方が遥かに大事なんだよ、ノア。そんなこと獣人なら誰でも知っている。なのに、お前にあんな態度取るなんて論外だ」

 目を細めうっとりと俺を見つめると、頬に唇を落す。その狂気じみた様子に、俺の背筋がぞわりと粟立った。
 勿論、ルーカスを恐れての事じゃない。オレのために家族を躊躇なく捨てようとする、その行動そのものに対してだ。

 俺だって、獣人にとって番が何者にも代えがたい大事なものである事も、番を失った獣人が正気を失くしやすい事も、知識としては知っている。
 でも、こうもあっさり家族の絆を捨て去るのを目の前にすると、その獣人特有の本能が恐ろしく感じられた。
 俺はごくっと唾を飲み込みチラリとテーブル側に視線を流すと、ルーカスの家族も気まずそうに一様に視線を逸らしている。

 俺は自分を落ち着かせるために小さく息を吐き出すと、さっさとその場を後にしようとしているルーカスに静止の声を掛けた。

「落ち着けよ、ルーカス」
「落ち着けるか。お前を否定しようとしたんだぞ」

 宥めようとした意図が伝わったのか、俺までヤツに睨まれる。負けじと俺も目に力を入れて、ルーカスを見つめた。

「それが何だっていうんだ。俺が恐れるのは、お前が俺の存在を否定する事だけだ。お前の家族の態度なんて問題じゃない。勝手に結論を出してんじゃねぇよ」

 その言葉に、ぴたりとルーカスの行動が止まった。

「……だけど」
「だけど、じゃない。それにお前、今から魔物の討伐に行くんだろ。そんな気が立った状態で剣を振るえんのかよ? 集中できなくて怪我するだけだぞ。そのままの状態で討伐に出向くっていうなら、俺も着いていく」
「………………分かった」

 長い沈黙の後に苛たたしそうな舌打ちを洩らすと、ルーカスは如何にも渋々といった様子で頷いた。ぐしゃっと乱雑に自分の前髪を搔き上げると、ふぅ~っと長い息を吐き出す。
 そして顔だけ後ろを振り返り、自分の家族を目を眇めて見つめた。

「でも、お前らがノアに近づくことは許さなからな」

 厳しい口調でそう言い残すと、もう振り返る事なくその場を後にした。
 ルーカスに肩を抱かれたまま家を出て、陽が落ちて真っ暗になった夜道を進む。暫く逡巡したけれど、滞在先の家の屋根が見えてきたところで、俺は意を決してゆっくりと口を開いた。

「ハウツの身内になにかあったのか?」

 俺の言葉に、肩を抱くルーカスの手にぐっと力が入る。言い淀む気配に、俺は隣を歩くルーカスを見上げた。

「ハウツに対しても、お前、気をつけろって言ったよな。それと、お前の家族の態度はそれと関係あるんだろ? なら教えて貰わないと、気をつけることもできないし……。それにお前の家族に受け入れて貰う努力もできない」
「努力なんてする必要ない」

 この件に関しては会話を続ける気がないのかバッサリと切り捨てるルーカスに、俺は小さく笑った。

「義理とはいえ、俺に親兄弟ができる機会もくれないのか?」
「――え?」

 予想もしない言葉だったのか、ルーカスの足がぴたりと止まる。つられて俺も足を止めて、ルーカスを見上げた。

「さっきも言ったけど、俺はお前がいればそれでいい。でもお前の家族が孤児だった俺を受け入れてくれるなら、俺にも家族ができるのかなって少しだけ思ったんだよ」

 正直、俺は家族ってものに対しての思い入れはない。でも、ルーカスは違う。
 俺を郷に連れていきたがっていたし、家族に合わせたがっていた。きっと仲の良い家族だったんだろうって思える。
 そんな家族を、あっさり手放させるわけにはいかない。

「ノア……」
「俺も子供の頃に『家族』ってものに憧れてた時もあったんだ。絶対的な味方でなにがあっても裏切らない相手、見返りのない愛情をくれる相手。想像するだけでドキドキしてた。まぁ、大人になって現実を知れば、孤児上がりには叶うことのない夢だって分かったけどさ」

 俺の言葉を、ルーカスは神妙な面持ちで聞いている。
 それも当然だ。俺が持っていた家族への思いなんて、今まで口にしたこともなかったんだから。もう今はなんとも思っていないから、本当ならルーカスにも話すつもりはなかった。

――でもコイツが家族を切り捨てようとするから……。

 それも俺のために、だ。
 コイツが身内に嫌気が差して縁を切るっていうんなら、俺も止めない。でも俺に対する態度が問題ってだけなら、話は別だ。

 息子の番が忌避すべき孤児なのだから、あんな態度になるのも理解できるつもりだ。その上で『俺』を知ってもらうように努力するつもりだった。
 俺を受け入れて欲しいからじゃなく、ルーカスの番である『俺』を知って欲しいから……。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!

キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!? あらすじ 「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」 前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。 今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。 お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。 顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……? 「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」 「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」 スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!? しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。 【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】 「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」 全8話

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

処理中です...