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8話
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午前中からヤクーを走らせていた俺達は、その日の夕方前に目的地に着くことが出来た。
俺達が拠点を置く街から遠く離れた北の地。
俺は勝手に小さな村くらいの規模を考えていたけれど、実際に訪れたその場所は随分大きく、たくさんの商店が立ち並び、多くの人で溢れていた。狼獣人の郷だけあって、道行く人は獣人が多い。でも彼らの番や子供たちと思われる人族たちもちらほら見かけ、ヤクーの手綱を引いて歩く俺が浮くようなことはなかった。
町並みも馴染みのあるものとは違い、冬の豪雪対策のためか屋根は特徴的な三角屋根となっていて、採光のためのドーマーも設置されている。
建物の下半分は石作り上半分は木板を立てに張ってあり、板の部分は築年数を表すかのようにこっくりとした深い飴色に変化していた。堅牢ながらも素朴な温かさのある建物に目を向けつつ、ルーカスの先導で街を進む。
やがて道幅が少し狭くなり、商店よりも住居用の建物が多く見られるようになった頃、ルーカスは一軒の家の前で足を止めた。
「ここは?」
周りの家と比べると少し小さめの家は、赤茶色の三角屋根が印象的な建物だ。庭は広く隣の家との間隔も少し空いていて、目隠し代わりに大きな木が植わっている。少し色あせた屋根を見る限り、それなりの築年数は経っているようだ。
ルーカスの隣に立ち二階建ての建物を見上げた俺に、ヤツはとろりと蕩けるような甘い瞳を向けてきた。
「俺んち」
「……実家ってこと?」
言葉の意味を掴み兼ねて俺が眉間に皺を寄せながら首を傾げていると、ルーカスは静かに首を横に振った。
「正確に言うなら俺とお前の家だ。今回のクエストを受ける時に、番を連れて帰るから準備して欲しいって家族に連絡をしておいたんだ」
「家を準備って……。この街に住み着くわけじゃないのに?」
「こんな北の地では宿も少ないし、連泊するにも費用がかさむ。ここに滞在する間は家を借りる方が、懐にも優しいし、何よりノアも周りに気を使わなくてもいいだろ?」
こめかみに唇を落として言うルーカスに、俺はきょとんと瞬く。
「気を使うって?」
「だってノア、アノ時の声、人に聞かれんの嫌がるじゃん」
「あの時?」
何だか不穏な感じに眉間に皺を寄せると、ルーカスは俺の耳に唇を押しつけて囁いた。
「喘ぎ声」
その言葉に、俺の頬がかっと熱を持つ。動揺を顕にする俺を見て、少し離れて後ろに立っていたハウツが呆れたように口を挟んできた。
「ノアちゃんは、ルーカスの番っていう割には狼獣人の事なんにも知らないんですねぇ」
「知らないって、なにを……?」
後ろを振り返って尋ねると、ハウツは肩を竦めてみせた。
「獣人は、元となる獣と似た習性を持っているのは知っていますよね? 狼はこれから訪れる冬が繁殖シーズンなんです。そのために秋に住処を確保して、冬の準備を整える。この行動を獣人である我々が行えば、それは求愛行動になります。君と繁殖期に棲家に籠って家族を増やしたいって……」
「うるせぇよ、ハウツ」
横から手を伸ばしたルーカスは俺の両目を掌で覆って自分の方へ引き寄せると、ハウツの言葉を途中で遮った。
「調査の準備ができたら連絡する。お前も自分の家に戻ってろ」
「実家はもう兄夫婦が継いでいるんですよね。ちょっと居心地悪いから、ここに泊めてくれませんか?」
「ふざけんな」
「ツレないですねぇ」
冗談っぽく嘆息すると、ハウツは手にしていたヤクーの手綱をルーカスに渡して、大人しくその場を立ち去って行った。
「ほら、ノア。中に入るぞ」
俺の肩を抱いて家の方に歩くように促したルーカスは、機嫌よさげに尻尾を揺らしている。
「荷物を置いたら、一度俺の実家に行く。ここに滞在する間の食料を準備してくれているらしいから、挨拶がてら取りに行くぞ」
「ああ分かった」
――いよいよルーカスの家族に会う……。
少し緊張を滲ませながら返事をすると、ルーカスは満足そうに頷き、玄関ポーチ横にあるポストから鍵を取り出して扉を開けた。カチリと小さな音を立てて開いた扉の内側は、玄関上に設置された明り取り窓のお陰で明るい。玄関から中へと進んだ三方の壁には木製の扉が三つ見えた。
「扉が多いな」
「雪国特有の造りだからな。この辺りの冬は雪が降って凄く冷えるんだ。だから暖炉の熱が逃げないように、家ん中は細かく仕切られてる。帰ってきたら、あちこち見てみるといい」
「うん」
頷きながら突き当りの扉を開けると、そこは小ぢんまりとしたダイニングキッチンとなっていた。
二人で使うには十分な大きさのテーブルに、担いでいた荷物を載せる。腰に下げていた剣をどうしようかと悩んだけれど、人の家、しかも恋人の家に行くのに剣帯しているのはどうかと思って、それも外してテーブルに立て掛けた。
そして俺は「よし」と覚悟を決めてルーカスを振り返った。
「じゃあ、お前の家に行くか」
「……お前が実家に来るなんて、凄く興奮するな」
うっとりと目を細めて抱き込んでくるルーカスに、俺は呆れてその腕を叩いた。
「サカってんじゃないよ。ほら、さっさと行こう」
そう促すと、ヤツは嬉しそうに俺の頭に頬を擦りつけた。
「あらあらあら。あららららら。まぁ。なんて可愛らしいのかしら!」
青い屋根の大きめな一軒家に辿り着き、玄関ベルを鳴らした俺達を出迎えたのは、綺麗な銀の髪、銀の瞳を持つ、狼獣人の女性だった。
顔には年相応と思われるシワが刻まれているけれど、溌剌としていて年を感じさせない。
楽しげに輝く瞳で俺を見て、ルーカスを見ると、もう一度俺に視線を戻してきた。
「まぁ、本当に可愛らしいこと。ウチの息子が迷惑掛けてない? いえ、掛けてるわね、絶対。昔から番に一途だったから、手に入れたら暴走するって思ってたもの! こんなに華奢なのに、あなた身体、大丈夫?」
頬に掌を当てて、ことりと首を傾げて聞いてくる。
ナニを心配されているのか瞬時に気付いた俺は、思わず自分の口元を掌で覆い、ニヤけた顔で隣に立つルーカスをジロリと睨んだ。
「母さん、ほら長旅してきたヤツらを、いつまで玄関に立たせてるの。中に案内しなきゃ!」
苦笑しながら奥の部屋から出てきたのは、俺たちより少し年上の狼獣人の男性。シルバーグレイの髪に、薄い青の瞳。日焼けしているのか、浅黒い肌をしている。
ルーカスより頭一つ分背が低いけれど、俺より遥かにがっちりとした体格の持ち主だ。
「ノア、そっちが俺の母親のティアーナと、こっちが三番目の兄貴のダンザ。母さん、兄貴、これが俺の番のノア」
最初に出迎えてくれた女性と奥から出来てた男性を指さして、ルーカスが説明してくる。その言葉にルーカスの兄・ダンザがにこやかに微笑んだ。
「初めまして。ルーカスの兄で、この家を継いでるダンザだ。それから、俺の奥さんのライ。宜しく」
ダンザに続いて奥から顔を覗かせた、ミルクティー色の髪に赤みの強い茶色の瞳の華奢な男性を紹介してくれた。尻尾と獣耳を見る限り彼も獣人のようだけど、「番」ではなく「奥さん」と紹介されたことに内心で首を傾げる。
俺がじっとライを見つめていると、彼は俺の視線の意図に気づいたのかにこっと笑みを零した。
「初めまして、ノア。僕は狐の獣人だよ。ダンザとは運命の番ではなくて、普通に婚姻を結んで夫婦となってるんだ」
その言葉に、俺も成る程と頷いた。運命の番は獣人と人族、もしくは同種族の獣人同士に現れると聞いていたからだ。
そんなライの肩を優しく抱き寄せて、ダンザが言い添える。
「獣人なら誰しも一度は運命の番に憧れるけどさ。俺にとってライ以上の相手はいない。だから番を探す旅に出ずに、ライと一緒にこの家を継いだわけ」
ダンザとライは顔を見合わせて、幸せそうに微笑みあう。その姿に、俺はさっきの自分の不躾な視線を謝罪した。
「失礼しました。俺、まだ獣族の習慣とかよく理解できてなくて」
「ふふ、気にしないで。種族が違えば慣習も違うし、物事に対しての感性も違って当たり前だよ。僕だってダンザと幼馴染みだけど、未だに狼の獣人の習性に振り回されっ放しだもの」
「逆だろ、俺の方がライに振り回されてるよ」
「振り回されることを進んで選んだんだから、ダンザも本望だろ」
ライのフォローに、すかさずダンザとルーカスが言葉を続ける。兄弟息の合った反応に、俺が目を丸くしライとティアーナはくすくすと笑った。
「さあさあ、中に入って。ルーカスに連絡を貰ってからずっと貴方に会えるのを楽しみにしていたのよ」
そうティアーナに促され、俺はルーカスの実家へと足を踏み入れたのだった。
俺達が拠点を置く街から遠く離れた北の地。
俺は勝手に小さな村くらいの規模を考えていたけれど、実際に訪れたその場所は随分大きく、たくさんの商店が立ち並び、多くの人で溢れていた。狼獣人の郷だけあって、道行く人は獣人が多い。でも彼らの番や子供たちと思われる人族たちもちらほら見かけ、ヤクーの手綱を引いて歩く俺が浮くようなことはなかった。
町並みも馴染みのあるものとは違い、冬の豪雪対策のためか屋根は特徴的な三角屋根となっていて、採光のためのドーマーも設置されている。
建物の下半分は石作り上半分は木板を立てに張ってあり、板の部分は築年数を表すかのようにこっくりとした深い飴色に変化していた。堅牢ながらも素朴な温かさのある建物に目を向けつつ、ルーカスの先導で街を進む。
やがて道幅が少し狭くなり、商店よりも住居用の建物が多く見られるようになった頃、ルーカスは一軒の家の前で足を止めた。
「ここは?」
周りの家と比べると少し小さめの家は、赤茶色の三角屋根が印象的な建物だ。庭は広く隣の家との間隔も少し空いていて、目隠し代わりに大きな木が植わっている。少し色あせた屋根を見る限り、それなりの築年数は経っているようだ。
ルーカスの隣に立ち二階建ての建物を見上げた俺に、ヤツはとろりと蕩けるような甘い瞳を向けてきた。
「俺んち」
「……実家ってこと?」
言葉の意味を掴み兼ねて俺が眉間に皺を寄せながら首を傾げていると、ルーカスは静かに首を横に振った。
「正確に言うなら俺とお前の家だ。今回のクエストを受ける時に、番を連れて帰るから準備して欲しいって家族に連絡をしておいたんだ」
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「こんな北の地では宿も少ないし、連泊するにも費用がかさむ。ここに滞在する間は家を借りる方が、懐にも優しいし、何よりノアも周りに気を使わなくてもいいだろ?」
こめかみに唇を落として言うルーカスに、俺はきょとんと瞬く。
「気を使うって?」
「だってノア、アノ時の声、人に聞かれんの嫌がるじゃん」
「あの時?」
何だか不穏な感じに眉間に皺を寄せると、ルーカスは俺の耳に唇を押しつけて囁いた。
「喘ぎ声」
その言葉に、俺の頬がかっと熱を持つ。動揺を顕にする俺を見て、少し離れて後ろに立っていたハウツが呆れたように口を挟んできた。
「ノアちゃんは、ルーカスの番っていう割には狼獣人の事なんにも知らないんですねぇ」
「知らないって、なにを……?」
後ろを振り返って尋ねると、ハウツは肩を竦めてみせた。
「獣人は、元となる獣と似た習性を持っているのは知っていますよね? 狼はこれから訪れる冬が繁殖シーズンなんです。そのために秋に住処を確保して、冬の準備を整える。この行動を獣人である我々が行えば、それは求愛行動になります。君と繁殖期に棲家に籠って家族を増やしたいって……」
「うるせぇよ、ハウツ」
横から手を伸ばしたルーカスは俺の両目を掌で覆って自分の方へ引き寄せると、ハウツの言葉を途中で遮った。
「調査の準備ができたら連絡する。お前も自分の家に戻ってろ」
「実家はもう兄夫婦が継いでいるんですよね。ちょっと居心地悪いから、ここに泊めてくれませんか?」
「ふざけんな」
「ツレないですねぇ」
冗談っぽく嘆息すると、ハウツは手にしていたヤクーの手綱をルーカスに渡して、大人しくその場を立ち去って行った。
「ほら、ノア。中に入るぞ」
俺の肩を抱いて家の方に歩くように促したルーカスは、機嫌よさげに尻尾を揺らしている。
「荷物を置いたら、一度俺の実家に行く。ここに滞在する間の食料を準備してくれているらしいから、挨拶がてら取りに行くぞ」
「ああ分かった」
――いよいよルーカスの家族に会う……。
少し緊張を滲ませながら返事をすると、ルーカスは満足そうに頷き、玄関ポーチ横にあるポストから鍵を取り出して扉を開けた。カチリと小さな音を立てて開いた扉の内側は、玄関上に設置された明り取り窓のお陰で明るい。玄関から中へと進んだ三方の壁には木製の扉が三つ見えた。
「扉が多いな」
「雪国特有の造りだからな。この辺りの冬は雪が降って凄く冷えるんだ。だから暖炉の熱が逃げないように、家ん中は細かく仕切られてる。帰ってきたら、あちこち見てみるといい」
「うん」
頷きながら突き当りの扉を開けると、そこは小ぢんまりとしたダイニングキッチンとなっていた。
二人で使うには十分な大きさのテーブルに、担いでいた荷物を載せる。腰に下げていた剣をどうしようかと悩んだけれど、人の家、しかも恋人の家に行くのに剣帯しているのはどうかと思って、それも外してテーブルに立て掛けた。
そして俺は「よし」と覚悟を決めてルーカスを振り返った。
「じゃあ、お前の家に行くか」
「……お前が実家に来るなんて、凄く興奮するな」
うっとりと目を細めて抱き込んでくるルーカスに、俺は呆れてその腕を叩いた。
「サカってんじゃないよ。ほら、さっさと行こう」
そう促すと、ヤツは嬉しそうに俺の頭に頬を擦りつけた。
「あらあらあら。あららららら。まぁ。なんて可愛らしいのかしら!」
青い屋根の大きめな一軒家に辿り着き、玄関ベルを鳴らした俺達を出迎えたのは、綺麗な銀の髪、銀の瞳を持つ、狼獣人の女性だった。
顔には年相応と思われるシワが刻まれているけれど、溌剌としていて年を感じさせない。
楽しげに輝く瞳で俺を見て、ルーカスを見ると、もう一度俺に視線を戻してきた。
「まぁ、本当に可愛らしいこと。ウチの息子が迷惑掛けてない? いえ、掛けてるわね、絶対。昔から番に一途だったから、手に入れたら暴走するって思ってたもの! こんなに華奢なのに、あなた身体、大丈夫?」
頬に掌を当てて、ことりと首を傾げて聞いてくる。
ナニを心配されているのか瞬時に気付いた俺は、思わず自分の口元を掌で覆い、ニヤけた顔で隣に立つルーカスをジロリと睨んだ。
「母さん、ほら長旅してきたヤツらを、いつまで玄関に立たせてるの。中に案内しなきゃ!」
苦笑しながら奥の部屋から出てきたのは、俺たちより少し年上の狼獣人の男性。シルバーグレイの髪に、薄い青の瞳。日焼けしているのか、浅黒い肌をしている。
ルーカスより頭一つ分背が低いけれど、俺より遥かにがっちりとした体格の持ち主だ。
「ノア、そっちが俺の母親のティアーナと、こっちが三番目の兄貴のダンザ。母さん、兄貴、これが俺の番のノア」
最初に出迎えてくれた女性と奥から出来てた男性を指さして、ルーカスが説明してくる。その言葉にルーカスの兄・ダンザがにこやかに微笑んだ。
「初めまして。ルーカスの兄で、この家を継いでるダンザだ。それから、俺の奥さんのライ。宜しく」
ダンザに続いて奥から顔を覗かせた、ミルクティー色の髪に赤みの強い茶色の瞳の華奢な男性を紹介してくれた。尻尾と獣耳を見る限り彼も獣人のようだけど、「番」ではなく「奥さん」と紹介されたことに内心で首を傾げる。
俺がじっとライを見つめていると、彼は俺の視線の意図に気づいたのかにこっと笑みを零した。
「初めまして、ノア。僕は狐の獣人だよ。ダンザとは運命の番ではなくて、普通に婚姻を結んで夫婦となってるんだ」
その言葉に、俺も成る程と頷いた。運命の番は獣人と人族、もしくは同種族の獣人同士に現れると聞いていたからだ。
そんなライの肩を優しく抱き寄せて、ダンザが言い添える。
「獣人なら誰しも一度は運命の番に憧れるけどさ。俺にとってライ以上の相手はいない。だから番を探す旅に出ずに、ライと一緒にこの家を継いだわけ」
ダンザとライは顔を見合わせて、幸せそうに微笑みあう。その姿に、俺はさっきの自分の不躾な視線を謝罪した。
「失礼しました。俺、まだ獣族の習慣とかよく理解できてなくて」
「ふふ、気にしないで。種族が違えば慣習も違うし、物事に対しての感性も違って当たり前だよ。僕だってダンザと幼馴染みだけど、未だに狼の獣人の習性に振り回されっ放しだもの」
「逆だろ、俺の方がライに振り回されてるよ」
「振り回されることを進んで選んだんだから、ダンザも本望だろ」
ライのフォローに、すかさずダンザとルーカスが言葉を続ける。兄弟息の合った反応に、俺が目を丸くしライとティアーナはくすくすと笑った。
「さあさあ、中に入って。ルーカスに連絡を貰ってからずっと貴方に会えるのを楽しみにしていたのよ」
そうティアーナに促され、俺はルーカスの実家へと足を踏み入れたのだった。
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