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7話
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なんとなく釈然としていないルーカスを引っ張って天幕の場所に戻ると、ハウツから調査対象のキメラについての説明を受ける事になった。
「調査対象のキメラは、目撃情報によるとグリフォンに似た魔物だそうです。鷲の頭と羽は同じで、身体はライオンじゃなくて犬寄りで小柄、尻尾が蛇、脚は前が鳥の脚、後ろは犬型の獣脚。この山の向こう、私たちの故郷寄りに生息していると聞きましたが、私が数日調査した限りではそれらしき存在は見当たりませんでした。餌を求めて移動した可能性もあります」
ハウツの態度は気になるけど、それはそれこれはこれ。
キメラの生息地に近いという事は、いつ遭遇するかも分からないという事だ。移動した可能性があるとは言え、注意するに越した事はない。
それに情報があるとないとでは、戦い方も変わる。今回は調査を担当するハウツを守りながら戦う必要があるから、特に注意が必要だ。
「それってグリフォンの突然変異じゃねぇの?」
仕事の話になって、流石に気持ちを切り替えたのかルーカスが口を挟んだ。
「短絡的ですね、ルーカス。それを判断するために調査するんですよ」
嘆かわしいとばかりに眉を顰めてハウツが首を振る。
どうやらハウツは仕事に私情を持ち込むタイプじゃないらしい……と思いながら、俺も質問を投げかけた。
「ソイツ、空は飛ぶ?」
「飛ぶそうです。グリフォンと比べて小柄だからか、機動力が高くて厄介だって話ですね」
必要な情報をきちんと返してくる姿に、俺は先程の評価は間違ってないらしいと判断をつけた。
「どうする?」
隣に座るルーカスに声をかけると、ヤツは組んだ脚に片肘をついて暫く考え込んだ。
「空を飛ぶんなら、襲われた場合、俺たちが不利になるな」
Sランクのルーカスが不利だというなら、そうなのだろう。だけど、ルーカスは「無理」とは言っていない。
「なら、俺たちに有利な場所にキメラを誘き出すのは?」
俺がそう聞くと、ルーカスは一つ頷きハウツに目を向けた。
「ソイツの知能は?」
「そこまでは情報はなかったですね」
「そっか。ま、何にしても準備が足りねぇ。誘い出すんなら長期戦になる可能性もあるし、まずは予定通り郷に行く。そこで物資を補給しながら手段を考える」
そう言うと、ルーカスはすくっと立ち上がった。
「荷物をまとめたら出発しよう」
「そうだな」
俺も天幕を片付けるために立ち上がり、ルーカスは休ませていたヤクーの元に移動し鞍を着け始めた。
ふとなにかに気づいたのか、ルーカスが手を止めてハウツを振り返る。
「そういや、お前の馬は?」
「魔物に喰われました」
その言葉に思わず振り返ると、ハウツは悪びれた様子もなく言葉を続けた。
「だからルーカス、君のヤクーに乗せてくれませんか?」
「はぁ?」
途端にルーカスが眉間にシワを寄せる。
「なんで俺がお前を乗せなきゃならねぇんだよ」
「私の移動手段がないじゃないですか」
飄々と言葉を返すハウツに、ルーカスの顔は益々嫌そうな顔になった。
でも流石に歩いて行けとも言えず、ルーカスは暫く考えたあと俺の名前を呼んだ。
「ノア、俺のヤクーに乗れ」
「――俺?」
「ああ。ハウツはノアのヤクーに乗るといい」
「ふぅん……?」
ハウツは俺に視線を流すと、もう一度ルーカスに目を向けた。
「何故私とはダメなんですか?」
「そんなの決まってる。俺とお前じゃ重すぎんだよ。魔物に襲われた時にヤクーのスピードが上がらねぇ」
「その理屈でいくと、私とノアちゃんが同乗するのが一番良いのでは?」
ハウツのその言葉に、ルーカスの耳がぴくりと動く。
「……お前にノアを預けるのは嫌だ」
「俺はどっちでもいいけど?」
畳んだ天幕を入れた麻袋をヤクーの背中に積みながら答えると、俺までルーカスにジロリと睨まれた。
「絶対、嫌だ」
「はいはい」
諦めた俺は、自分のヤクーの手綱をハウツに押し付けると、さっさとルーカスのヤクーに跨った。
「ほら、ルーカスも乗れよ」
「……分かった」
まだ不機嫌さを残したまま、ルーカスがひらりとヤクーに跨る。体格差的にルーカスが後ろに座る方が都合がいいから、自然と手綱もヤツが握ることになった。
俺は鞍の前部分を掴みながら僅かに振り返り、後ろのハウツを確認してから、ヤクーを走らせるルーカスに視線を流してみた。
「なに?」
まだ機嫌は治ってないのか、ぶっきらぼうな声が頭上から降ってくる。
「ハウツの事、聞いていいか?」
「…………ああ」
短い間の後に返事が返ってくる。俺は後ろから付いてくるハウツの気配を感じながら口を開いた。
「アイツってさ、お前の幼馴染みだって言ってたよな」
「そうだ」
「……もしかして、付き合ってた?」
少し声を潜めてしまうのは、ルーカスの過去を詮索する後ろめたさがあるからだ。
俺はルーカスの番だし、なにより俺たちは今付き合っている。でもそれは過去を探っていい理由にはならない。
話したくないこと、思い出したくないことなんて、誰だってあるだろう。俺にだってたくさんある。
それでもアイツとの過去の関係を尋ねたのは、ルーカスがハウツに対して強い警戒心を抱いているからだ。
俺への態度が悪いというだけでは済まないくらいに……。
ルーカスからの反応はなく、ガサガサとヤクーが茂みを突き抜けて駆け抜ける音だけが響く。
魔物と掛け合わせて作られたヤクーは、視界の悪い森の中を物ともせずに走り、薄暗い森の景色は流れるように過ぎていった。
「付き合ってねぇ」
なんとなしにその景色を眺めていた俺は、背後からぽつりと聞こえてきた声を危うく聞き逃すところだった。
「え?」
思わずルーカスを振り仰ぐと、真っ直ぐに進行方向を見つめていた目がちらりと俺の方に向けられた。
「アイツとは付き合ってねぇよ。確かに寝た事は……あるけど、それもただ性欲発散するためと……」
言い淀むように一度口を閉じる。少し逡巡したあと、ルーカスは再び口を開いた。
「いつか出会う番に、最高の快感を与えるためのテクを身につけるためだ」
俺の反応を窺うように見た後、ルーカスは視線を前に戻した。
「獣人には、種を存続させようとする本能がある。そのぶん人族に比べて性欲は強い。特に血気盛んなガキの頃は、どうしたって性に関して興味が強くなるもんだ」
「……ふぅん」
本人から『寝た』とはっきり言われると、例え予想していたとはいえそれなりにショックだ。密かに動揺しつつ頷くと、ルーカスは更に言葉を続けた。
「俺がその相手にハウツを選んだのは、アイツも恋愛に興味がなくて、性への探求心が強いだけだったからさ。互いの利害が一致しただけっつーか」
「そっか。でも相手に選ぶんだから、それなりに仲は良かったんだろ? なら、何でそんなに警戒してるんだ?」
一番気掛かりな点に言及すると、不意にルーカスが手綱から片手を離し、ぐっと俺を抱き寄せてきた。俺の耳元に唇を押しつけるようにして囁く。
「アイツは元から番否定派だった。でも少し前からアイツの行動が変わったって噂を聞いている。気にし過ぎかもしれねぇが、お前も気を付けておけよ、ノア」
「気を付けるって……?」
思わず後を振り返ってルーカスの顔を見上げたけど、それ以上ヤツは口を開く事はなかった。
「調査対象のキメラは、目撃情報によるとグリフォンに似た魔物だそうです。鷲の頭と羽は同じで、身体はライオンじゃなくて犬寄りで小柄、尻尾が蛇、脚は前が鳥の脚、後ろは犬型の獣脚。この山の向こう、私たちの故郷寄りに生息していると聞きましたが、私が数日調査した限りではそれらしき存在は見当たりませんでした。餌を求めて移動した可能性もあります」
ハウツの態度は気になるけど、それはそれこれはこれ。
キメラの生息地に近いという事は、いつ遭遇するかも分からないという事だ。移動した可能性があるとは言え、注意するに越した事はない。
それに情報があるとないとでは、戦い方も変わる。今回は調査を担当するハウツを守りながら戦う必要があるから、特に注意が必要だ。
「それってグリフォンの突然変異じゃねぇの?」
仕事の話になって、流石に気持ちを切り替えたのかルーカスが口を挟んだ。
「短絡的ですね、ルーカス。それを判断するために調査するんですよ」
嘆かわしいとばかりに眉を顰めてハウツが首を振る。
どうやらハウツは仕事に私情を持ち込むタイプじゃないらしい……と思いながら、俺も質問を投げかけた。
「ソイツ、空は飛ぶ?」
「飛ぶそうです。グリフォンと比べて小柄だからか、機動力が高くて厄介だって話ですね」
必要な情報をきちんと返してくる姿に、俺は先程の評価は間違ってないらしいと判断をつけた。
「どうする?」
隣に座るルーカスに声をかけると、ヤツは組んだ脚に片肘をついて暫く考え込んだ。
「空を飛ぶんなら、襲われた場合、俺たちが不利になるな」
Sランクのルーカスが不利だというなら、そうなのだろう。だけど、ルーカスは「無理」とは言っていない。
「なら、俺たちに有利な場所にキメラを誘き出すのは?」
俺がそう聞くと、ルーカスは一つ頷きハウツに目を向けた。
「ソイツの知能は?」
「そこまでは情報はなかったですね」
「そっか。ま、何にしても準備が足りねぇ。誘い出すんなら長期戦になる可能性もあるし、まずは予定通り郷に行く。そこで物資を補給しながら手段を考える」
そう言うと、ルーカスはすくっと立ち上がった。
「荷物をまとめたら出発しよう」
「そうだな」
俺も天幕を片付けるために立ち上がり、ルーカスは休ませていたヤクーの元に移動し鞍を着け始めた。
ふとなにかに気づいたのか、ルーカスが手を止めてハウツを振り返る。
「そういや、お前の馬は?」
「魔物に喰われました」
その言葉に思わず振り返ると、ハウツは悪びれた様子もなく言葉を続けた。
「だからルーカス、君のヤクーに乗せてくれませんか?」
「はぁ?」
途端にルーカスが眉間にシワを寄せる。
「なんで俺がお前を乗せなきゃならねぇんだよ」
「私の移動手段がないじゃないですか」
飄々と言葉を返すハウツに、ルーカスの顔は益々嫌そうな顔になった。
でも流石に歩いて行けとも言えず、ルーカスは暫く考えたあと俺の名前を呼んだ。
「ノア、俺のヤクーに乗れ」
「――俺?」
「ああ。ハウツはノアのヤクーに乗るといい」
「ふぅん……?」
ハウツは俺に視線を流すと、もう一度ルーカスに目を向けた。
「何故私とはダメなんですか?」
「そんなの決まってる。俺とお前じゃ重すぎんだよ。魔物に襲われた時にヤクーのスピードが上がらねぇ」
「その理屈でいくと、私とノアちゃんが同乗するのが一番良いのでは?」
ハウツのその言葉に、ルーカスの耳がぴくりと動く。
「……お前にノアを預けるのは嫌だ」
「俺はどっちでもいいけど?」
畳んだ天幕を入れた麻袋をヤクーの背中に積みながら答えると、俺までルーカスにジロリと睨まれた。
「絶対、嫌だ」
「はいはい」
諦めた俺は、自分のヤクーの手綱をハウツに押し付けると、さっさとルーカスのヤクーに跨った。
「ほら、ルーカスも乗れよ」
「……分かった」
まだ不機嫌さを残したまま、ルーカスがひらりとヤクーに跨る。体格差的にルーカスが後ろに座る方が都合がいいから、自然と手綱もヤツが握ることになった。
俺は鞍の前部分を掴みながら僅かに振り返り、後ろのハウツを確認してから、ヤクーを走らせるルーカスに視線を流してみた。
「なに?」
まだ機嫌は治ってないのか、ぶっきらぼうな声が頭上から降ってくる。
「ハウツの事、聞いていいか?」
「…………ああ」
短い間の後に返事が返ってくる。俺は後ろから付いてくるハウツの気配を感じながら口を開いた。
「アイツってさ、お前の幼馴染みだって言ってたよな」
「そうだ」
「……もしかして、付き合ってた?」
少し声を潜めてしまうのは、ルーカスの過去を詮索する後ろめたさがあるからだ。
俺はルーカスの番だし、なにより俺たちは今付き合っている。でもそれは過去を探っていい理由にはならない。
話したくないこと、思い出したくないことなんて、誰だってあるだろう。俺にだってたくさんある。
それでもアイツとの過去の関係を尋ねたのは、ルーカスがハウツに対して強い警戒心を抱いているからだ。
俺への態度が悪いというだけでは済まないくらいに……。
ルーカスからの反応はなく、ガサガサとヤクーが茂みを突き抜けて駆け抜ける音だけが響く。
魔物と掛け合わせて作られたヤクーは、視界の悪い森の中を物ともせずに走り、薄暗い森の景色は流れるように過ぎていった。
「付き合ってねぇ」
なんとなしにその景色を眺めていた俺は、背後からぽつりと聞こえてきた声を危うく聞き逃すところだった。
「え?」
思わずルーカスを振り仰ぐと、真っ直ぐに進行方向を見つめていた目がちらりと俺の方に向けられた。
「アイツとは付き合ってねぇよ。確かに寝た事は……あるけど、それもただ性欲発散するためと……」
言い淀むように一度口を閉じる。少し逡巡したあと、ルーカスは再び口を開いた。
「いつか出会う番に、最高の快感を与えるためのテクを身につけるためだ」
俺の反応を窺うように見た後、ルーカスは視線を前に戻した。
「獣人には、種を存続させようとする本能がある。そのぶん人族に比べて性欲は強い。特に血気盛んなガキの頃は、どうしたって性に関して興味が強くなるもんだ」
「……ふぅん」
本人から『寝た』とはっきり言われると、例え予想していたとはいえそれなりにショックだ。密かに動揺しつつ頷くと、ルーカスは更に言葉を続けた。
「俺がその相手にハウツを選んだのは、アイツも恋愛に興味がなくて、性への探求心が強いだけだったからさ。互いの利害が一致しただけっつーか」
「そっか。でも相手に選ぶんだから、それなりに仲は良かったんだろ? なら、何でそんなに警戒してるんだ?」
一番気掛かりな点に言及すると、不意にルーカスが手綱から片手を離し、ぐっと俺を抱き寄せてきた。俺の耳元に唇を押しつけるようにして囁く。
「アイツは元から番否定派だった。でも少し前からアイツの行動が変わったって噂を聞いている。気にし過ぎかもしれねぇが、お前も気を付けておけよ、ノア」
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